神はコイントスだってするし、小細工だってする(5)

『──ということでまずは、はじめましての意味合いも込めて、君の願いを可能な限り叶えてあげたいと思うんだよね』


そんな都合のいい話があるのだろうか……。いや今後コイツにプライベートが筒抜けになるのだと考えたら、それくらい許容してもいい気がしてきた。むしろ最初に限らずもっと叶えろ。


『例えば"気になるあの子と付き合いたい"とか』

「おまっ……!!」


いきなり核心をつくような話題に触れてきたため、思わず心臓が跳ね上がる。

コイツは既に分かっている……俺が誰にどういう気持ちを抱いているかを知っているからこそ自然公園で指示を出せたわけであって。


「可能……なのか?」

『"運命の糸"を手繰ればね。可能性に繋がる道ってのは無限に広がっていて、それを指示してあげるのが神託だから』

「……」


願ってもない申し出ではあるが……ここでいう俺の望む"結末"とは何なのか。これを明確にしなければ自滅することになるだろう。

アカネをバイオレンス猿から引き離すこと?

アカネと俺が付き合えるような未来にすること?

一時の感情に身を任せるならばそれぞれの選択肢は甘美な響きであるが……それが正解である確証はない。


例えばアカネと俺が付き合ったとして。

今の俺からすれば確かに嬉しい。だがしかしその確定した未来へと力づくで変えて手に入れたとして、元々あった可能性を消すのは如何なものか。


……一手一手、慎重に進めるべきだ。そもそもがまず、本当に神託なるものが機能するのかを見定める必要がある。



『……何か思いついたのかい?』

「本題に入る前に、本当に神託なるものがあるのかを知りたい」

『ほう……我を試すというのか』


存外乗り気な様子にも見える。正体を暴くぞ、と遠回しに言っているようにも見えるが、意外と肝が座っているようだ。


「第三者に神の存在を告げるのは規約違反か?」

『いや全然。なんなら神の言葉を代弁してると触れ回るのがセオリーまである』

「それを聞けて安心した」


縁を持てるのは一人だけといっていたから、そのあたりの制約が案外緩いのは助かった。

しかしなればこそ──取れる手段は1つだけ。存在証明に必要なのは第三者のレビューと実績数に他ならない。


そう決心するや否や、俺はスマホ片手に部屋を後にするのであった。。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



扉の前で軽く2回ノック。

これが我が家でのルール……これを破ると後々面倒だから渋々従っている。何せ今回は頼む立場であるから尚更だ。


「おーい、今大丈夫かキョウカ?」


すると「勝手に入れば〜」と部屋の中から聞こえてきたため、お言葉に甘えて入室する。すると自室のベットにて寝っ転がっている妹のキョウカの姿がそこにあった。


「……疲れてるのか?」

「いや、そういう訳じゃない。明日のこと考えてた」

「ふぅん……」


何だかよくわからないが、明日は日曜日だというのに予定が入っている模様。スケジュールすかすかの兄とはえらい違いだなぁ。



「部屋に来るなんて珍しいじゃん。何か用?」

「まぁ、相談というかなんというか」

「結論から話してよね。こう見えて結構忙しいから」


この妹──キョウカに対してならば恥をかいたとしても身内で失態を揉み消せる。まずはここで小手調べといこう。


「俺さ、全知全能の神と知り合ったんだけどさ」

「おやすみなさい。出口はあちらです」


そういって妹はベッドにうつ伏せになりながら窓の方を指さした。俺に死ねと?

……だがまぁ証拠もなしに主張するのは滑稽極まりないに違いない。ならば実際に見てもらうしかあるまい。


「証拠はある。今このスマホで神と繋がっている」

「……うわぁ」

「ほら、なんか喋ってみろって神様」



…………シーン。



「……あれ?」

「……」



…………シーン。



「おーい、どうしたんだ〜?」

「……」



…………シーン。




「ちょっとタイム」


先程までウザいほどに喋り倒していたというのに、急に閉口するとは何事か。

画面は通話中を維持している……ということは通話先にいるはずなのだが。もしや肝心なタイミングでトイレとか?


急いでスマホを耳元に当てて、ひっそりした声で呼びかける。


「……おい、なんで返事をしないんだ」

『だって我の声、縁のある人間以外に声聞こえないんだもの』

「…………はぁ!?」


……ということはこうして通話していても、相手の肉声を聞くことが出来るのは世界で俺だけってこと!?


「もっと早く言えよ! 早速恥かいたろ!!」

『だって聞かれなかったし。普通考えたらそうなるだろうし』

「お前の常識を押し付けるな。神界あるあるの本をよく読んで赤線引いとけ!」



ということは、神と関わりを持っていることを周りに吹聴してもいいが、神の声を聞くことが出来るのは俺だけということか。

そんな馬鹿な……いやファンタジーでもそんな気がしてきたかもしれない。


「……あの、部屋から出て行ってもらえません?」


そしてしばらく放置していたキョウカから敬語でのお願いが。大層御立腹であらせられるご様子……。


「ま、待ってくれ。どうやら神は俺としか会話出来ないみたいでな。お前には聞こえないみたいでな~、あははは」

「…………」

「いや、ふざけてはいないんだ。この通り一万円あげるから、そのカスをみるような目は止めてくれ、頼む」


万が一に備えていた、ご機嫌取りの最終手段──生金による買収を発動。なけなしの小遣いを献上することで誠意と真剣度を示す作戦だ。


妹はそのお金を渋々受け取ると、これまた深い深い溜め息と共に、まるで『ママゴトに付きやってやるかぁ』くらいの感覚で身体を起こした。



「全知全能……だっけ。文字通りなんでも知ってるんだ?」

「そう……だと思う。実は一方的に知り合わされて、その全知全能部分が疑わしいと言いますか」

「はぁ……意味分かんない。そんなことばっかしてるとアカネさんに嫌われるよ?」

「ヴァッ……!!」


気軽に患部を突かないで欲しい。絶命するから。


「……ともかくだ。この自称神の力を証明するのに第三者の協力が欲しい」

「どうやって?」

「例えば、お前しか知らないような情報を俺がドンピシャで当てるみたいな感じで」

「プライバシーの侵害だからそれ。キモ」


紛うことなき正論──散々内情を神に見透かされたためか感覚がバグっていたが、普通秘密にしておきたいことを暴かれるのは生理的レベルで嫌いなはずだった。

だがしかし……これ以外に方法が思いつかない以上、ただで引き下がるわけにはいかない。


「じゃあほら……そうだ、さっき明日用事があるって言ってたろ。その内容を当てるのはどうだ」

「……まぁ、それくらいなら。"誰"と"何をする"かを当てられたら話を聞いてあげる」



──ということで宜しくお願いいたします、神様!


『君、都合が良いときだけ持ち上げようとしてない?』とスマホからの小言が耳に入ったが一切気にしないことに。


しかしやること自体は簡単だ。神が妹キョウカの過去を閲覧し、その予定が立ったイベントを見つけるだけなのだ。

そして目論見どおり数秒と掛からずに判明したようで、すぐに通話口にて解答が届けられた。



「明日お前は──クラスメイトである"伊藤イオリ"と一緒にウチで"勉強会をする"──だな」


比較的健全な内容で良かった……。これで良く分からん男とのデートとかだったら色々な意味で面倒くさかったに違いない。


そして肝心の妹は……どうやら当たっていたようで、ゴミカスを見るような目で俺を見ていた。


「なんで当てるの……キモ」

「ほらその……神託だから……伊藤イオリって子、俺全然どんな子か知らないから……」

「じゃあ次はその子の髪型の種類を答えてよ」


髪型の種類って……ロングかショート、あとはポニーテールやらツインテールとかしか知らないぞ?

となれば勿論迷うことなく神に聞くべし。



「髪型は……えっと、ツインテールの……カントリースタイル? ってやつ?」


カントリースタイル? なんだか良く分からないが国とか田舎とかそういう?

スマホから聞こえた言葉をそのまま伝えたため、最早合っているのか全然だがそうせざるを得ない。


そして気になる真偽の程だが──どうやらまたしても正解だったらしく、今度は打って変わって驚きの表情を浮かべていた。


「兄ちゃんが女性の髪型を言えるはずがないのに……」 


悔しいけれど、よく見ているなと思いました。

だがしかし今度こそ効果てきめんらしく、少しだけ関心を持つような素振りを見せ始める。



「……じゃあ最後。私が昨日学校で3時間目に受けた授業の科目と先生は?」


し、知らねぇ〜!

これこそ本当に聞かないと分からないやつだ!


「ええっと……昨日は……」

「昨日は?」

「……連休明けの学年内テストが全教科で実施されて、本来ならば佐藤先生の社会の時間のはずが、竹下先生監督の元で英語のテストを受けていた」


口に出してから思う。めっちゃ難しくないかコレ。

しかしどうやら大正解だったらしく、キョウカは本当に驚いた様子で俺の顔とスマホを交互に見ては驚嘆していた。


「……正解。本当に当てちゃうなんて思わなかった」

「いや俺も……」


自分で仕掛けておいて何だが、本当に正解を当てられたことで改めて神の力を信じないわけにはいかなかった。

知財に飛んでいるとか認識能力の高さとか、そういった次元を逸脱している──これこそ本当に超常の力であると。



「……はぁ。なんか凄いことになっているのはなんとなく分かった。けれど一万円はもらっていくね」

「な、なんで!?」

「その力使えば宝くじで当たり数字を当てることも可能でしょ」


確かにそうかもしれないが……なんとなくその手法は駄目な気がする。こうして身をもって力の真価を目の当たりにした今、大きく物事を動かせば注目を集めかねない。それは自分の人生において大きなマイナスだ。

それに目的は金稼ぎではないのだ──余計な事に力を使うべきではないだろう。



「まぁなんだっていいけど。じゃあ折角だし、私の悩みに答えてよ」

「え、まぁ良いけど……」


最早当初の取引から逸脱しているような気がするが、サンプル数を稼ぐ意味合いでは渡りに舟ではあった。


「なんならその悩みの内容も神に聞くけれど」

「……それは駄目。何でも知っているのは神なのであって兄ちゃんじゃない。神の口を直接防げない以上、余計な情報まで兄ちゃんに吹聴されるのは絶対にヤダ。そんなことしたら絶縁する」

「絶縁って。でも納得はいくな」


言われてみれば確かに、と合点がいく。

全知全能であるのは神なのであって俺ではない。あくまで俺は神の言葉をそのまま繰り返すマシンと化しているのだ。


となるとなんでも知っているというのは対人での対話においてディスアドバンテージになりえる可能性を秘めているということになる。少なくとも"相手が開示している情報"を元に話をしなくてはならない。



「……悩みっていうのは友達の話なんだけど」

「それ、遠回しにお前の話をしてる?」

「違うって! さっきのイオリちゃんの話!!」


それもそうか。

というかキョウカが自身のプライベートな悩みを兄に打ち明ける姿なんて想像つかないしな。


「イオリちゃんはね、半年くらい前にこっちに引っ越してきてね、中1と中2で同じクラスの子なの」

「去年の秋くらい……か。まさか帰国子女とか?」

「そうそう。私、クラス委員やってたから色々と話す機会があって、そのまま仲良くなった感じなの」


帰国子女か……英語ペラペラなの羨ましいなぁ。


「学年が変わってクラス変えが起きて、改めてクラスの一員として馴染んできたって感じなの」

「おぉ……。良かったじゃないか」

「それに関しては私も初期メンとしてはとても誇らしく思う」


友達初期メンって何か嫌な響きだな……。



「でもね、何か最近様子がおかしいの。元々真面目な子なんだけど、授業中ボーッとしてたり、異性の話になると挙動不審になったり」

「年相応の思春期、だな」

「なんだけど相手が全く検討付いてなくて……それが気になって気になって仕方がないの!!」

「……いやお前、さっき他人のプライベートを勝手に覗くなって自分自身で言っていただろうに!」


ただ、気になってしまう気持ちはよく分かる。こんなところで兄妹の絆を感じたく無かった……。


「ち、違うの! だってイオリちゃんの周りには……女の子しかいない筈なんだもん!」

「……おっと?」

「家には男の人はお父さんしかいないみたいだし、イオリちゃんはいつも女子に囲まれてて男子との接点は皆無なの!」

「となると残された選択肢は……」


1.学校の先生

2.学校外の人

3.女の子


「……の3択か」


そう答えるとキョウカの顔から僅かに血の気が引いていた。最後のは冗談で付け加えたのだが、まさかとは思うが……。


「最近、妙にボディタッチが多いなって思って。海外だと普通なのかな〜って思ってたけど、私にしかしてないし」

「……」

「今日だって勉強会したいって言い出したのイオリちゃんだし」

「……」

「私、イオリちゃんのこと好きだけど、それって友達としての範疇でだし……」


キョウカの顔は……結構真面目な顔付きとなっていた。

海外は進んでるな〜、ハハハって笑ったら本気で殴られるかもしれない。


「いざというときはキチンと気持ちを伝えるつもりではあるけれど、予め知っておくチャンスがあるなら……」

「……知っておきたいと」


恋愛の駆け引きとしては若干姑息な気もするが、別段相手をとぼしめるために情報を使うわけではないのだ。

疑念が合っていたにせよ間違っていたにせよ、今の友情関係が瓦解するのを事前に予防するという意味では非常に効果的だろう。



早速、電話越しにその質問内容を聞いてみると……まさかの答えが返ってきたのであった。

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