奇妙鉄道777

隠井 迅

第1話 グッバイ、アンラッキー6、ハロー、ハッピー7

 陸奥むつひ、彼女の名は生年月日に由来する。

 むつひは、一九九四年六月六日生まれであった。

 西暦一九九四年は、和暦で言うと、平成六年六月六日、さらに言うと、六時六分が彼女の出生時刻であった。もっとも時刻に関しては、この時刻に産むべく、母親が調整に苦慮したらしい。


 この六のゾロ目の日と時刻に生まれた娘を、両親は、〈六〉にちなんで、〈むつひ〉と名付けた。

 当初は、〈六日〉という漢字を当てる予定だったのだが、それでは〈むいか〉と読まれる可能性が高い、という話が祖父から出て、家族会議の結果、ひらがなを用いる案に落ち着いたそうだ。


 そもそも、陸奥(むつ)という苗字からして、〈陸〉は漢数字の大字で〈六〉を意味する分けで、かくして、陸奥むつひ、彼女は、名前も生年月日も、〈六〉とは切っても切れない関係にあるのだった。


 そんな彼女も、幼き日には、友達から「むっちゃん」とか、あるいは、「むつむつ」などと呼ばれ、自己紹介の時には、自分でも「平成六年六月六日生まれだから〈むつひ〉って言うの」といったように、自分が六月六日という事を無邪気にアピールしていた。


 一九九九年、むつひが、満年齢五歳、即ち、数え年六歳にあたる幼稚園の時、民放放送局で、あるアニメを観ている際に、こんなシーンがあった。


 時が六時六分六秒と〈六六六〉を刻む時、敵のボスが、その正体を明らかにした。

 作中人物が言うに、その数字〈六六六〉は、『ヨハネの黙示録』に出てくる〈獣の数字〉らしかった。


 幼稚園児のむつひには、それが何の事か分からなかったのだが、翌日の月曜日からしばらくの間、彼女は、いじわるな男の子達にから、「魔王」とか、敵のボスの名で呼ばれるようになってしまった。

 しかし、幼稚園児という事もあって、そのあだ名の流行りは一過性の事で済んだ。


 むつひが、『ヨハネの黙示録』の〈獣の数字〉が、いったい何かを知ったのは、二〇〇六年、小学校六年生の時であった。

 映画好きの両親を持つ同級生が、六月六日に、家族で古いホラー映画のリバイバル上映会に行ったらしいのだ。

 リバイバル上映とは、かつて公開された映画が、劇場で再上映される事である。

 それが、一九七六年に公開されたアメリカのホラー映画『オーメン』であった。

 この映画は、六月六日午前六時に誕生し、頭に〈666〉というアザを持つ悪魔の子「ダミアン」の物語であった。


 映画を観た児童は、その翌日、この事を面白おかしく語った。

 六月六日六時、この日時は、まさに、むつひの誕生日と誕生時刻なのである。

 映画を全く観ない陸奥家の人々は、誰一人として、ダミアンとむつひの暗合を意識してはいなかった。


 しかし、無邪気な残酷さを持つ小学校のクラスメートは、むつひを「ダミアン」や「オーメン」と呼んで囃し立て、中には、机に上に〈666〉といたずら書きをする者もいた。


 分別が足りず、悪気が無いぶん、小学生の無邪気な悪戯は残酷度を増すものなのだ。


 ひどい児童の中には、体育の水泳の授業中に、むつひの身体のどこかに〈666〉が無いか、探す者さえ現れた。


 さすがに、この行為は親や担任に告げ口されて、むつひを弄っていた児童は大目玉をくらったのだが、「ふざけただけですよ」とか「ただの冗談ですって」と言い訳をして、本心ではまるで反省していないのは明らかであった。


「わたし、もはや耐えられない。ここには居たくない」


 プールの授業があった翌日から、むつひは学校を休んだ。


 そして、独り部屋で、むつひは机の上の貯金箱をトンカチで叩き割って、そこから七万七千七百七十七円を取り出すと、ここではない場所に逃げる決意をした。


 行先など何処でもよかった。


 むつひは、六という、自分を苦しめる数に別れを告げ、七という〈幸運〉を意味する数字に向かう、という意味を込めて、移動の検索サイトの、出発時刻に「六時六分」、到着時刻に「七時七分」と打ち込んだ。

 すると、打ち込んでもいないのに、駅名が出てきた。


 むつひは、その駅に向かう事にし、七両編成のレトロなSL鉄道に乗り込んだ。


 その後のむつひの行方を知る者は誰もいない。


                    〈了〉

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