アンラッキー7・デス・ポーカー

正妻キドリ

第1話 命をかけたゲーム

 ここに、美しい2人の女がいる。


 1人は、エリザベス・スワン。

 "ラスベガスの女王蜂(クイーン・ビー)"の異名を持つ、ギャンブルの申し子だ。


 そして、もう1人は、林 詩詩(リン・シーシー)。

 "マカオの皇貴妃(ホワングイフェイ)"の異名を持つ、ギャンブル界の優等生である。


 今、その2人は、負ければ自らの命を差し出さなければならないゲーム、"死のポーカー《デス・ポーカー》"に興じていた。


「わかってると思うけど…念の為、もう一度聞いておくわ、林 詩詩(リン・シーシー)。この最終ラウンドで負けた方は、自らの命を差し出す…。それでいいのよね?」


 エリザベスは、トランプをシャッフルしながら、テーブルの向かいに座っている女性、リン・シーシーに問いかけた。


 その問いにリン・シーシーは気怠そうに頬杖をつきながら答える。


「それでいいから、さっさとカードを配ってくれる?それとも、勝負を始めるのが怖いの?…エリザベス・スワン。」


 それを聞いたエリザベスはニヤリと笑い、自分とリン・シーシーの手元に、慣れた手つきでカードを配り始めた。


「なかなか言うね〜、リン・シーシー。あんたこそ、トイレに行っとかなくていいの?最終ラウンドに途中休憩インターミッションはないよ?ゴッドファーザーⅡじゃないからね。」


「当たり前でしょ?ポーカーの1ラウンドなんて1分もあれば終わるわよ。それこそ、御手洗いに行って帰ってくるより下手したら早いわ。」


 そう言いながら、リン・シーシーは配られた5枚のカードを手に取る。そして、それに続いてエリザベスもカードを手に取った。


「…。」


 エリザベスの手札は、2の♣︎、3の♠︎、6の♡、そして、7が♡と♢の2枚。ワンペアであった。


 最後の勝負でラッキー7のペアを引き当てた。エリザベスは、自分にツキが回ってきていることを確信した。


 しかし、ポーカーに置いて、ワンペアは最弱の役である。しかも、相手はギャンブル界の優等生だ。必ず、もっと上位の役を揃えてくるだろう。


 エリザベスは自分の持ち金と、相手の持ち金を確認した。同額であった。このゲームは、最終的に持ち金が多い方が勝者となる。


 このポーカーのルール上、勝負する気がないラウンドでも、少なからず賭け金を払わなくてはならない。


 つまり、この最終ラウンド、降りることはできない。降りた瞬間に、自分の持ち金が相手に渡り、負けが確定する。戦うしかないのだ。


「ベット。」


 エリザベスの思考を遮るように、リン・シーシーが自分のコインを1枚、テーブルの真ん中にスライドさせた。


 リン・シーシーの手札がどれだけ強いのかはわからない。だが、彼女に交戦の意志があることだけは確かだ。


 そのことを察したエリザベスは震えた。しかし、それは恐怖によるものではない。最高峰の相手との、命をかけた勝負に決着がつく。その喜びによるものであった。


 エリザベスの脳からは、切り分けたハンバーグから流れ出る肉汁の如く、脳汁が溢れ出していた。


「…オールイン!!」


 エリザベスは全てのコインをテーブルの中央に置いた。


「そんなコイン1枚じゃ盛り上がらないでしょ?どうせなら派手にいかないとね、リン・シーシー。"マカオの皇貴妃(ホワングイフェイ)"の名前が泣いてるよ?」


「はぁ…。変わらないでしょ?賭け金が、コイン1枚だろうと、全額だろうと、このラウンドで勝った方が持ち金が多くなるんだから。それよか、早く進めるわよ…えー…あんたの異名、なんだっけ?ラスベガスの…女王蜂?だっけ?…まぁ、なんでもいいわ。」


 リン・シーシーは呆れた口調でそう言うと、自分の手札から3枚カードを捨て、山札から代わりの3枚を引いた。


 エリザベスはそれを見て思考を巡らせた。


 リン・シーシーは手札を3枚交換した。逆に言えば、2枚を交換しなかった。つまり、その2枚はペアである可能性が高い。


 これは彼女もエリザベスと同じく、既にワンペアが揃っている可能性が高いということだ。


 さらに、入れ替えたカードによっては、ワンペアの上の役であるツーペア(4のカードが2枚と、5のカードが2枚など、2つのペアが手札に揃っている状態。)なんかが揃っているかもしれない。


 エリザベスは思った。自分も手札にあるカードと同じ数字のカードを引いて、今より強い役を作るしかないと。

 

 手札には、7のペアが1つ。ここでもう一枚、7を引ければ、スリーカード(手札に同じ数字のカードが3枚ある状態。)になる。


 これは、ツーペアよりも強い役である。更に、数字もラッキー7で縁起がいい。


 エリザベスは、ここで7を引けばリン・シーシーに勝てると確信した。


「さぁ、エリ…ザベス、あなたの番よ。手札を入れ替えるならさっさとしてちょうだい。」


 リン・シーシーがエリザベスを急かす。しかし、エリザベスは落ち着き払っていた。


「私は手札を3枚捨て、山札から3枚ドローする。もし、私が武藤遊戯並みの、最高の決闘者デュエリストなら、ここで狙っているカードを引き当てられるはず…。そのカードを私が引いた瞬間、あなたは敗北者になるのよ、リン・シーシー。そして、私に命を奪われる…OK?」


「…さいで。」


「よろしいようね!じゃあ、運命を決めるドロー、いくよ!まず、1枚目!」


 エリザベスは勢いよく山札からカードを引いた。


 ドローされたそのカードは、まるで巣に戻っていく働き蜂のように、華麗な軌道を描きながら彼女の手に収められた。


 エリザベスはカードを確認した。♠︎の10だった。これは彼女が狙っているカードではない。彼女の狙いは数字の7だ。


「くっ…!まだまだ!2枚目、ドロー!」


 エリザベスは山札に指をかけ、勢いよく2枚目を引いた。彼女はそのカードを目で追い、書いてある数字を確認する。


 ♣︎の9だった。これも彼女が狙っているカードではない。


 エリザベスは悔しそうな顔をしながら言った。


「…くそ!ダメかっ!」


「ポーカーフェイスもクソもないわね、あんた。」


「でも、私は諦めない!この1枚に全てをかける!行くわよ!最後のドローッ!」


 今までよりも大きく、そして、鮮やかにエリザベスは山札からカードを引く。その姿は、まさしく、ラスベガスのクイーン・ビーであった。


 エリザベスは引いたカードを右手の人差し指と中指で挟むと、それを高く掲げた。彼女はそのまま目を瞑り、数秒間、身体の動きを止めて、精神を安定させた。


 そして心を鎮めた彼女は、カードを胸の前に降ろし、書いてある数字を確認した。


 ♠の7であった。


「…よしっ!!」


 エリザベスはガッツポーズをした。


 最後の最後で、ついに彼女は手元に7のカードを3枚揃えたのだ。


 これで、スリーカード。ツーペアよりも強い役が7でできた。


 まさに、ラッキー7である。


 勝利を確信したエリザベスは、得意げな顔でリン・シーシーを指差した。


「最高のカードを引いたわ!この命を懸けた勝負、あなたの負けよ、リン・シーシー!命を奪われる覚悟はできてる?」


「ええ、できてるわよ。じゃあ、ショーダウン(手札を見せ合う)ね。」


 リン・シーシーはそう言って、自分の手札をテーブルの上に置いた。それと同時に、エリザベスも自分の手札を叩きつけるように勢いよくテーブルに置いた。


 そして、エリザベスは勝ち誇った顔で言った。


「私の手札は♡と♢、そして♠の7のスリーカード!まさに、ラッキー7!パチンコなら確変突入の大当たりよっ!まぁ、私みたいなギャンブルの女王にもなるとこれくらい…」


「7のスリーカード?なら、私の勝ちね。私は13のスリーカードだから。同じ役なら数字が大きい方の勝ちよ。」


「…えっ?」


 エリザベスは目が点になった。そして、慌ててリン・シーシーの手札を確認した。


 彼女の手元には、13のカードが3枚並べてあった。13のスリーカードが確かに揃っていた。これは、エリザベスの7のスリーカードより強い役である。


 エリザベスは目を擦り、もう一度、改めてリン・シーシーの手札を確認した。しかし、置いてあるものは変わらなかった。


「えっ…。…ええ~っ!!?」


「だから、私の勝ちよ。」


「えぇ!?だって、私の手札スリーカードで超強かったのに、なんでっ!?それに、数字も7でラッキー7だし…!!」


「ポーカーにおいて、7なんて強くもなんともない。ラッキーでもなんでもないわよ?それにスリーカードだって、勝ちを確信するほど強い役ってわけでもないでしょ?確かに、それなりに強い役だけど、もっと上位の役はいっぱいあるわけだし。なぜ、あんたが勝ち確みたいな振る舞いをしていたのかが、私にはわからないわ。」


 リン・シーシーは呆れた表情で、エリザベスに言った。それを聞いたエリザベスはがっくりと項垂れてしまった。


「そうだったんだ…。てっきりラッキー7っていうから、7が一番強いんだと思ってた…。」


「ちゃんとルールを覚えてから挑んできなさいよ…。」


「トホホ…。これじゃあラッキー7じゃなくて、アンラッキー7だよ~っ…。」


「なに、わけわかんないこと言ってんの?…まぁ、いいわ。取り敢えず、この勝負私の勝ちだから。約束通り、あんたの命…貰うわね。」


 そう言ってリン・シーシーはエリザベスの方へと手を伸ばす。


 そして…


 エリザベスの手元に置いてあった、袋に入ったあんパンを掴んだ。


 それから、彼女は何の躊躇もなく、あんパンの袋を開け、それにパクリとかじりついた。


「うわーん!私の命がー!静香の意地悪!少しくらい慈悲与えてくれてもいいじゃん!」


 その嘆きに対して、林 詩詩(リン・シーシー)こと、林静香はやししずかは言った。


「命って…おやつのことをそう呼ぶのって、大袈裟過ぎるでしょ、やっぱり。あと、あんたが『お互いのおやつをかけてポーカーで勝負しよう』って提案してきたんだからね?しかも、『没入感が違うから』って、謎に外国人ギャンブラーの設定まで盛ってきて…。慈悲なんてあるわけないでしょ、絵梨。」


 静香は冷たい態度で、エリザベス・スワンこと、白鳥絵梨しらとりえりを突き放した。


 昼食後に食べようとしていた、おやつのあんパン。それは、食べ盛りの高校生である絵梨にとっては、命と同等の価値があるものだ。


 それを他人に奪われるというのは、彼女にとって悲劇的なことである。


 ここは、絵梨と静香が通う高校の一室。


 その教室の片隅で行われたポーカーの世界大会は、今、静かに幕を下ろした。


「…なにをやっているんだ、お前達。」


 突然、男の声が聞こえてきた。


 絵梨と静香がその声の方を見ると、そこには、眼鏡をかけた若い男性教師、中西先生が立っていた。


「あっ!中西先生!どうしたんですか?一緒にお昼ご飯食べるお友達がいないんですか?」


 絵梨がニヤけながら中西に問いかける。


「う、うるさい!ちゃんと質問に答えろ、白鳥。なぜ、机の上にトランプが置いてあるんだ!?」


 中西先生は狼狽えながら、絵梨に質問した。絵梨はそれに得意げな顔をして答えた。


「何故って、ポーカーしてたからに決まってるじゃないですか、先生!あっ!ちなみに、私は今、白鳥じゃなくてエリザベス・スワンです!ラスベガスの女王蜂なんでよろしくお願いします!」


「ラスベガスの女王蜂…?何を言ってるのかさっぱりわからん。っていうか、学校にトランプを持ってきていいと思っているのか?」


「学校にトランプ持ってきちゃダメなことくらい知ってますよ?でも、中西先生はそこんとこ寛容ですもんね?ほら、いつも見て見ぬふりしてくれますし!ねっ?まさか、今日だけ咎めるなんてこと…」


「いや、そのまさかだ。白鳥、お前は一言目で俺の逆鱗に触れた。」


 中西先生は、絵梨のことを睨みつけた。その目は、彼女に対する憎悪に満ちていた。


「えっ!?ほんとに友達いなかったんですか!?」


「繰り返すな!…トランプは没収する。林、異論はないな?」


 中西先生は、黙って2人のやり取りを見ていた静香に聞いた。静香はそれに冷静に答えた。


「はい。絵梨のトランプなんで全然構いませんよ。」


「ちょっ!静香!ってか、私に異論がないか聞いてくださいよ、先生!そのトランプ、いつまで没収する気ですか!?」


「俺に昼ご飯を一緒に食べる友達ができたら返してやる。」


「じゃあ、実質返ってこないじゃないですか!」


「また、俺の逆鱗に触れたな。じゃあな、このトランプは貰っていくぞ。」


 そう言って中西先生は、教室の外へ向かって歩き出した。


「ちょっとー!返して下さいよ、先生!友達作りは諦めてください!」


 絵梨はそう言いながら先生を追いかける。


 そして、静香はその光景を見ながら、あんパンを再び口に運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンラッキー7・デス・ポーカー 正妻キドリ @prprperetto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ