777号線

緋雪

ルート777

 大学4年の夏季休暇、僕たちは、卒業旅行を兼ねて北海道旅行を決めた。


 都心の夏は、ビルの間から出る熱も重なって、蒸発してしまうのではないかと思うほど暑い。とにかく涼しいところを目指した。



 札幌ではなく、函館から入って、レンタカーで行けるところまで行こう! そんな冒険みたいな旅。野郎4人だ。宿がみつからなければ車中泊でいいじゃん。そう言って。

 函館の夜景や、美味しい魚介を堪能し、海に沿って北上する。長万部おしゃまんべで蟹めしを食べながら、光一こういちが、

「お。東に行ったら、洞爺湖とうやこがあるわ。洞爺湖温泉とか聞いたことあるな」

と言い。 

「へえ、いいじゃん、温泉」

賢也けんや

「じゃあ、今日の宿、その辺にするか」

圭介けいすけがそう言った。


「お」

地図サイトを見ていた光一が、あることに気付く。

「なあなあ、見て。これ。777号線だって」

「へえ。ラッキー7じゃん。そんなラッキーな数字の道路あるんだ」

「ちょっと寄り道して行こうぜ」

「そうだな」

3人によって、午後からの予定は決められた。僕はと言えば、一人黙々と蟹めしと戦っていたのだった。箸が下手なので、食べるのがめちゃめちゃ遅く、ついにスプーンを貰って食べていた。

まこと〜、いつまで食ってんの? 放っといて行くぞ」

圭介にそう言われ、急いで口の中にかきこんだ。



「777号線。こっちか」

運転は圭介。免許を取ってからまだ1年だが、僕たちの中では一番運転が上手い(というより好きみたいだ)。ただ、スピードを出しすぎるのと、よそ見しながら運転することが多いので、正直、ぼくはひやひやしながら乗っていたのだが。

 

 道路の標識に、777と書いてある。


「777っていいよな、やっぱラッキーナンバーじゃん。いいことあるかも?」

助手席で地図サイトを見ながら光一が言う。

「賢也に彼女ができるとかな?」

「うるせえよ」

あはははは。車の中は明るい話題で盛り上がる。


「あ、賢也、俺にコーヒー1本くれよ」

圭介が後部座席の賢也を少し振り返った瞬間だった。


 ガタン!! 


 何かに乗り上げたようなショックがあって、慌てて圭介が車を止める。皆、外に出てみた。

「何? ……キツネ?」

「猫……みたいだけど……」

僕が言いながら近寄ると、やめろやめろと後方で他の3人が止めた。

 

 猫だった。


 圭介のあのスピードだ。即死だったんだろうな。こういう場合、可哀想だと思ってはいけない、引っ張っていかれるから、と、死んだばあちゃんに言われてたなあ。

 でも、なんだかやっぱり可哀想で、僕は自分の首からかけていたタオルで猫の死体を包むと、そっと道路脇によけた。


「気持ち悪いなあ、お前。ほら、これでちゃんと手、拭けよ」

賢也がウェットティッシュを出してくる。タオルで包んだので、手は全く汚れていなかったと思うが、みんなの手前、ゴシゴシと拭いておいた。


 

 少し霧が出てきた。

「お。天気があんまり悪くならないうちに洞爺湖めざそうぜ」

光一がルートを探る。

「もう交差点に出てもよさそうなんだがな」

光一が言うが、いつまでも一本道だ。

「まあ、北海道の距離は、東京とは違うからな。そのうち出るさ」

圭介は呑気なものだ。


 しかし、霧は少し濃くなり始め、さすがに皆焦り始めた。


 こんなに辺に家も何もない所が、本当にあるんだな……。


「あ〜、ダメだ。圏外になったわ」

光一が言う。

「車の方のナビに、目的地、洞爺湖で入れるわ」

そう言って、ナビをいじり始めた光一だったが、ふと手を止めた。

「なあ、俺ら、地図上にない道路走ってるみたいなんだけど……」

「えっ?」

皆で声を上げた。

 

 しかし、外には、逆三角形のプレートに777という文字が書いてある標識。

「脅かすなよ。ナビの誤作動なんじゃない?この霧だし」

圭介が笑った。

 

 次の瞬間だった。


 ガタン!!


 大きな音がして、車体が傾く。


「なんだ?」

窓を開けて外を見た圭介が、慌ててアクセルを踏み込む。


 ブォオン、ブォオン、ブォオン……


 音が鳴るだけで、車は進まない。


「どうした、圭介?!」

「ふ、踏切だ!!」

「踏切??」

「タイヤがハマったみたい。3人で後ろから押してくれ!!」

「わかった!!」

圭介がアクセルを踏んで、賢也と光一と僕は後ろから押した。


 カンカンカンカンカンカン


 音がして遮断機が閉まっていく。


「ヤバイ!!」

と思った瞬間、車が前に動いた。僕は何故か反対側に吹っ飛んで、後ろの遮断機のバーを折ってしまった。


 そして、つぎの瞬間、僕たちの乗っていた車は、グシャッと潰れながら、列車に持って行かれてしまった。押していた二人も一緒に…………。


 僕は立ち上がると、列車を追いかけた。勿論、追いつくわけがない。

「えっ……?」

ふと気付くと、線路を走っていたはずの僕の足元には道路しかなく、僕はどうしていいのかわからずに、ただ呆然と立っていた。


 

 助けを呼ぼうとして、携帯を取り出すが、圏外だ。少し広い道路に出れば、街に続く道路に出るだろうか?

 僕は必死で道路を探し、やっと広い道路に出た。少し歩くと、向こうからやってくる軽トラ。


「どうした?こんなところでヒッチハイクか?滅多と車も通らんだろ、危ないぞ?」

「いえ……この先で……友達が列車にはねられて……」

声が震えてかすれる。喉がカラカラだ。

「……乗れ」

「あ、で、でも、友達が……」

「いいから。乗れ。駐在のところに連れてってやるから」

「あ、はい。お願いします」


「……そうですか。777号線を走っていた列車に、車ごと3人持っていかれれた、と」

「はい。『ラッキーナンバー7だから走ってみよう』って走ってたら、踏切で車のタイヤがハマっちゃって、それを動かそうとしてたら、いきなり遮断機が閉まって……」

「君は大丈夫だったの?」

「え? ええ。僕は何故か後ろに吹っ飛ばされたんです。あ、ごめんなさい、うしろの遮断機のバー、折っちゃった」


 駐在さんと僕を乗せてきてくれたお爺さんは、顔を見合わせた。そして、僕の目の前に、地図を広げる。

「君の言う、777号線の地図ね」

「はい」

僕は、駐在さんの言葉に違和感を感じる。

?」

「そう、『道道どうどう』。他の県では県道。東京だと都道ね。まあ、東京じゃ『〜通り』とか名前がついてるからわかりにくいと思うけど」

「いえ、それはわかります。でも……逆三角形のプレートに777のナンバーは、『777号線』ですよね?」

「そうだね。でも、残念ながら、それは、ここには存在しないんだ」

「え……?」

「ちなみに、これが道道777号線。途中に、線路などない」

「……」


 愕然として無言で地図を見る僕に、お爺さんが話しかける。

「あんた、『猫』を見かけたんじゃないのかい?」

「猫……猫! 見ました!! っていうか……」

言うのを躊躇ためらった。

「運転してた友達が轢き殺しました」

「ああ……」

お爺さんがため息をつく。が、すぐに僕の顔を見た。

「あんたは、助けたのかい?」

「いえ……僕が近寄ったときには、もう死んでました。だけど、また他の車に引かれ続けたら可哀想だと思って、持ってたタオルに包んで、ガードレールの外に移してやりました」

「それで、か」

「それで……とは?」

僕が言うと、お爺さんは、車の中に何かを取りに行って、戻ってきた。

「このタオルがな、道路ぶちのガードレールのとこに括り付けられてて、ヒラヒラしてたんだ。危ないから回収してきたんだ」

そう言って見せたのは僕のタオルだった。不思議なことに、血の跡も、土の跡さえついていなかった。

「えっ? なんで……?」


「あそこでな、過去に、どうやら猫を捨てた奴がいるらしいんだ。……可哀想に、轢き殺されててな、しかもペシャンコでな。何回も轢かれたんだと思う」

「うわ……」

人間の気まぐれで飼われて、要らないからと、そんな餌も取れず、生きていけないような所に捨てられて、何度も何度も轢き殺されたのだ。

「人間を恨んでも仕方ないんだろうな」

僕の心の内を読んだかのように、お爺さんは言う。

「あの場所で、あの猫を轢いた車は、架空の『777号線』に引き摺り込まれる。大抵のやつは助からない。ただ、その猫に少しでも愛情を持って接してやった者だけが奇跡的に帰ってくるんだ」

「じゃあ……じゃあ、僕の友達は?!」

駐在さんの方を見ると、彼は頷いた。

「応援要請をした。これから探しに行くよ」



 果たして、僕たちが乗ってきた車は、森の中で、見つかった。スピードの出しすぎで、ガードレールを乗り越え、数回転がったらしい。圭介はそのまま木に強くぶつかって。二人はは拍子にガラスを破った形で放り出され、それぞれ打ち付けられ、打ちどころが悪かったらしく、皆、死んでいた。

 お爺さんの家に泊めて貰っているところへ駐在さんが報告にきた。僕もいろいろ話を聞かれるだろう、とも。



 そうか……猫の祟りなのか……。

 

 何がラッキー7だよ!

 アンラッキー7じゃないか……



「さっき話してた、轢かれた猫を助けて助かったという女の人は、それからどうなったんですか?」

ふと気付いて、僕は問いかけた。お爺さんと駐在さんは顔を見合わせた。


 お爺さんが視線を落として言う。


「なに、あの娘さんは、最初から心臓が悪かっただけだよ……」

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777号線 緋雪 @hiyuki0714

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