#KAC20235 筋肉部屋

高宮零司

筋肉部屋

―満洲帝国斉斉哈爾市郊外、国際連盟軍斉斉哈爾基地

満洲帝国には人類に敵対的な異世界生物群、BUGの根拠地であるネスト―国際連盟呼称で『タルタロス』と呼ばれる。

タルタロスじは強固な外殻と休眠期に左右されない活発な活動を続けるネストとして、SA級に分類されている。

幾度となく戦闘が繰り返されることから、この斉斉哈爾基地をはじめ国際連盟軍の基地は満州内に数多く置かれている。

その斉斉哈爾基地内の修練室、誰が呼び始めたか通称「筋肉部屋」の中で数人の男女がトレーニングに励んでいた。彼らの多くは人型機動兵器「装甲歩兵」のパイロットである。

 無論、戦闘を支える基礎体力の向上のためだが、彼らは歩兵銃を抱えて走りまわる必要はない。

 ただ、冬季はBUGの活動も鈍る傾向にあること、そして何より市街地から離れているこの基地内では娯楽と呼べるものがほとんどない。

 であるから、娯楽室で将棋や囲碁に興じるか、あるいはこの筋肉部屋で体を鍛えるか、その程度しか自由時間の過ごし方がないのだった。

「坂本少尉、精が出ますね」

 錆の浮いたダンベルを黙々と上下動させていた坂本に、同僚の柄田少尉が声をかける。

「まあ、これくらいしかやることがないからな。おまけに冬場は寒くて困る。たまには外出させてもらいたいもんだがね」

「今の基地司令は堅物ですからねえ。四月には本土に戻るって話ですが」

「そう願うよ。たまには市内に繰り出して命の洗濯をしたいもんだがね」

 そう言いながら、ダンベルを脇に置いて休憩をすることにした。

 木刀が空気を裂く音がして、思わず目を奪われる。

 見れば道着姿の若い女性士官、鳴神八重香少尉が剣道形の稽古をしている。

 容姿だけを見れば坂本も心動かされるものがないではなかったが、あいにくあそこまでの堅物は遠慮したいというのが本音であった。

 それは多くの者が同じ感想のようで、ひたすらに同じ形を繰り返す彼女に声をかけようというものは見当たらない。

「鳴神少尉ですか。なんつーか、おっかないですよねぇ、真面目過ぎるというか」

「ああ、まあな。それより、剣大尉はどこにいるのかねぇ。あまりここじゃ見かけないが」

「あの人、基本人のいるところが嫌いみたいですよ。娯楽室で本を読んでいることが多いんじゃないですかね」

「へぇ、あの強面の外見にしては。わりと虚弱なのかねぇ」

「そうでもないと思いますよ。あの人、基地の外周をよく走ってますから。冬場はさすがに見かけませんけどね」

 その時、基地内のベルが鳴り響いた。

「非常呼集、非常呼集。BUG警報発令、BUG警報発令。規定通り各部署に

集合せよ」

 スピーカーから鳴り響く非常呼集のアナウンスに、修練室の誰もがその場に用具を放り投げて飛び出していく。


「遅いぞ、諸君」

 そう言って走ってきた坂本少尉を出迎えたのは、装甲歩兵格納庫前に息を乱すことなく仁王立ちしている剣大尉の姿だった。

 相変わらず傲岸不遜を絵にかいたような悪相に、薄笑いを浮かべている。

 修練室より遠い娯楽室から走ってきてこれかよ、この細身のどこにそんな筋肉がついているのか?と坂本少尉は思った。

 思えばこの奇怪な人物、剣京輔に興味を抱いたのはこれが初めてかもしれない。後に坂本少尉はこの日の事をそう思い出すことになる。




   

  



 




 

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