電波少女と酔いどれ嬢

宇佐はなこ

第1話

 その日の私は些か不運だった。

 いや、すまん。謙虚になりすぎた。

 その日は朝からめちゃくちゃ不幸だったのだ。

 

 まず出勤前にいつものコンビニへランチ用のご飯を買いに行った。まだフル稼働していない脳みそで選んだのはおにぎり2個と小さなおかずが3品入ったお弁当。別に可愛いオンナぶってそれを選んだんじゃない。私の本命は別にある。

 うふふふ、とほくそ笑みながら私はシュークリームを求めてスイーツコーナーへ向かう。昨夜からずっと口がシュークリームになっていて絶対に今日はシュークリームを食べると決めていたのだ!

 だのに、だのに……っない!私の胃袋に収まるべきシュークリームがひとつもなかった。


「え、だ……え……?」

 

 まだ頭が寝ぼけているのだろうか?いつもは5、6個は確実にあるはずのシュークリームがそこにはなかった。まさかのゼロ個。

 

「あ、あの、すみません」

 

 私は震える声でレジを終えたばかりの店員に「シュークリームは?」と尋ねた。

 その言葉を聞いた瞬間、店員はバツが悪そうな顔で事情を説明してくれた。

 

「あー……昨日なんかコンビニのシュークリーム食べ比べ特集ってのをテレビでやってたみたいで。それで有名パティシエがうちのシュークリームに高得点つけてくれたらしくて入荷した分全部出ちゃって……」

 

 ちくしょう……!なんだって私の口がシュークリームの時に限ってそんな余計な番組を放送しちゃってくれたんだ!

 怒りに拳を握りしめながらチラッと空白部分の横に並べられたロールケーキに視線を向ける。

 主成分はほぼ一緒……。いけるか?と検討したが脳内会議開始5秒で却下される。

 そりゃそうだ。ロールケーキはどこまでいってもロールケーキ。残念ながらこれでシュークリームを食べたい気分は満たされないのだ。

 仕方がない。昼休みダッシュかましてコンビニか駅ナカ出店のケーキ屋さんで買うとしよう。

 

 …………そんなことを思っていた朝がありました。

 

 私の第二の不幸は昼休みまであと少しという時にクレーマーじみた客がやってきたことだ。

 時々いるのだ。こっちがブースから動けない受付嬢だからと詳しい訪問理由も「アポイトメントは?」という質問も答えず当社の製品についてあーだこーだと愚にもつかない文句をパッキンの弱くなった水道管から流れる水が如くずっと喋り続けるやつ。

 だから前から常勤の警備員を置いてくれと言ってるのにボタン押したら契約してる警備会社から即駆けつけてくれるから大丈夫だろ、なんてこっちの事情をわかってない昭和のハゲ親父……げふんげふん、もとい使えない役職……じゃないコネ入社のまま部長になった前社長の甥っ子めっ!

 上役を怨んでも仕方がない。だってどれだけ罵っても社員の提案を改善してくれないような会社に就職してしまった自分が悪い。そんなに嫌なら辞めちゃえばいいんだ。ちくしょう、不景気が憎いぜ。

 そんなことを思いながら頭の中で部長のわずかに残された毛に脱毛レーザーを当てまくる妄想を繰り広げ「誠に申し訳ございません。大変貴重なご意見ありがとうございます。」を一年分繰り返したところでようやくお客様は帰られた。

 はぁヤレヤレ、と時計を見れば時間はゴリゴリと削られていて……。

 受付は今日のような予期せぬお客様訪問もある業務なので、休憩時間自体は適宜状況に応じつつちゃんと1時間取ることは出来る。が、一般的なランチゴールデンタイムをすぎてしまったこの時間からコンビニに出向いても朝のようにシュークリームは売り切れているだろう。

 はぁ……と重苦しくため息を吐きながら休憩室で朝に買ったお弁当をもそもそと食べ、ダメ元で近所のコンビニに足を運んだがやはりシュークリームの姿はなくホットコーヒー片手にベンチでぼんやり空を眺めるしかなかった。

 なんで空を眺めてんだって?ばかやろう、涙を流さない為の儀式だろうがい!

 

 そんな午前を引きずったのか午後からも些細なことではあるが不幸が続いた。

 お気に入りのボールペンを落としたらたまたま通りがかった人に踏まれ壊れただとか、それで凹んでたら取引先の自分のことをイケメンだと信じているセクハラ発言ぎりぎりナンパ野郎がやって来たりだとか、ようやく仕事が終わったと思ったらストッキングが伝線してて履き替えなきゃいけなかったりだとか、ヤケ酒じゃー!と気合いを入れて行きつけの店に行ったら今日に限って満席で入れなかったりだとか……。

 

 ひとつひとつは些細な事なのだ。なのにそれが立て続けに起るとなると今日の私は不幸だと言わざるを得ない。

 そしてそんな今日はまだ終わっておらず、私は恐らく本日最大の不運に見舞われていた。

 

「貴方も愛を探しているんですよね」

 

 突如、公園でひとり寂しくワンカップほにゃららな日本酒を搔っ食らってた私の前に現れたのは夜目にも明るすぎるショッキングピンク色のボブカットの紺色セーラー服を着た少女だった。


「……へ?」

 

 事態が飲み込めず間抜けな声をあげた私に少女は掛けていたまん丸なサングラスを外し、慈愛に満ちた表情で「わかってます」と続けた。

 

「この世界に満ちた悪意。それがあるということ自体、それは皆が感じています。けれど多くの人々は何故世界に悪意が蔓延しているのか、何故こんなにも悪意が巻き散らかされたままなのかわからずに生き、わからなくとも良しとして生き、そして更なる不幸に見舞われている。でも貴方は違う。貴方は漫然と流されるまま生きる訳でなくそれに立ち向かおうとしている」

 

 ドヤ、と口の端をあげるその笑みが怖い。

 やばい電波だ。

 正直唐突すぎてなにを言ってるのか8割も理解出来なかったが関わってはいけない人種だということだけはわかる。

 

「い、いやぁ、私なんて流されっぱなしですよ」

 

 と、言いながら腰を上げ逃げの体勢に入るが電波さんは「ブラァヴァ!」と叫ぶと拍手喝采、両手を打ち鳴らした。

 

「素晴らしい!やはり貴方は他とは違う。ちゃんと自己認識が出来ている。そんな聡明な貴方ならわかってますよね。そう!この世に足りないのは『愛』だと」

 

 いや、すまん。なにもわからんし、出来たらあなたとこれ以上お喋りはしたくない。

 一体私がなにをしたって言うんだ。アレか?まだ時間が早いからって、家に帰ってひとり酒も虚しすぎると開放感を求めてこんな公園で酒を煽ってたのが悪いのか?

 私はただ食べたいときにシュークリームを食べて、飲みたいときに気安い間柄の赤の他人と肩を並べて酒を飲みたかった、そんな人生を求めただけなんだ。ぱおんぴえんぷりん。

 

 あー……ダメだ。背筋がぞっとして酔いが覚めるかと思ったが逆に現実逃避のためか酔いが回ってきた。

 電波ちゃんと視線を合わせたくなくて彼女が語らう間もちびちび飲んでたのがダメだったのかもしれん。

泣きたい気分といっそ狂気のままに笑い出したい気分が同時に涌き上がってきた。

 

「だから私と愛を探しに行きましょう!」

 

 そう言ってずずい!と距離を縮めてきた電波ちゃんはガシッと私の手を掴んだ。

 ちょ、酒がこぼれるからもっと優しく!

 

「あー、えーちょ……え、探すってどこへ?」

 

 反射的に問い返した私に電波ちゃんはゆっくりと二度瞬きをし、大きく目を見開いたまま唇の端をニッと持ち上げる。

 

「わたくしはまだこの世界に来て日が浅いのです。まだこの世界の全てを把握しているとは言えません。だからこそ貴方の手助けが必要なのだと理解して頂けるかと思います。」

「いや、出来ません!理解出来ないんだってばー!!」

 

 このままではどこかに攫われると思わず叫びながら酒がこぼれるのもやむなしと覚悟を決め電波ちゃんの手を引きはがそうとしたのだが……私の両手はさして強く握られているとも思えないのにビクとも動かなかった。

 え、マジか。

 たらり背中を冷や汗が滑り落ちて行く。

 ヤバい、ヤバい、ヤバイ!!

 どうにかせねば。どうにか?どうにかってどうやって?

 悩んでる間も電波ちゃんは「聡明な上に謙虚だなんて素晴らしいですね」なんて言葉を手を替え品を替えてまくしたてていく。

 このままでは確実にヤバいことになる。それだけはわかる。

 あーアレだ!こういう時は丸め込むに限る。とりあえず電波ちゃんは愛を探したいらしいので愛がありそうな場所……ってどこじゃーい!!

 ぱっと思い浮かんだのは18歳未満は入ることが禁じられてるホテル。だがそれは提案出来ない。だって一緒に行きましょう!と引きずられて行く未来が脳裏に浮かんだんだもん。

 えーっと他に愛、愛らしい、ワンニャン、ペットショップ……はもう閉まってるか。

 他になんか愛とか夢とか希望とか詰まってそうな場所は……。

 そう考えて何故か出てきたのは夢の島。

 かつてゴミの島と言われ、数々の闘争のあと自然公園へと生まれ変わったあの場所。島を英語にすればアイランドなんだしちょうどよくねぇ?

 

「夢の島、なんてどうかな?」

 

 へらっと笑みを引き攣らせながら提案すれば電波ちゃんはまた目蓋をパチパチ音がなりそうなほど開け閉めして極上の笑顔を浮かべた。

 

「流石です!貴方ならばこの黒き世へ光を導く担い手となって下さると見込んだわたくしの目に間違いはなかった。では__」

「あー!こんな時間!早く帰らなきゃ!明日も仕事なんで!」

 

 これが最後のチャンスとワンカップを捨てて叫びながら私は振り返ることなく走ってその場を立ち去った。

 幸いなことに電波ちゃんが私を追いかけてくることなく無事家に辿り着けたときは心の底からホッとした。

 ホッとしたと同時にあることを思い出した。


「結局シュークリーム食べれてない」

 

 声に出すとより一層切なさと食べたさが募ってきたので私は早々に寝ることにした。

 こうして過ぎ去ったアンラッキーデーの7日を私はきっと生涯忘れることはないだろう。

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電波少女と酔いどれ嬢 宇佐はなこ @usadi

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