神はコイントスだってするし、小細工だってする(8)

それからというものの、やはり頭の中は神による神託のことで埋め尽くされ、授業を真面目に受けられるような気分ではなかった。


どうしてもチラついてしまうのだ──公園で見たアカネの様子が。

確かにあの時、バイオレンス猿……もとい牧原マサトと共に歩いているアカネの顔は……笑顔だった。

少なくとも自分には為すことが叶わなかった──小学生の時から一緒にいて。今ならばただ単に脈が無かっただけなのだろうと考えたくもなるというもの。


確かに牧原はイケメン風吹かせてて癪に障るし、キレやすいし言葉遣いも悪いが……それはあくまで俺個人の主観。本質をよく知らずにアカネが抱く牧原像を砕いていい訳にはならない。


その考えに至るたびに結局自分はただただ無力なのだと痛感して、ただただ胸が痛くなる。

果てには自分には将来一生モテないのではないかとさえ勘ぐってしまう。


……いや、別に不特定多数にモテて酒池肉林状態になりたいわけじゃないから。周囲からの評価が『まぁまぁいけてるじゃん?』みたいな一目置かれる感じでモテたい。



だがそれ以上に……少なくともアカネとは友達でいたかった。

別段何かやらかしてしまった訳ではないはずなのに、それさえも願ってはいけないのだろうか。


そしてそんなどこまでも未練タラタラな自分自身が情けなく映り……自分自身が嫌いになりそうで……。


(アカネが将来笑えているなら……それでも……)



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「あれ?」


気が付いた時には教室の中は自分ひとりしかおらず、それ以外の音がしないガラリとした空間となっていた。

窓から差し込む光は橙色を帯びており、とっくのとうに帰りのHRが終わっていたのだと自覚する。


「やべぇな。なんか変な病気か?」


日中どれだけ気が散っていたのかと情けなくなると共に、どうやって一日を乗り切ったのか自覚のなさに恐怖を覚える。

……手元のノートを見たところ、一応板書は写していたみたいだ。


いつもだったらHRが終わると同時に帰宅を決め込むため、こうした空虚感溢れる空の教室にいるのは新鮮な雰囲気がした。



「……帰りたくねぇなぁ」


昼間とは全く異なることを口走ってることに、声に出してから気が付く。我ながら情けない。


いつだってそうだ──肝心な決断を下す時に限って目をそらしたくなる。ギリギリまで放置して、例え結果が悪くても"なるようにしかならないもんだ"と予防線を張るのだ。


……今更アカネの事で悩んでいるのも自業自得といわれればそうなのだ。互いに同じ高校に進学出来ると分かったその日──告白しておけば良かったと。

いや、その前から何度も機会はあったはず。それら全てを前に怖気づいて行動に移さなかったから、こうしてただただ後悔の念だけが心の奥底に積もる。


それももう昔の話。今更俺が何を言ったところで……アカネの心はもう……。



「アンタはいつもそうだった」


不意に背後から聞き慣れた声がして。

驚いて振り向いてみると、視線の先に──アカネがいた。


「人の輪に入ろうとしないで、まるで俯瞰してなんでも視えているような」


「例えアタシが隣にいても、まるで他人事みたいな距離感で……」


「……私は、それが好きだった」


突然の言葉に驚いて、思わず目を見開いてしまう。

俺のことが……好きだった?

確かにそう言った……言ったはずだ。

待ちに待ったその言葉。二度と手に入らないと思ったその気持ちを前に、一瞬だけ心が弾む。


しかし──その顔にはまるで懺悔でもするかのような、疲れ切った萎びた彼女の小さな笑いが浮かんでいた。



「……でも、この気持ちも本物なのか、もう分からない」


「私ね……この一年で手垢まみれになっちゃったの」


「堅実にいたいって、誠実でありたいって思ってた」


「けれどね、相手から求められると頭がふわぁ〜ってなって、気が付いたら相手の腕の中にいて」


「独りになると後悔して死にたくなる。そしてその穴を埋めたくなる。どんな手を使ってでも」


「でもアンタとだけは繋がりたくなかった。こんな汚れた姿、見せたくなかったから……」



……一体、アカネは何を言っているんだ。

彼女の口から出てくる言葉の圧のせいか、俺の体はピクリとも動かせない。声を出すことすら叶わない。



「叶うなら、高校入学の時くらいまで……ちょうど一年くらい前まで戻りたい」


「今度こそ上手く生きるんだって……私は……」


「……ゴメンね。ケーちゃん」



その言葉を最後に、彼女はその手に握られていた、鈍色の鋭利なモノで────。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



────バンっ!!


瞬間、頭に突然の衝撃が走った。

慌てて周囲を確認してみると、何故か教室には生徒が全員着席していた。


「……あれ?」


窓の方を見てみるもまだ昼頃……少なくとも空は赤く染まっていなかった。


「もしかして……夢?」

「もしかしなくてもだろう。お前、座った姿勢そのままに目を開けて寝るとか器用な真似をするんだな」

「う、う~ん……」


少なくとも今が放課後でもなんでもないのは確かな様子だ。


「寝ていた分の板書分は後で誰かに見せてもらえ。中間テストが近いんだから気を引き締めろよ」

「……はーい」


先程まで見ていた夢の内容は、一体何だったのか。皆目検討は付かないが、ただただ不愉快なものであったのは間違いない。

しかしあの思い詰めた様子のアカネの顔は今でも脳裏にこびり付いて──。


そう物思いに耽ようとした瞬間、またしても頭を叩かれたのは言うまでもない。

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神はコイントスだってするし、小細工だってする @mjp_red5

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