神はコイントスだってするし、小細工だってする(6)

翌日、昼過ぎ。


「今日はお招き下さりありがとう、キョウカさん」

「良いって良いって。そんな大げさな〜」


どうやらリビングに件の"伊藤イオリ"が来たらしい。流石に顔を出すのは憚れるため自室にて待機している。

……何故離れた場所にいる妹らの会話が聞こえるかって?


『我の力を持ってすれば妹君の会話を再生することくらい出来る』


勿論無許可である。やっていることは数秒過去の会話をコチラで再生しているだけなので直接的に盗聴している訳では無い。ただバレたら挽肉にされるので気を付けねば。




そして打って変わって場面は妹の自室。

どうやらリビングにて母へと挨拶を済ませると、二人して部屋の中に入っていった様子。壁越しでは会話の内容までは直接聞き取れないが、キャピキャピとした楽しそうな声が聞こえてきた。


「わぁ、なんて素敵なお部屋ですの。綺麗に整頓されていて、流石キョウカさんですわね」

「いつもこんなんじゃないし……。普段はもっと汚いかな〜、ははは」


妹、褒められ慣れていないせいか余計なことを口走る模様。馬鹿だなぁ。


「うちの兄ちゃんだって獣の住処みたいになってるし、やっぱ遺伝かな」

「あらあら、随分と仲が宜しいのですね」


照れ隠しに俺を盾にするのはやめろ。



「それでイオリちゃん。今日勉強会したいって言ってたけど……何か話したいことがあったの?」

「そういう訳ではないんですけど……キョウカさんともっとお話をしてみたかったの」

「学校でも色々世間話はしているじゃない?」

「いえ、そういうのよりももっと……仲良くなれたらいいなって」


少しだけ恥ずかしそうに、段々と言葉がしりすぼみになっていく様子はまさしく乙女。奥ゆかしく、それでいてか細い雰囲気をヒシヒシと感じさせた。

……反面、妹は詰まったような声を上げているが。


「……本当は我が家にお招きしたかったのですが、生憎本日は別の客人を迎え入れるとのことでして」

「良いの良いの、気にしないで! ちょっとイオリちゃんの家、興味あるなぁって思ったくらいだって!」


確かに帰国子女かつ御嬢様感ある喋り方から伝わる『いいとこ育ち感』には興味が湧いてもおかしくない。

……アニメで第2ヒロインみたいな立ち位置で出てきそう、なんて思ってみたり。




それからしばらくは真面目に勉強を始めたらしく、時折教え合うような会話がある以外は物静かな時間が続いた。

かくいう自分も勉強を……するわけがなく、pcを立ち上げて適当にネットブラウジングしていた。


『君は勉強をしなくて良いのかね。学校からの課題とか』

「連休明けだから出てませ〜ん」


課題に限らず勉強をしろと世は言うだろうが別段やる気がないのである。頭が良い連中が世界を回していけば良いとさえ思ってる。


「……んん?」


そんな中、ネット記事の中に気になるものが。

そこに書かれているのは『歴史的建造物に落書きが?』というもの。どうやらついさっきアップされたものらしく、現在進行形でネット中が大盛りあがりであった。


「ええっとなになに……"平安時代末期に作られた屏風の裏に蛍光ペンで落書きされていた"だって?」

『その記事には目を通した。まったく、過激な連中もいたものだ』

「神なら犯人分かるんじゃないのか?」

『……いや、君に縁のある人物からしか過去を手繰れない。しかしこうも秘匿性が高い事件となるとまさか……』


どうやら自称神も全知全能ではないらしい。少なくとも"手の届く範囲"という注釈が入るようだ。


『この記事では書かれていないが、どうやら屏風には"芸術は落書きだ!"と英語で書かれていたらしい』

「……情報ソースは?」

『京都県警の捜査資料』

「わぁ〜……犯罪だぁ」


何もしてないのに犯罪を吹っかけられてしまった。

セキュリティとかどうなっているのか……いや相手の過去とか丸見えである以上、最早追跡不可のお家芸か。


「しかし愉快犯……というよりもメッセージ性の高い犯罪だな」

『どうしてそう見る?』

「屏風の裏にだろう。誰かに見せるというよりも、不気味な演出をしてみせているという印象だな」


しかし芸術そのものに対しての意見、とは思えない。

目を向けるべきは結末──ネット中での盛り上がりだ。おそらく夕方にはテレビで取り上げられ、明日朝には新聞の一面に載っているに違いない。


情報拡散が高速化した昨今、話題性に乗じてそれこそ愉快犯だって出てくるはず。そしてそれは今回の犯人の思惑通り……。


『ふぅん、こういうニュースに興味があるんだ?』

「お前みたいなのに会っちゃったからな」


神が一人としか縁を持てないとは言ったが、神が一人しか世界に干渉していないとは言っていない。憶測の域に過ぎないが──これは神の仕業だと俺は考える。


『……思った以上に考えるタイプなんだね』

「言ってろ」


いつの間にか神の存在を当たり前のように許容してしまっている自分に落胆せずにはいられないが。




そんなことで悶々としているうちに、どうやら妹たちは休憩時間に入った模様。たちまち隣の部屋から明るい喧騒が帰ってきた。


「──ふぅ。なんだかこの部屋で勉強すると落ち着きますね。家でするより集中出来ましたわ」

「そ、そうかな?」

「家には私より頭の良い姉がいますから……余計なことをしていると小言を言われてしまいますの」

「そ、そうなんだ……」


持っている人にはそれなりの悩みがあるんだなぁ。


「余計なことって言うと……例えば漫画とかゲームとか?」

「そう……ですね。我が家では全く馴染みがないものでして」

「じゃあイオリちゃんもあまり見てないのかな……?」


「……"忍風魔神ギルティ✕ギルティ"とか」



その言葉を発した途端、イオリはぐいっと顔を上げて、まるで獲物をみるかのような目付きでキョウカの顔をマジマジと見始めた。


「なんで……知っているの……私の聖域を」

「いや、なんとなく思い付いただけで……」

「確かに忍ギルは有名コンテンツですものね。万人に受けているし、例えとしていの一番に挙げられてもおかしくないですわ」

「そ、そうかなぁ……?」

「そうですわよ!!」


"忍風魔神ギルティ✕ギルティ"の話題を出した途端に、前のめりになってその話題に食いついてきたイオリ。そのあまりにもな変貌ぶりにキョウカは軽く引いてしまうが、予め聞いていたこともあって衝撃はある程度抑えられた。


(まさか本当に当たってはしまうとは──)



◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 


──遡ること昨日の夕方。

イオリが学校にて日中呆けている理由について聞いた際に出てきた答えが。


「……忍風魔神ギルティ✕ギルティのサヴァンというキャラに恋をしている、らしい」

「それって"あの"……だよね?」


想像の斜め上の回答に二人して唖然とする。キョウカに至っては普段の彼女を知っているだけに愕然としていた。


「だって忍風魔神ってあの八吹って人が描いたエロチックな」

「美少女ハーレムものだから……」

「男主人公以外はみんな露出度高めの女の子の」「美少女ハーレムものだから……」

「あまりにも際どすぎて月刊誌に移行したあの……」

「忍ギル:オーバーレイまではただの美少女ハーレムものだから……」



──もしかして、イオリちゃんってめっちゃスケベな子なのでは。



そんな共通認識が兄妹感の中で出来上がってしまったのである。


「え、ちょっとまってちょっとまって。え、イオリちゃんが……男子中学生みたいな……?」

「俺も好きだぞ」

「兄ちゃんの頭が中学生並ってだけでしょそれは」


悲しい。


「でも好きなのは男主人公だから……ほら、優しいじゃん?」

「それと同じくらい、やらしいじゃん」

「てかなんでお前も知ってるんだよ」

「女の子可愛いし、頭空っぽで見れるからつい……」


色々な意味で兄は悲しいよ……。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「もうお気付きでいられるかもしれませんが……。実は私、サヴァン様をお慕いしておりまして」

「あ、あぁ……。主人公のね?」

「万人の女性に対して紳士的な振る舞い、棘のない人当たりの良さ、そして窮地には頼れるそのお背中に心底惚れ込んでしまいまして」


想像よりもガチガチに好きになってて一周回って面白くなってきた。

あとおそらく作者はそこまで考えてないと思うよ。限りなく潤滑油になるように都合よく踊らされているだけだからソイツ……。


「で、でも意外だなぁ。ほら忍風魔神ってほらその……肌色が多い作品じゃない? イオリちゃんみたいな厳格なお家だと買って読むのも難しそうじゃない?」

「えぇ。ですので原作は読んだことがありません」


────!?!?


「その……インターネット上にある、ネット小説で、その作品を元にお話を書かれているものを拝見させて頂いて……」

「二次創作の方!?」

「にじ……?」


そんな入口があったなんて……。

でも確かに二次経由の夢女子ならば忍ギル本編での所業を知らない可能性が存在する……がどんな天文学的な確率だ?



「それよりもキョウカさんも見ていらっしゃるのですか、忍風魔神ギルティ✕ギルティを!」

「え、あぁ……前までね? 月刊誌に移行してからは読んでないかな〜」

「すごい……キョウカさんの方が忍ギルの先輩なのですね!」


……そんな先輩後輩は嫌すぎる。


「もしかしてなのですが、紙面として忍ギルを持っていたりしますか?」

「あぁ……ごめん。当時の週刊誌は全部捨ててたわ、兄ちゃんが」

「なんと……もし世が世なら私の方で買い取らせて頂いたのに……!」


世紀末かな?

あと旗色が悪くなったら俺を盾にするのを止めろ。捨てろって五月蝿かったのはキョウカの方だろうに。


「あはは……本当に好きなんだね、サヴァンが」

「何故……呼び捨てを……。もしやキョウカさんの彼氏って……」

「いや違うから! 本当に絶対違うから!!」

「でもキョウカさんは正ヒロイン"イチジク"にそっくりで……自ら寄せに行っているとばかり……」

「それだけは! 絶対に! ちがーう!!」


倫理観も世紀末かな?

妹には悪いが本当にその一挙手一投足が面白すぎて……。しかしこれは本当に拗らせてしまっており、若干可哀想に思わなくもなかった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「御務めご苦労さまです、姐御」

「……うむ。良きに計らえ」


例の夢女子魔神こと伊藤イオリという台風が過ぎ去った後に残ったのは、精魂尽きた妹の姿だけであった。

自らその正体を暴いておいて被害者面するのは御法度なのかもしれないが、流石にあの暴れっぷりには同情せずにいられなかった。


「ねぇ……もしかして忍ギルって超人気漫画……?」

「人気だと思うぞ。老若男男にな」

「ははは……」


別段人の好みをとやかく言う訳ではないが、あまりにも漫画に耐性がついてない中で劇薬に犯された感があり、最早どうしょうもない。

ただ唯一理性が残っていてか、中学校にて忍ギルが好きなことは暴露するつもりはないらしい。



「なんだろう……人の性癖を聞いちゃったこの気まずさは」

「誰しもどこかしらにアブノーマルな要素を抱えているとは思っていたが、いざ対面すると中々に破壊力があるな」

「何でもかんでも知れれば良いってわけじゃないんだなと思ったよ私は」


しかし当初の目的である"伊藤イオリは女好き"の疑惑は解消されたため、本来の目的は達成出来たのは良いことだろう。


「それにしても過剰なスキンシップはなんだったんだろうな。お前にしかやらないんだろう?」

「……私がヒロインの一人に似ているって話をしていた時、尋常じゃない目をしてた。羨望と嫉妬的な」

「……」

「あと今思えば、ハグとかしてるとき首元で深呼吸してたかもしれない」

「……」


……やべぇな。

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