漫才「筋肉」
宮条 優樹
漫才「筋肉」
「どうも~、ゆーずれす
「よろしくお願いしまーす」
「さっそくなんだけどね、じぇるじくん」
「なんでしょう、はくすりーさん」
「僕ね、最近、運動不足に悩んでて。
何か運動はじめようと思ってんの」
「へえ、運動ですか」
「でもね、いきなりハードなのは無理だから。
まずは筋トレなんかいいんじゃないかなと思ったわけ」
「ああ、筋トレいいですね。
部屋の中でできますし、お金かからないし、一人でもできますから。
はくすりーさんみたいに友達いない人にはぴったりですね」
「一言余計だな!
けど、筋トレいいだろ?
やっぱり、しっかり筋肉ついた体ってかっこいいしな」
「ですね。
びしっと引きしまった体はかっこいいですよね。
顔が大したことなくてもいい男に見えますよ」
「僕の顔を見ながら言うな」
「はくすりーさんでもいい男に見えますよ」
「言い直すな!
でも、僕、本当に今まで全然運動してこなかったから、まずは知識をつけなきゃいけないなと思って。
筋肉について勉強できる本を買ってみたわけ」
「ええ、本ですか~?」
「なんだよ、本で勉強したらいけないか?」
「本っていっても、うさんくさいのとかありますよ。
俺、こないだ本屋で見たのなんかひどかったですもん。
料理の本なんですけど、タイトルが『太らないための簡単手料理』っていうんです」
「別になんもおかしくないだろ」
「いや、その本買っていったお客さんがひどいんですって。
「鏡餅?」
「俺、思わず、いや手遅れだろ! って」
「思ったの?」
「大声で叫んでしまいました」
「胸の内にとどめておけよ」
「いや、でもおかしくないですか?
買うんだったら『太らないための』じゃなくて『やせるための』って本じゃないと」
「余計なお世話だよ。
それに本は全然悪くないだろ。
俺の読んだ本だってちゃんとしたやつだよ。
なんたって東大の先生が書いた本なんだから」
「なんか難しそうですね」
「そんなことないよ、すごくわかりやすい本だし。
めっちゃ知識もついたから、お前にも教えてやるよ」
「おお、お願いします」
「まず、筋肉といっても三種類ある。
骨を動かすための
骨格筋はなんと、体重の四〇パーセントを占めている。
体の中で一番多い筋肉が骨格筋だ」
「人体の半分は骨格筋でできています」
「頭痛薬のキャッチコピーみたいだな。
そのCM知っている人いるのかな、この令和の時代に。
他に、心臓の壁である
「なるほど、ハツとミノですね」
「焼き肉みたいに言うな。おなかすいちゃうだろ。
次にじゃあ、足の筋肉から話をするか。
僕たちは芸人。舞台にしっかり立っているには、足の筋肉が大事だからな」
「俺たち地に足つけた堅実派芸人ですからね」
「芸人やってる時点で全然堅実じゃないよ。
まあ、それはさておき。
体の中で最も体積の大きいのが
「大腿四頭筋って名前がかっこいいですね。なんか四天王みたい」
「お、ちょっと鋭いな。
大腿四頭筋っていうのは、四つの筋肉が集まってるんだ。
「中間広筋……奴は四天王の中でも最弱」
「変なこと言うな! なんだよ、最弱って」
「だって一番最初に言うから」
「強いとか弱いとかないから。全部大事な筋肉だから。
こういう複数の筋肉がまとまっているものを
ふくらはぎの筋肉は、血液を心臓に送る大事な働きをしてるんだ。
第二の心臓とも呼ばれるな」
「へええ、がんばってるんですね、ふくらはぎ。
すごい、すごい」
「しゃがみ込むな」
「触ってみても、そんなすごく動いてる感じはわからないですけどねえ」
「人の足をべたべた触るな!
ちゃんと立ちなさい。お客さんから見えないでしょう」
「はーい、お母さん」
「誰がお母さんだ。
お前みたいなちゃらんぽらんを産んだ覚えはないよ」
「じゃあ、誰を産んだんですか?」
「誰も産んでないよ!
話がそれすぎだろ……えーと、足の筋肉には、おもしろい名前のものもあるな。
太ももの裏側にあるのがハムストリング」
「ハム……うまそう」
「ふくらはぎにあるのがヒラメ筋」
「ヒラメ……たまに食べたくなる魚料理」
「ヒラメ筋をおおう
「アキレス! 俺もう腹減ってきました!」
「アキレスは食べ物じゃねーよ!
ヒラメ筋と腓腹筋で構成されるのが、
「三頭筋なのに二つしかないんですか?」
「え?」
「ヒラメ筋と腓腹筋、三頭筋っていうならあと一つないんですか?」
「さあ……本には二つしか書いてなかったような気がするけど」
「お客さまの中に下腿三頭筋の三つめをご存知の方いらっしゃいませんかー!?」
「やめろやめろ! お客さんをびっくりさせるんじゃない。
次までにちゃんと調べておくから、な!」
「よろしくお願いします。
じゃあ、腕の筋肉についても教えてくれませんか。
腕も芸人にとって大事ですよ。
俺がこう、なんでやねん! って、はくすりーさんに切れのいいツッコミをかますのに」
「お前はボケ担当!
あと、関東人が迂闊に関西弁を使うんじゃない。
上方芸人にしばき回されるぞ」
「偏見がひどい」
「腕の筋肉の話というと、
「上腕二頭筋は知ってますよ。
ここですよね、ここ。力こぶってやつ」
「うん、ささやかすぎてたぶんお客さんからはまったく見えてないな、お前の力こぶ」
「がーん」
「どちらも腕の筋肉なんだが、それぞれ違う働きをしている。
上腕二頭筋はひじを曲げる、上腕三頭筋はひじを伸ばす。
屈筋と伸筋が連携して働いているんだな」
「腕の筋肉のコンビってわけですね。
……なんか、俺とはくすりーさんみたいですね、えへへ」
「照れながら言うな、気持ち悪い。
どんなところが僕たちみたいだって?」
「場の空気をだれさせがちなはくすりーさんと、逆にびしっと引きしめるこの俺」
「どの口が言うか!
お前真面目に聞けよな、こっちが一生懸命話してやってるのに」
「って言われても、俺、勉強苦手でー」
「そんなこと言ってていいのか。
僕ら芸人にとって最重要な筋肉だってあるんだぞ。
ずばり顔の筋肉」
「顔の筋肉!」
「特に
僕らは客さんに笑ってもらうために舞台に立っている。
お客さんに心から楽しんでもらいたい一心でこうしてしゃべってる」
「そーですねー」
「その僕らが、無表情で無感情にしゃべってたらいけないわけ。
人を楽しませたかったら、まず自分が心から楽しんで舞台に立たなきゃ」
「なるほどー」
「そのためにも、顔の筋肉をしっかり鍛えて、僕らがまずいい笑顔を見せるようにしなきゃなって思うわけ」
「ですよねー」
「その棒読みと無表情やめろ!
わざとか? わざとだな!?」
「そんな怒んないでくださいよー。
ほらほら、表情筋を柔らかーくして」
「誰のせいだ、誰の。お前ほんと適当だな」
「まあまあ、はくすりーさんがめっちゃ勉強してるのはわかりました。
で、肝心のトレーニングはどうなんですか?」
「もちろん、勉強だけじゃなくて、筋トレだってやってるよ」
「そもそも、筋トレすると、何で筋肉が強くなるんですか?
僕、その仕組みも全然知らなくて」
「よくぞ聞いてくれました。
筋トレすると筋力がつく仕組み、それには筋サテライト細胞が重要な鍵だ」
「なんか急に秘密兵器みたいな名前が出てきた」
「筋肉は、細長い
筋サテライト細胞はこの筋線維の周りにあって、普段は眠っている。
トレーニングによって筋線維が傷つくと、眠っていた筋サテライト細胞は筋線維に融合する。
結果、筋線維は太くなり、筋力が強くなるというわけだ」
「へえ、筋肉を傷つけることが、筋肉を強くすることにつながるんですね」
「おもしろいよな」
「このクズ、人でなし、日本の恥、いや人類の恥!」
「いや、メンタル傷つけても筋肉はつかないよ?」
「センスない、おもんない、お前お笑い向いてない!」
「唐突な相方ディスやめて! 傷通り越して折れるわ!」
「ハツが?」
「ハートがな!」
「折れた心もくっついたら、より強くなるんじゃないんですか」
「骨折と違うから……ああ、実はこの筋線維も二種類ある。
持久力があり疲労しにくい
「タイプの違う二種類の筋線維が、コンビで存在してるんですね」
「筋肉の質は歳と共に変化していく。
若い世代の筋肉は、この赤と白の筋線維のバランスがよく、加齢に伴い、速筋線維と運動神経のつながりが悪くなって、速筋線維は遅筋線維に変化し増えていくんだそうだ」
「なるほどー。
俺たちはいつまでも、バランスのいいコンビでいたいですね」
「うん、ちなみにどっちが赤でどっちが白?」
「だらだら話を引き延ばして遅延行為も甚だしいはくすりーさんが赤で、瞬間的にどっと会場を沸かせるお笑いの爆発力を持った俺が白」
「どの口が言うか! いい加減にしろ」
「どうも、ありがとうございましたー!」
幕
漫才「筋肉」 宮条 優樹 @ym-2015
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます