fairy’s tale

あまくちカレー

 いただきます、と手を合わせるのはヒトの文化。いただきます、って思うのは僕らも同じだけど、手を合わせるのはなんでって聞いたらユウは「宗教的なもののなごりじゃない?」と答えていた。たぶんよく知らないんだ。宗教的がなんなのかを聞いたら祈りや信仰の……、……忘れちゃった。

 今日はカレー。カレーってあまくちとからくちがあるらしいんだけど、ユウが作るのはいつもあまくち。前に切菜せつながからくちも食べてみたいって言ったけど、体に悪そうだからという理由で断られていた。体って言っても、僕らのヒトの体なんてほんものじゃないんだからユウが心配しているのはナナの体だと思う。

 とんとん、と皿をたたく音がする。目を向けると、隣で果楽からが皿の上の丘を切り分けている。「……前から思ってたんだけど」


「はい」

「君のそれ、何?」


 食べる分だけ掬えばいいような気がするのに、果楽って、いつもこういう平たい皿に乗せられた食事を切り分ける。ていうか切り分けるって言うのかな、これ。四等分にするとか八等分にするとかそういうのじゃない。

 なんのことを言われているか考えてるらしい果楽の代わりに、ナナが「それって?」と問い返す。「なんか……丸書くやつ」もう一度果楽の皿に視線。ご飯とカレーの真ん中あたりにぐるりとスプーンを入れた跡があり、スプーンは改めてその中のをひと掬いしたところだった。

 実は俺もすごい気になってた、とユウが控えめな声音で同調する。そうね、ふしぎね、と切菜。ようやく思い至りはじめたらしい果楽が恥ずかしそうにしてるから「ほら、みんな変だと思ってるよ?」って羞恥を煽ってあげたら「そこまで言ってないだろ」とユウに怒られた。


「あの、これは……」

「アサギマダラのころの食べ方?」


 ナナの声が優しく果楽を助ける。ずるい。

 ほっとした様子で、そうです、と肯定した果楽はそれでもまだ気恥ずかしそうだった。ユウも悔しがってるかなって思ったのに素直に感心して「ああ、なるほど!」ってちょっと嬉しそうにしてるから呆れた。ずるくない? ずるいと思うんだけど。

 切菜だけが首を傾げてまだ不思議そうにしていて、「どうして丸を書くの?」と改めて訊いてる。切菜は書かなかったのか訊いてみたら、「私は端っこから食べるわ」という返事だった。「だって。やっぱり君って変なんだよ」「夏羅からサン」またおこられた。


「むかしは、僕らにはこの食べ方が都合がよかったからなんですけど……」

「今は?」

「えっと……こうやって食べると、なんだかうれしくて………」


 何その理由。


「別に知ってるよ。君、それやるときニコニコしてるもの」

「あぁ……すみません……」


 やっぱり恥ずかしがって顔を隠すように頬を手を当てる果楽。ナナが微笑ましそうにわらってる。お行儀悪いんでしょうか、と弱々しい声がいうのを、嘘をつけないユウが咎めない程度の笑みをこぼしながら「ちょっとね」と教えた。


「でも、うちでは気にしないで。いいよね、姉ちゃん」

「うん。果楽の好きなように食べてね」


 もう、ずるい!

 果楽が二人に礼を言ってから僕にもお伺いを立ててくるけど、僕だって不思議に思っただけでダメだなんて言ってない。でもせめてもう少しだけ意地悪したくて「君って可愛いね」と言ってやったら、「え!」って言ったときの顔が純粋にときめいててばかだった。

 切菜が「じゃあ私もやってみたい!」とか言い出してちょっと意味がわからないんだけど、それには巻き込まれたくないから何もコメントしないでいることにして。スプーンの先が刻む嬉しそうな音を、音楽みたいに聴いている。

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外気に触れてもあなたが息をしている世界 外並由歌 @yutackt

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