チーム名は『アンラッキー7』

内藤 まさのり

チーム名は『アンラッキー7(セブン)』

「アンラッキー7(セブン)」


 タケシは自信ありげにそう宣言した。しかしタケシ以外の俺たち6名はドン引きだった。


「いくらなんでもそのチーム名は縁起が悪いんじゃないか。」


 ムサシが不満を口にした。


「なに!誰もチーム名を考えてこないから俺が考えてやったんじゃないか!」


 普段からワルを気取るタケシは右腕の袖を捲り上げてムサシに殴りかかる真似をした。俺は学級委員長の立場もあり、タケシをたしなめた。


「タケシ、そこまでだ。俺の目の前でムサシを殴ったら俺は職員室に直行して報告せざるを得ない、分かるな。」


 タケシが俺をにらみながら右手の拳を下ろした。俺は続けた。


「ただチーム名を誰も考えない中。タケシは考えてきたんだ。考えてこなかった俺たちがどうこう言う権利はないだろう。〝アンラッキー7(セブン)〟、俺たちのチーム名はこれで行こう。」


 俺はこんな議論に時間をとられるのがバカらしくて強引に話をまとめた。俺の真意など知らないタケシが俺に向かって〝グッジョブ〟と親指を立てている。俺はそれに気付かないフリをしてポジションを決めにかかった。


 

 ただ〝アンラッキー7〟とは言い得て妙なネーミングだった。我が校の球技大会は、体育祭、文化祭と並ぶ全校あげてのイベントだ。各学年が〝ソフトボール〟〝バレーボール〟〝バスケットボール〟そして〝ハンドボール〟の4つの競技で順位を競い、順位ごとの持ち点で学年毎に総合優勝のクラスを決める。スポーツのできる男子にとっては女子にアピールする絶好の機会であった。人気のあるの競技は立候補での取り合いだ。〝ソフトボール〟と〝バスケットボール〟といった人気競技は立候補者が多く、ジャンケンでメンバーが絞られた。しかしそれら競技に比べると〝ハンドボール〟は人気がなく、ジャンケンに一度ならずも二度、三度負けた七人で構成されていた。運のない七人、まさに〝アンラッキー7(セブン)〟だった。


 第一試合、俺たち3組と2組の対戦。センターラインに整列しながら、俺はスコアボードに目をやった。「アンラッキー7 vs すずキングと仲間たち」そもそもチーム名なぞ決める必要があるのだろうか?「3組 たい 2組でいいじゃないか。」と俺は独り言を呟いた。審判の礼を合図に頭を下げると、俺たちはグランドに散らばった。寒空の下、周囲を見渡すと案の定、観客は10人もいなかった。

 

 アンラッキーな七人には間違いないが、メンバーとしてはまずまずだった。ラグビー部でFW(フォワード)を務めるタケシ、女子バレー部でセンターを務めるミドリ、女子バスケット部のキャプテンでPG(ポイントガード)務めるノドカ、剣道部で県大会を制し、全国大会で準決勝まで勝ち上がったムサシ、そしてサッカー部キャプテンでMF(ミッドフィルダー)を務める俺。ミドリとノドカは当然自分が所属している部活の種目、バレーボールとバスケットボールに立候補したが、各競技に部活経験者は2名までというルールによってジャンケンを強いられ、負けてここにいる。あとの二人は一人が吹奏楽部でフルート奏者のミホ、それと帰宅部のアキラだ。

 試合開始前、一応俺が作戦を立てた。ハンドボールという競技は、体育の授業で習うまでよく知らなかったが攻守の交代はバスケットボールに近い。守備の時は全員でゴールエリアの外に壁を作り、シュートを打たせないようにする。攻撃側はその守備の壁をかいくぐってゴールを狙うのだ。ターンオーバー、相手にボールを取られると取られた側は全員で味方のゴールエリアまで戻って守備の壁を構築する。

 俺の作戦はサッカーに基づくものだが、背の高いミドリがポストプレーでボールを受け、ノドカがシャドー、動き回って隙を作ったところでムサシにボールを回してフィニッシュ。守備はミホ、アキラと俺が担い、キーパーはボールを恐れないタケシに頼んでいた。


 試合が始まった。試合前の整列で確認したが、2組にはハンドボール部主将の鈴木と、副将の三苫がいた。確か我が校のハンドボール部が誇るツートップではなかったか。案の定、たった二人のボールの交換だけであっという間にシュートまで持っていかれた。ただしゴールの左下コーナーを狙ったシュートはタケシの手によって弾き出された。


「ナイスキーパー!」


 ノドカがすかさず声をかけた。僕たちもタケシに声をかけた。見るとシュートを放った鈴木が苦々しい表情を浮かべていた。今度はこちらの攻撃だった、打合せどおり、ポストに入ったミドリにボールを預けた。相手は二人がかりでミドリのボールを取りに行ったが180㎝近いミドリがボールと上に掲げると簡単に奪われることはなかった。「ミドリ」と声を掛けながらすぐ目の前にノドカが切れ込んでいく、流石に三苫が警戒してマークしていたがノドカは動き出しのフェイントで三苫を置き去りにしていた。ノドカにボールが渡ると二度にわたるstop and goのフェイントで三人を引きつけていた。そしてノールックでムサシにパスを出す。ムサシはどフリーだ。ムサシはボールと受け取ると素早くゴールに向かって投げた。しかし投げられたボールの勢いはそれほど早くなく、キーパーにキャッチされてしまった。ムサシが「すまん」と声を上げるとまたノドカがいち早く「ドンマイ」と声を掛けた。ボールが鈴木に渡る、顔がマジだ。「下がれー!」俺は指示を出すと鈴木に絡みに行った。しかしドリブルで突破にかかる鈴木に抜かれてしまう。しかし鈴木はボールを運ぶことが出来なかった、鈴木の前にノドカが立ちはだかっていた。速攻を封じられた鈴木はボールを回し始めた。俺はゴールエリアの真ん中に急いで戻るとハンズアップして身構えた。センター付近を俺とミドリが固め、右サイドをノドカとアキラ、左サイドをムサシとミホが固めた。鈴木と三苫はボールを回しながら俺たちの様子を伺い、やはり最弱と思われる場所を突いてきた。三苫がボールを受けるとミホの位置から突破を図った。だが意外にもミホは逃げずに身体を寄せていく。しかしそれに構わず三苫がシュート体勢に入りミホが跳ね飛ばされた。ホイッスルが鳴り響く。「ミホ」「ミホ」女子たちが倒れたミホに駆け寄った。「おい三苫!」タケシが三苫に詰め寄る。俺はタケシを止めに入った。「大丈夫。」ミホの声だった。ミドリとノドカに助け起こされてミホは土で汚れたジャージを払っていた。審判が三苫に注意を与えた。三苫は誠意なくミホに頭を下げると背を向けて守備の為に自ゴールに向かって走り出した。


「あいつ許さん!」


 まだ怒り心頭なタケシに向かって俺は言った。


「熱くなるのは結構だが、それを示すのはプレーだろう?ラガーマンの誇りは?」


 ハッとしたような素振りを見せたタケシは大きく俺に頷くとゴールの前に戻った。その時だった。


「私もアイツ許さないから。」


 俺を追い越しながらノドカが俺にだけ聞こえる声でつぶやいた。完全にみんなにスイッチが入ってしまった。俺はヤバいと感じて「みんな落ち着いて行こう!」と声を掛けたが返事をする者がいない。それでもみんなは自然と作戦通りの攻撃体勢に入った。俺はボールをミドリに渡す。ミドリがポストプレーを試みるも鈴木と三苫のダブルカバーが来た。「ミドリ」再びミドリを呼びながらノドカがミドリに近づいた。それを読んでいた鈴木がミドリから離れてノドカへのパスコースを消す。その時だった、シングルカバーになったミドリが反転し、大きな身体で三苫を抑えながら倒れ込みシュートを放った。ボールはショートバウンドすると、差し出されたキーパーの腕の上を抜けてゴールネットを揺らした。ホイッスルが鳴る、先制点だ。

 俺は起き上がったミドリに近づき「ナイスゴール」と言ってハイタッチした。他のみんなも集まってミドリの得点を祝福した。「さあ、しっかり守ろう!」俺はそう声を掛けてみんなを引き締めた。

 ボールをドリブルしながら近づく鈴木は完全にキレていた。一番身長が低いノドカに一直線に突進すると、鈴木はボールを片手で持ったまま宙に浮き上がった。そのまま空中で振りかぶるとノドカの遥か上からボールをゴールにブチ刺した。ホイッスルが鳴る、同点弾だ。ノドカも精一杯ブロックに飛んだがその20㎝以上上からの豪快なシュートだった。タケシも一歩も動けなかった。

 俺は今のゴールシーンを踏まえて、皆に指示を出した。「ディフェンス、マンツーマンでやってみよう。ゴール前に進入してきた鈴木には俺とミドリでダブルカバー、三苫にはムサシとノドカでダブルカバー。ミホとアキラはその二人以外が近づいたら寄せてシュートの邪魔をして。」

「オッケー」「分かった」

 各々が返事を返した。ミドリのゴールと鈴木のゴールで皆が冷静さを取り戻したようだ。ただ今は攻撃だ。今までどおりポストを入れようとミドリを見ると、鈴木が執拗にマークしていた。これではボールが入れられない。「ケント!」と俺を呼ぶ声がした。見るとノドカが左から右にコートを斜めに横切る形で動いてくれていた。しかも左手を上げながら右手で自分の後ろを指している、多分サインだ。俺はノドカの進行方向少し前にパスを出すとノドカの後ろのスペースに侵入した。ノドカはボールを受け取るとノールックで俺にボール返してきた。ミドリがスクリーンをかけて鈴木を押さえている。俺は前が空いた状態で思い切りキーパーの肩口にボールと投げ入れた。ホイッスルが鳴る、再度リードを奪った。

 俺は下がりながら「マンツーマン!」と声を掛けた。一旦全員でゴールエリアの前で壁を作ると作戦を実行した。鈴木が侵入を試みると俺とミドリがさっきのようなジャンピングシュートを警戒しながら絡んでいった。そしてムサシとノドカは三苫をマークし、鈴木が苦し紛れに三苫にパスを出すとムサシとノドカが絡んでいった。何度か鈴木と三苫の間でパス交換がされたが、最後焦れた三苫が強引にシュートを放ったが、ボールは枠内には飛ばなかった。「ヨシ!」「やった!」完全に作戦が成功したことで俺たちは歓声を上げた。

 攻撃だ。既に鈴木達は守備の壁を構築していた。ミドリが守備の壁の中に入っていく、揉みくちゃにされるが、がんばってスペースを作り「ケント」と俺を呼んだ。俺は一瞬ノドカを見た、まだフリーの状態だ。俺は「ミドリ」と声をかけてミドリにポストを入れる振りをするとノドカめがけてパスを送った、がボールはノドカに届く前に他の手が伸びかっさらわれた。三苫だった、完全に読まれていた。「戻って!」と言いながら俺も懸命に三苫の後を追った。三苫の前にアキラが立ちふさがった。しかし綺麗な切り返しでアキラを抜くと、三苫はゴール前でシュート体制に入った。キーパーとの完全な一対一だ。タケシが前に詰める、それを見て三苫がループシュートでタケシの頭上を狙う。タケシはそれに気付き、踏ん張ると頭上を狙うボールに手を伸ばしながら背面に飛んだ。後頭部を地面に打ち付けるような体勢でタケシはボールをキャッチした。ただボールを取った位置がゴールなのかノーゴールなのかが微妙だった。審判が近づく…首を横に振った。ノーゴールだ。俺たちはタケシの周りに集まっていた。タケシはボールを左手でしっかりと握ったまま右手を差し出してきた。俺はその手を掴むと「ナイスキーパー」と言いながらタケシを引っ張り起こした。その時だった、拍手が聞えた。周囲を見ると試合開始の時は10人程しかいなかった観客が40人ぐらいに増えていた。クラスメートの多くが声援を送ってくれていた。俺たちは顔を見合わせた。皆が笑顔だった。


 15分経って試合が終了したとき、「アンラッキー7(3組) vs すずキングと仲間たち(2組)」の最終スコアは4対5だった。ハンドボール部の看板ツートップを要する〝すずキングと仲間たち〟に俺達〝アンラッキー7〟は残念ながら破れてしまった。しかし試合終了の合図とともにセンターラインに集まった俺たちはみな充実した笑顔をしていた。ただ一人、タケシだけは号泣していたが、その事が更に俺たちを笑顔にしていた。礼を済ませて歩き出すとミドリが言った。


「負けたのは残念だけど、私たち鈴木たちを相手によくやったと思わない?」


「うんうん」「そうだね」


 俺達は口々に同意した。するとノドカが楽しそうに言った。


「ねえねえ、こんなにチームワークがいいのにチーム名が〝アンラッキー7〟はないんじゃない?どうなのタケシ?」


 そう言われたタケシは困った顔をして黙ってしまった。俺は助け舟を出した。


「今さらチーム名を変えるのはカッコ悪いし。チーム名はこのままでいいんじゃない?ただし…『アンラッキーって名前のチーム、やっぱ弱かったわ』とは言わせたくないね。次の試合、勝っちゃう?」


 俺がいたずらっぽく聞くと皆が「おー!」と同意した。


おわり


 



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