気さくな妖怪

那智 風太郎

 

 


 僕は願いを叶える妖怪。

 

 ある日、いつものように暗い森の奥深くで昼寝をしていると男がやってきて目の前にひれ伏した。

「お願いします。どうか子供をお助けください」

 事情を聞くとまだ五歳にもならない娘が流行り病を患って虫の息らしい。

「分かった。じゃあこれを煎じて飲ませるといい」

 そう言って僕は足の鱗を一枚引き剥がして男に渡した。



 次の日、またその男がやってきた。

「おかげさまで娘は助かりました。今朝にはすっかり熱も引いて」

 そう破顔した男の背後から老婆が姿を現した。

 聞くと男の叔母だという。

「あのう、妖怪様。うちの畑を猪が毎晩のように荒らして困っとるんじゃ。このままでは冬が越せん。どうにかならんもんじゃろうか」

「分かった。森の精霊に言伝ことづてしておくよ。獣は精霊の言うことに逆らえないからね」



 次の日、老婆がやってきて頭を下げた。

「夕べは猪が出んかった。妖怪様のおかげじゃ」

 けれど数本しかない前歯を剥き出して笑う彼女の背後に大きな火傷の跡が顔にある若い女が立っている。

「それは誰」

「妖怪様、これは隣の娘での。働き者で器量もええのに子供の頃に負うたこの火傷のせいで嫁の行き手がねえ。なんとかならんもんじゃろうか」

「そうなの。じゃあ、これあげる」

 僕は左手の爪を剥がすとそれを差し出して言った。

「これをドロドロになるまで茹でて顔に塗ってごらんよ」



 次の日、その若い女が現れた。

 火傷の跡はまるで最初からなかったように消えていた。

「本当に信じられません。一晩でこんなふうにきれいさっぱり治ってしまうなんて。妖怪様にはなんとお礼を言ったら良いか」

「別にお礼なんていいよ。でもその子は誰」

 彼女の背後には年端もいかない少年がいた。

 聞くと近所の子供だという。

「妖怪様、俺の父さんが怪我をして働けなくなったんだ。でも家には借金もあるし、俺はまだ子供だからどこも雇ってくれないし、困ってるんだ」

「分かった。だったらこれを持って行きなよ」

 僕は背中の後ろに置いてあった少年に金貨の入った皮袋を渡した。

「こんなに。ありがとう。いつか必ず返すよ」



 次の日、少年がやってきた。

 けれど浮かない顔をしていた。

「どうしたの。足りなかったかい」

「いや、そうじゃねえけどさ……」

 そう言葉を濁して振り返った彼の後ろに美しい顔立ちをした少女が立っていた。

「幼なじみなんだけど、こいつの家も貧乏で近々身売りに出されるんだってさ。妖怪様、俺たち大人になったら一生懸命働いて返すからもう少しだけお金貸してくれないかな」

「分かった。じゃあ、これを売ってお金にするといいよ」

 僕は足元に置いてあった大きな宝石を拾い上げて渡した。


 

 次の日、少女とその母親がやってきた。

「昨日はありがとうございました。妖怪様のおかげで娘を売らずに済みました。この御恩は一生忘れません」

 そろって頭を下げた親娘に僕は照れて頭を掻いた。

「いいよいいよ、そんなの。でもまだ悩み事がありそうだね。顔にそう描いてある」

 すると母親はおずおずと口を開いた。

「そうなのです。実はこの子の父親のことで相談がありまして」

 聞くといつの頃からか仕事もせず大酒を呑んで賭け事に狂っているという。

「昔はそんな人じゃなかったんです。妖怪様、お願いです。なんとかしてもらえませんか」

「そうだねえ、じゃあこれでも使ってみるかい」

 そう言って僕は自分の指を噛んで青い血を滴らせ、木の器に注いだ。

「これを料理にでも混ぜて食べさせてごらんよ」



 次の日、娘の母親と壮年の男が現れた。

「妖怪様、ありがとうございます。この人、夕べあれを混ぜたスープを飲んでから、急に人が変わったみたいに真っ当になりました」

「私はなんてバカなことをしていたんでしょうねえ。家族に迷惑ばかり掛けちまって、どうしようもない愚か者でしたよ」

 男は首筋を撫でながら照れ笑いをした。

「それで妖怪様、ものはついでと申しますか、私の博打仲間なんですが、自分も真っ当になりたいから妖怪様に合わせろっていう奴がいるんです。もしご迷惑じゃなければ、この場所を教えてやってもいいでしょうか」

「うん、別にいいけど」

 僕は笑ってうなずいた。



 次の日、小汚いなりをした泥棒ひげの男が現れた。

「おうおう、妖怪様ってのはあんたかい。これまでに六人、きっちり願いを叶えてもらえたって聞いたぜ。そんで俺が七番目ってわけだ。こりゃ縁起がいいよな。七は幸運の数だからな。そういうわけで俺は特別に七つの願いを叶えてもらうぜ。おっと、断るなんてなしだぜ。そんなことしたら街のならず者全部引き連れてきて妖怪様を見世物小屋にでも売り飛ばしちまうからな」

 ニヘラニヘラと卑しく笑った男はそれから指を折り始めた。

「まずは金だ。街がひとつ買えるぐらいの金をよこせ。それから女だ。十人、いや百人、美女だぜ。それから……」


 ぱくっ。むしゃむしゃ。ごりごり、ごくん。


 僕は男を平らげると満腹になったお腹をさすった。


「六つも願いを叶えるとお腹が空くんだよね、悪いけど」





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気さくな妖怪 那智 風太郎 @edage1999

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