勝利のおまじない
旗尾 鉄
第1話
なんかさ、野球、盛り上がってるよね。
国際大会で活躍してて、すごいよね。
でも私はね、そのあとの高校野球。甲子園。そっちのほうが、もっと好きなんだ。
私が高校三年の夏。わが校の野球部は、部員が九人しかいなかった。
三年生が五人、二年生が二人、一年生が二人。それにマネージャーの私。
うちの学校は、全体的に部活動があんまり強くない。野球部も昭和時代から続いてるけど、たぶん二、三回しか勝ったことないと思う。しかも部員はだんだん減ってる。来年もし部員が足りなかったら、休部になるかもしれない。
そういう状況下で、夏の県大会が目前に迫っていた。優勝すれば甲子園に行ける……んだけど、私たちの目標はそこじゃない。なんとかして一回戦を突破したい。それが目標だった。
で、こういう話になると、このあと『実は私は部員の○○君のことが好きで……』ってなると思うよね? 思ったでしょ? でも残念でした、そういう甘々な恋愛要素はぜんっぜん無いんだよね。
私は社会人野球の選手だったお父さんの影響で、単純に野球が好きだった。本当は自分がやりたかったけど、女子はルール上難しかったからマネージャーになったんだ。
みんなそういう経緯を知ってるから、私のことも選手の一人みたいに扱ってくれて、それがすごく居心地よかった。キャッチボールの相手とかは普通にやってたしね。それに第一、好きになるほどのイケメンはいなかったよ。
夏大会の初戦を控えて、チームの雰囲気は最悪だった。直近の練習試合で三連敗してたんだ。
しかも、負け方がすごく悪かった。七回になると、なぜか決まって不運なミスが出てしまう。風のせいでエラーしたり、いいバッティングだったのがダブルプレーになっちゃったり。野球では七回のことをラッキー7といって、チャンスが巡ってくるって言われてるけど、私たちにとっては不運な『アンラッキー7』になってしまっていた。
みんなも気にしていて、試合前日の練習も、なんか集中できてなかった。私は、なんとかしなきゃと思った。初戦の相手は、あまり強くない。私らと同レベルじゃないかと思う。今年が最後のチャンス。私は乏しい知恵をフル回転させて考えた。
迎えた試合当日。
試合は白熱した。まあ、強い高校から見れば低レベルな争いだっただろうけど、とにかく接戦だった。
六回を終わって、五対五の同点だ。いよいよ、アンラッキー7が始まる。水分補給の時間が取られたタイミングで、私はクーラーボックスから秘密兵器を取り出し、みんなに一つづつ手渡した。最後に残った一つは、私のぶんだ。
「はい、これ食べて!」
全員、妙な顔をした。
「これ……アンパン?」
捕手でキャプテンの高橋が怪訝な表情で尋ねた。
「そう、アンパン!」
私が用意してきたのは、スーパーで買ってきたアンパンを半分に割ったものだ。
「あの、でもこれアンコが入ってないんスけど」
二年生の川本が言った。
「アンコは抜いてきたよ。だからもう、アンは無いの! アンラッキー7じゃ無くなったの! ラッキー7になったんだからね!」
みんなは笑った。そうして、パンを頬張った。私も頬張った。パサパサだったけど、青春の味だなって思った。みんなが守備についた後、私はごしごし目をこすった。汗だったか、涙だったかはわからない。
七回表。不運は起きなかった。投手の吉田はいつもの丁寧なピッチングで、相手打線をゼロに抑えた。
七回裏。幸運が起きた。アンパンにケチをつけたくせにしっかり食べた川本の打球がポテンヒットになり、待望の勝ち越し点が入った。
翌年、部員不足により野球部は休部になった。
でも、あの日、三年間で初めて勝利を掴んだ後にみんなで撮った記念写真は、今でも私の机の上に飾られている。
勝利のおまじない 旗尾 鉄 @hatao_iron
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます