その不運、買い取ります。

神白ジュン

第1話 不幸売買店

 この世のどこかには、人に降りかかる不幸や不運をまるまる買い取ったうえにそれを忘れさせてくれるという店があるらしい。

 どのような原理で商売をやっているのかは定かではないが、どうやら需要はかなりあるらしく、毎日長蛇の列が絶えないそうだ。



 

 「さぁ、今回貴方がお持ちよりいただいたアンラッキーは何ですか?」


 三十代前半くらいの陽気な店主が今日も元気よく客に問いかける。


 「石につまづいてこける、カラスにフンをかけられる、車に水をかけられる、上司に仕事のミスを過度な程叱責される、好きな人に振られる、胃の病気を患う、飼っていたペットが亡くなる、の七点でお願いします」


 客はそう言って、店主の様子を伺う。店主はしばらく唸って考えたあと、こう言った。


 「ほうほう、前半は誰にでも良くある不幸だけど、後半は中々パンチがあるねぇ!いい値で買い取らせてもらうね〜!」


 「ありがとうございます!!」


 「じゃ、ちょっと頭をこちらに」

 店主はそう言うと客の頭を引き寄せ、手をかざし何やら念仏のようなものを唱えた。客にはその唱えている言葉も内容も全く理解できなかった。

 

 「──────ほいっと!どうだい、頭の中がスッキリしただろう?」


 店主の言葉に客は満足げな表情をして、代金を受け取り出ていった。


 

 

 「──店長、さっきの人は案内しないんですか?」

 ここで働き始めてまだ日の浅い二十代の若い店員が店主に質問をした。


 「うーんそうだね、あの人は充分晴れて満足した表情になっちゃったからね」

 店主はにこやかに答えた。

 

 「なるほど、そうなんですねー勉強になります、じゃ、次の人を連れてきますね」



 「──さぁいらっしゃいませ!貴方の……」

 店主が言い終わる前にその女性客は虚な表情で不幸の内容を言い始めた。


 「彼氏を他の女に取られた。家が火事になった。借金を背負わされた。交通事故に遭って大怪我をした。数十万入った財布を盗られた。ストレスで胃に穴が空いた。自殺しようとしたが死ねなかった。以上です」


 おいおい不運ってレベルじゃねぇぞこれ。

 久々の超不幸客に店主は動揺を隠せないでいた。


 「さぞ大変でしたね、さぁ、頭をこちらへ」


 先程同様、店主が手をかざし、しばらくすると客の表情は少しスッキリしたようであった。


 「ありがとうございました。」 

そう言って客は立ち去ろうとしたが、店主が引き留める。


 「よろしければこの店舗の裏手に、もっと貴女に協力出来るかもしれない店があるので、良ければどうですか?」


 客は少しきょとんとした顔をしたが、すぐに二つ返事をした。


 「おーい、この方を案内してやってくれ」

店主の声に反応して、店員が出てきて客を別の場所に入れて案内していった。


 

 

 客が案内されたのは、先程の店の真裏に構える、これまた同じ看板を掲げた店であった。


 「はーい一名様いらっしゃいませ!」

 入るなり客は驚いた。先程の店主と顔がそっくりの人物が出迎えたからだ。


 「あーまぁ、驚きますよね、表の店舗で働いてる奴と双子なんですよ自分」


 「なるほどそうだったのですね」

 どおりで顔も口調もテンションも似ているはずだと、客は感じた。


 「ちなみにこちらのお店は……?」

 客の質問に店主は答えた。


 「こちらのお店では、指定した人物に不運や不幸を降りかけることが出来るんです!!」

 店主は自信たっぷりに答えたが、客はすっとんきょうな顔をしてしばらく固まってしまった。


 「──本当にそれが叶うなら、私の彼氏を盗った女に、私が味わった不幸を同じように味わってもらいたいです」

 客は淡々と述べた。


 「了解!!じゃあ、ぱぱっとやっちゃうね!その人を頭の中で強く思い浮かべて!」


 言われるままに、客はその人物を思い浮かべる。

 

 そして、先程同様、店主が客の頭に手をかざし、何やら唱え始めた。


 「────はい終わり!注文通り、数日後に対象の人物に不幸や不運が舞い降りるよ!」

 

 「本当に起こるんですか?」

 やはり客は半信半疑であった。


 「大丈夫!もし注文通りにならなかったら、またここへ来て!!」


 「……分かりました……それで代金は?」


 「ここは代金はいらないよ〜!」


 「そうなんですね、ありがとうございました」

 先程は少し疑った様子の客であったが、最終的には来る前よりも明るい面持ちで帰っていった。


 

 どうやら、表の店である程度客を選別した後、この店へ案内しているようで、客足はそこまで多くはないようであった。だが、ここを利用する客は必ずと言っていいほど以前より晴れやかな顔で帰っていくらしい。


 「おーい、空いたから次の人呼んできて〜」

 裏店の店主が店員を呼んだ。


 「あのー自分一人で両方の店手伝ってるんですから、軽々しく呼ばないでくださいよ!!」

 表で店を手伝っていた店員が出てきた。この店員は両方の店を手伝っているらしく、どうやらこの店は繋がっているらしい。


 

 

 そんなこんなで気がつけば一日の終わりを迎えようとしていた。閉店後もなお、店の外にはしばらく列ができていたが、次第に散っていったようであった。

 

 閉店後の店内では若い店員が店長にこの店の気になっていることを聞いているようだ



 「店長〜いい加減どーいう原理で逆に何してるのか教えてくださいよ〜冷静に考えてありえないじゃないですか」


 「あーもう分かったよ、そのかわり言語道断な?」

 これまでにも何回も聞かれているらしく、店主は店員の渋々質問に答えた。


 「まぁ客の頭に直接手をかざして、その不幸や不運に関わるエピソードを吸い取ってるって訳よ、ちなみにこの力は、この店の奥にある夢現ゆめうつつ様からもらった物だ」


 「……何ですかその夢現様って?初めて聞いたんですが……??」


 店主は誇らしげに答えたが、店員は訳が分からないようであった。


 「夢現様はこの不安定な場所を司っている神様だから、くれぐれも粗相のないようにな!」


 「説明になってないですよ〜!!そもそも会ったことも無いし!!」


 「入って日の浅い奴には姿が見えないんよなこれが」


 「そういうものなんですね……」

 店員はがっくりと肩を落とした。だがそのあと、思いついたように再度質問した


 「そういえばここ、当たり前のようにお金で色々買い取ってますけど、経営大丈夫なんですか?」

 彼の疑問ももっともである。裏の店でも代金は取っていない。どうやって経営出来ているのであろうか

 

 「買い取ってると言ってもなぁ……ここはみたいなものだから、ここで現物を得ても現実に戻ったところで結局持ち帰れないから何も影響ないし、経営に関して深く考えなくて良いんだよ」


 店主の答えに質問をした店員は驚き、しばらくの間沈黙が続いた。


 「なんか声が聞こえてると思ったらこの店のことめっちゃべらべら喋ってるじゃん」


 不意に裏店の店主が現れ、会話に混ざってきた。


 「まぁもうこいつもこちら側の人間だから、教えても良いだろ」

 表店の店主はそう言った。


 「せっかくだから教えるけど、裏の店では代金を取らないかわりに何を取っていると思う?」

 裏店の店主から想定外の質問が飛ぶ。

 

 「……検討つかないですねー」

 

 店員の反応に頷いた後、裏店の店主は淡々と答えた。

 

 「まぁ想像もつかないだろうけど、取るんじゃなくて、与えて帰してるんだよね、他人に自分の意思で不幸を与えてしまったという一生取り払えないようなを。他人の不幸なんて願うものじゃないよ。そーいう思考になってる人にちょっとしたお灸をすえる感じでやってるよ。まぁたまにそーいうの一切感じない人もいるけど」


 「まぁ一応表の店は悩める人々を少しでも楽にさせてあげたいためにやってるから、性格悪い裏の店と一緒にすんなよな」


 「おいこら言わせておけば」

 どうやら二人は双子というのも相まって、かなり仲が良いらしい。

 

 「なるほど。まぁ大体ここのことは理解できましたけど、よくもこんな変わった所で自分なんかを雇ってくれましたね、現実じゃ就活ボロクソに落ちまくってたのに………」


 「それはな、人材不足だったところにたまたま君が迷い込んできたからだよ」

 二人の店主が同時に笑いながらそう言った。


 「えっ、理由それだけ!?」

 

 三人の店主の笑い声が閉店後の店内に響きわたった。

 

 これはこの後の会話で出た内容であるが、表の店主いわく買取店の方はやはりほぼほぼ善意らしい。少しでも現代人の気持ちを楽にしてあげたいとのことだ。しかしそこで買い取った不幸や不運を夢現様にお供えし、裏店での営業に役立てているらしい。ちなみになぜ七つまとめてなのかというのは、現実世界で七という数字がラッキーセブンと言われており、不運の真逆だからということだ。

 

 

 

 最終的に店の利用者からはほんの数パーセントほど寿命を吸い取って、夢現様に捧げているらしいが、真偽の確かめようは店主と店員以外には無いのであった。


 


 


 


 

 


 

 

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その不運、買い取ります。 神白ジュン @kamisiroj

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