筋肉は本当にアナタを裏切りませんか?

清泪(せいな)

お願い、マッスル

 朝早くから働いて残業で遅くなろうとも、仕事帰りに毎日のようにトレーニングジムに通う男がいた。

 彼は、常に筋肉を鍛え上げることを目的としており、トレーニングマシンに興じていた。

 学生時代には運動なんてする気はまったく起きなかったのだが、歳を重ねるごとに健康を気にしだして始めたランニングから筋肉を鍛え上げる喜びを覚え、仕事に忙殺される彼のストレスの発散になっていた。


 そんなある日。

 彼がジム内で柔軟運動をしていると、バーベルが自動的に振るわれる光景が起こってしまった。


 慌てて立ち上がろうとした彼だったが、足を引っ張られて地面に倒れ込み、長時間動けなくなってしまう。

 周りの客やトレーナーが駆けつけて大事になってしまったが、僅かに動く口で救急車などは断った。

 

 しばらく動くことができずにいた彼は、運動中の筋肉の疲れだと先程起こった自体を飲み込むことにした。

 バーベルが勝手に動き出すなんて馬鹿馬鹿しい話だ。

 きっと筋肉の痙攣が起きてしまって、手が滑ってしまったとかそういうことだろう。

 気が動転して自分がバーベルを持っていたかどうかも判断しかねてるだけなのかもしれない。


 だが、やがて彼には奇妙な出来事が続くようになった。


 彼の筋肉が彼の意思を無視し勝手に動き出し、彼を翻弄していた。

 手が勝手に動きバーベルを振り出し、足が勝手に動き奇妙な飛び跳ねを起こしてしまう。


 ジム内で客の目もトレーナーの目も盗んで、彼の目の前だけでトレーニングマシンが、勝手に作動するようになり、彼を恐怖に陥れ、彼の言う事を誰も信じてくれず虚言癖という扱いまで受け出した。


 筋肉が勝手に動き出し、自分自身を支配される恐怖に陥った男は、どうすることも出来ず誰の助けも得られず、心痛を味わった。


 やがて、彼はトレーニングジムに行かなくなったどころか外に出ることもはばかれて自宅に引きこもるようになった。

 人間不信いや、自分自身すら信じられなくなり、生き残ることが困難になってしまった。


 彼が自分自身を支配する恐怖に勝つ方法を見つけることはできるのか?

 それとも、彼自身の筋肉が支配する世界で、彼は苦しむ運命にあるのだろうか。


 何故こんな目に?


 訳も分からず苦しむ彼は、今はただ筋肉が衰えていくことを願いながら自室に籠るばかりであった。

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