神はコイントスだってするし、小細工だってする(4)

「はい、ボールがどっか行っちゃわないように気を付けるんだよ」

「ありがとう、かくれんぼのお兄ちゃん!」


バイオレンス猿の置き土産であるボールを元の持ち主に戻して、ようやく一段落付くことが出来た。

あと少しで一触即発──そんな雰囲気を乗り越えたのもあってか、なんだか異様に緊張して疲れがドッと溢れ出る。


もしもあのまま喧嘩騒ぎになっていたら……ヤツにもそれなりの制裁が加わるとは思うが、それ以上に痛い目に遭う可能性があったと思うと身震いしてしまう。


まさか小学生からやっていた、適当にベラベラ喋る技術がこんなところで役に立つとは思わなんだ。

百害あって一利なし、と実妹に酷評された煽り芸にも華はあったのだと少しだけ誇らしくなれた。


……いやまぁ、そんなわけはないのだが。



「…………」


だがしかし、今回の一件を経て強く感じた。

確かに今の一連の出来事は、自分にとって『必要な』内容だった。

それはアカネを諦めるのに必要なのか、それともイケメン君がバイオレンス猿だと認識を改めるのに必要なのかは不明だが。


「神……ねぇ」


口にすると一気に胡散臭くなる。

しかし電話の件といい街頭スピーカーの件といい、それに未来予知の件といい……明らかに人智のそれを超えていた。


もしもこれが本当に──例えば超高性能AIみたいな存在だとして、困っている人に無条件で手を差し伸べるものだとしたら。


「……これも何かの"縁"か」


自称神の言葉を借りるのは癪ではあるが、それ以上になく当てはまる言葉は見つけられなかった。

例え相手が神であろうが悪魔であろうが……何だっていい。このムシャクシャした気持ちをぶつけられるのであれば。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



それからまっすぐに家へと向かい着くや否や、自室にある充電用のコンセントへとスマホを差した。


目的は勿論──神との邂逅のため。


神の存在を認める訳ではない。しかしこのスマホの先にいる存在は、少なくとも俺には知り得ない何かを持っている。


そして理由は不明だが、今この繋がりを維持したい様子でもあった。そうでもなければ先程のような助言をする筈もない。

まんまと策に乗ったようで釈然としないが、確かに良くも悪くも、一連の騒動を経て相手に関心を抱くのに必要なピースを与えられた。それだけは紛れもない事実。


「……神か、悪魔か」


ファンタジーの世界では相反する存在のように描かれるそれらではあるが、今思えば表裏一体の存在であり、その本質自体は同じである。


そのどちらであるかは重要ではなく、それにより生じる結果こそ意識を向けるべきであり。例え正体が明かされなかったとしても、互いが有益であれば些末な事実に過ぎない。



『そんなに我の正体が気になるのかい?』

「……気にならないと言えば嘘になる」


いつの間にか繋がっていたらしく、何気ない独り言を拾われて少しだけ恥ずかしい気持ちが込み上げる。

……今後コイツと付き合っていく以上、余計な発言は控えるべきだな。


「"神"っていう肩書が都合良いのであれば、そういう体でいい。ただ信仰心とかは期待しないでくれよ?」

『む……。ひと昔前までは未知の現象を前にすると"神"の存在を認めてくれていたんだけど』

「疑り深いのは気に食わないか?」

『いや、それでいい。どっぷり信じ込んで、自分で考えることを放棄してしまう人が一番厄介だからね』


それは暗に──勝手に考えて起こした行動さえも予測済みであると示しているかのよう。

そこまでして俺と繋がりを持って……あわよくば操りたいと考えるのには理由があるはず。



「何が目的なんだ?」

『そうだね。一言で表すなら……世界救済かな』

「……随分とまぁ大きなスケールだこと」

『茶化しても何も出ないよ。ただ最終的な目標ではあるから現実味に欠けるのは認める』


やはり何らかの目的を持って関わりを持ちに来ていると。


「何故俺なんだ。もっと都合のいい人物がいただろう?」

『それが一番厄介な点でね……。まず何故こんなことをしているか、という点から説明させてもらおうかな』


先程の質問の続き──ある程度は伏せられると覚悟していたが、思ったより喋ってくれそうであることに思わず息を飲んでしまう。



『君の目から見て、今の世界はどう映る?』

「どうって……日々新しいものが生み出されて、若干目まぐるしいなとは思うけれど」

『そうだね。急激な技術革新が数十年で起きていて、それに見合った倫理観が求められている』

「……色々な考え方が交錯してるな、とは確かに感じる」

『故に不安定──そう感じる瞬間を君も度々感じているはずだ』


いつの世も安定した時期などなかったのでは、とも思わなくはないが。


『それを"緩やかな自壊"と、我らは呼んでいる』

「人類は滅びると?」

『絶滅こそないだろうけれど、苦難の道は必至だろう。現に我らの未来予知では目も当てられない様になっていた』

「……」

『そして残念ながら予知にてそう"視て"しまった以上、その未来はどう足掻いても避けられない事象となるんだ』

「…………は?」


それはまるで神を自称する存在らが勝手に未来を"視た"ことによって、本来不確定な未来が勝手に決められてしまったみたいな──。


『勘違いしないで欲しいのは、我らが"視る"までは様々な可能性が存在していた。それこそ新人類再興の未来から、地球爆発の未来までね』

「可能性が重複していた……ということか?」

『いわば蓋を開けるまでのブラックボックス──知らなければ幸せ、というのはあまりにも愚かだと思わないかい?』

「……よく知る偉人に『無知の知』と言葉を遺した人がいた」

『あぁ、あの人ね。彼も面倒見てたよ我。君みたいに疑り深いところは似ている』


……どこまでが本当なのかは不明だ。

だがそれが事実であるか立証出来ない以上は深く突っ込まない方がいいだろう。



『そんな未来を"視て"しまった以上、その未来は変わらない。なぜならそれが神の力だから』

「……それを変えるために来たと。同じ神であるお前が」

『そういうこと。それが世界救済ってわけ』


ある種お節介な気もしなくないが、話だけを聞くならば限りなく悪い存在ではないように見える。まるでSFファンタジーのようだ。


「……言っておくが、俺はそんな大層なインフルエンサーじゃないぞ?」

『残念ながらね……』


自分で言っておいてなんだが、失礼極まりないな?


『最も効果的なのは、世界に影響を及ぼし得る存在に働きかけて、悪くない方向に導いてあげるって方法かな』

「まさしく宗教って感じだな」

『それこそひと昔前までは神託として奉られてたりね。それをよく思わない人もいたけど、意志の発信はやりやすかった』


ならば今世でもそういう人物に神託をすればいいじゃないか──そう口に出そうとしたその前に、通話口から『だがしかし』と、遮るように言葉が綴られた。


『一般的に神託というのは、望まれて受けるものなんだ。それを受ける覚悟があるものが、我ら神と繋がりを持ちたいと働きかける』

「繋がり……ねぇ。まさしくこういうことか」

『……そう。そしてこうして繋がった縁は1つに限定されている。制約として』



…………つまり?


「……俺が間違い電話で、うっかり神と縁を持っちゃったってこと?」

『…………大義的には、概ね、大体そんな感じ』

「いや……そう言われてもなぁ」


不可抗力極まりないことこの上ない。

というかお前もお前で電話に出なきゃいいだろうに!


『だって普通だったら世界にほんのり神の存在を示唆して、少ない情報を元にたどり着いてもらうつもりだったんだもの。直電なんて前例ないもん』

「……」

『で、でも調べてみたら縁を破棄することも出来るみたいでね! やっぱりコイツ使えなかったか〜みたいなのは神界あるあるみたいらしくて!』

「おぉ!」

『でも契約破棄には相応の罰があるし、君の記憶も最低10年くらい消さないといけないみたいで』

「ざけんな馬鹿!!」


殆ど記憶全損じゃないか!!

話の流れからして、神の存在を気取り始める前までを念を入れて消すという感じだとは思うが、それにしても今回に限っては酷すぎる。


『へへ……これも何かの縁ということで仲良くできたらいいなぁと』

「保身に走りやがって……」


結局は我が身可愛さ故の妥協なんじゃないか……。



「……その、お前にもノルマとかあるんだろう?」

『なくはない。というのも期限が地球暦でいうと……300年後くらいかな?』

「その頃には死んでるな。確定で」

『そういうこと。むしろ最初の50年くらいは現地に馴染むのを兼ねているし、ノルマとかはないんだよね。むしろ早く縁持ててラッキーくらいな?』


先程まで漂っていた人類滅亡や世界救済といった重苦しい雰囲気など感じさせない軽い返答に、思わずこちらも気が抜けてしまう。


つまり……特別何かアクションを起こさないといけない訳では無い?


「……少しだけ安心した。まぁ全て鵜呑みにしていいのなら、という前提ではあるが」

『そうそう。最初はちょっと焦ったけど、悪くない選択肢な気がしてきたよ我』


……行動やら発言がやけに俗っぽいのは素に違いない。

正直な話、相手が語った内容のその殆どが未だに懐疑的ではある。だからこそ不意に感じた"人間らしさ"にどこか安堵感を覚える自分がいた。

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