神はコイントスだってするし、小細工だってする(7)

5月15日


土日が明けての月曜日。この2日間で色々なことが起きすぎて休めた気がしないが、残酷にもそんなの関係なしにと時間だけは過ぎていく。


「は〜、家帰りてぇ……」


なので現在登校している真っ最中であるにも関わらず、強い帰宅欲求に駆られてしまう。なんなら家を出る前からその欲求で満たされていたまである。


……学校で何か特別なことがあるわけではない。

恐らくはいつも通りの、何の変哲もない授業風景が今日も流れていくのだろう。

だがしかし今日はそれさえも億劫というか……全身が強い倦怠感で押しつぶされそうなくらい、実にやる気が起きない。


それに……。


(……まぁ、家に帰ったところで何かが解決する訳じゃないんだけど)


神託は確かなものであった。


あれだけの奇跡を目の前で見せられたのだ。原理がどうあれ、少なくとも人智を超えた力が手元にあることに変わりはない。

その力をもってすれば……。


(……何がしたいんだろうな、俺は)


アカネともっと仲良くなりたい。

バイオレンス猿との仲を引き離したい。


ただそれは目の前のいち恋愛事情へ勝手に嫉妬しているに過ぎないというのは分かっている。

例えそれが初恋の相手であったとしても……そこにばかり肩入れするのはどうかと考えてしまう。


もし本当に望むのであれば『運命の人と付き合いたい』だろう。もしその相手がアカネであればそれで良し、それ以外であれば諦めが付くというもの。

……そう、諦められるはずだ。

諦められる、はずなんだ……。




そうして悶々としたまま歩いていくうちに、愛すべき我が学校"明条高校"の校門が見えてきた。この門をくぐったら最後、授業を終えるまで出られない……帰りてぇ……。


「「「おはようございまーす!」」」


そんな後方に前向きな俺とは異なり、校門前には生徒会を含む有志の学生たちが挨拶運動を行っていた。

なんともまぁ真面目な人達だことと思わなくもないが、伊達に生徒の見本であれと担ぎ上げられた人達ではない。本当に奉仕活動にこそ生き甲斐を感じているのだろう。俺には理解しかねる考え方だ。



中でもさらに一際目立っている女生徒がいて──そいつは今丁度、自分の目の前にいた男生徒Aへと狙いを定めたようで、次の瞬間有無も言わせず真っ先に飛び付いていた。


「おはようございます。今日もいい天気ですね」

「へぁっ、は、はひっ!」


突然の出来事に男生徒は情けない声を上げてしまうが、それだけでは終わらない。彼女はすかさず男生徒の手を取って、それを彼女の両手で優しく包み込んだ。


「今日も頑張って下さいね」


そしてニコリと、まるで聖母が慈愛を与えるかのような他意のない優しい微笑みが男生徒に襲いかかり────気が付くと彼の顔は完全に破顔していた。



(ほぼ見ず知らずの相手によくあんなこと出来るよな)


彼女は学園の生徒会長。名前は覚えていないが、成績優秀で容姿端麗、生徒皆から慕われているというスーパーウーマンと持て囃されているそう。


知名度だけに注目するなら、学園のアイドル的なポジションとして言っても過言ではないだろう。二年三年の先輩方は勿論、今年入った一年生ですら徐々に篭絡されていき、彼女を知らないものは誰もいないと言わんばかりの人気を誇る。


……人づてに聞いただけに過ぎないが、彼女はその知性と人望を元に入学当初から集団の中心に立っていたとのこと。それ故に一年生にして生徒会長に成り上がり、高校最後の年である三年生になってもその座を降りていない。



(学校奉仕やらなんやらは、賃金が発生しない限り俺は御免被りたいね)


そんなふうに心のなかで勝手に悪態付きながら、前を歩いていた男生徒を盾に挨拶運動ゾーンを一気に駆け抜けようと試みるも……。


「おはようございます。今日もいい天気ですね」


……どうやら次の標的は俺だったらしく、こちらも有無を言わせず手を握られてしまった。

フワリとした手が優しく俺の手を包み込み、それでいて見た目以上に力強く握られていてちょっとやそっとじゃ離せそうにない。


「……おはようございます」


……別に挨拶されるのが嫌だとかそういうことは決してない。滅多に異性の手に触れることがないから、なんか今日得したなみたいな気になれるとかそういうことは決してないのである。

ただまぁ、悪い気はしないので明日も真面目に学校に来ようかなと思ったりしなくもなかったり。


だがその感覚も一瞬であり、握手出来たと思ったらすぐ次のところに行ってしまうため余韻に浸ることが出来ない訳だが……。



「……君」


どういう訳か、手が離れていなかった。

時間が止まった……訳ではないらしい。その証拠に自分の後方に並ぶ握手待機列が詰まっていて、心なしか殺意すら感じるほどだ。


「あ、あの……何かありました?」

「いえ。少し雰囲気が変わったなって思いまして。何か良いことがありましたか?」

「……いえ、特に」


なんだか急に核心を突いてくるかのような話題振りに、思わず心臓がドキリとしてしまう。確かにこの土日で色々とありはしたが……そんなに顔に出ていたのだろうか。


「気の所為……ですかね。いえ、足を止めさせてしまい申し訳ありませんでした。なんだか随分と格好良くなられたように見えまして」


またしてもドキリとしてしまう。

まさか神の御加護がこんな所に表れてしまうとは。いや〜参った参った!


「是非とも宜しければ朝の挨拶運動に参加して下さいね。生徒会はいつでも貴方をお待ちしています」


そうしてようやく解放されて、突っ掛かっていた後方待機列がようやく動き始めた。心做しか後方以外の全方位から視線を感じる気もするが……気にしないでおくとしよう。


(悪くないかもな……奉仕活動ってやつも)


もしもアカネにこっぴどくフラレたら生徒会に身を寄せるのもありかもしれない……そんなことを考えてしまう程度には俺も篭絡されていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る