神はコイントスだってするし、小細工だってする(3)
『有原アカネ』
自分にとって幼馴染で、初恋の相手だった。
家が近所にあり、幼稚園の頃から顔は知っていた。
別段家ぐるみで仲が良かったとかそういうわけではないが、小学校に上がった頃合いから通学班の関係で顔をよく合わせるようになったくらいの幼馴染。
そんな彼女はいつも無愛想で、口数も少ない方であった。
当時その沈黙に耐えられなかった俺は、何とかして場を繋がないとと一生懸命登校中に話を考えては一方的に話をしていたと思う。
特別リアクションを取ってくれる訳ではないが、適当でも相槌を打ってくれて、たまにニコリとする程度の手応えだった。
そんなある日。ふと自分の話がつまらないんじゃないかと気が付いた。
そうしたら急に話を考えるのが面倒くさくなってきて……しかし急にパタリと話さなくなるのは不自然に写るに違いない。
…………そんなに関心がないのなら、以前振った話題を再度取り上げても良いんじゃないか。そんな気持ちが込み上げた。
そうだ、1年くらい前にした本の話があったから、それでいいじゃないか。うろ覚えではあるが気にならないだろう。
そうしてその日もいつも通りのテンションで話をした。ごく自然体に、けれどももう一度歩き直すようにして登校した。
しばらくして校門が見えてきた頃合いに、不意にアカネが口を開いた。
「……それ、去年も同じ話をしていたよね。あれからもう1年経つんだ」
そう言った彼女の横顔は少し寂しげで、どこか儚げで。
けれどそれ以上に、話を聞いてくれていたという謎の達成感が当時小学生の俺の胸をいっぱいに満たしてくれて。
…………それが恋だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
「アカネ……」
クソイケメン野郎に腰を抱かれて並んで歩いて、そしてにこやかな笑顔と共に相槌を打っていた。
言語化するだけで、自身の惨めさと醜さがありありと浮き彫りにされるようで悲惨な気持ちになれた。
少なくともアカネの笑顔を見たのはいつ以来だろうか。思い出すにもセピア色に色褪せた記憶ではその表情を汲み取れない。
悔しいが認めざるを得ない……俺なんかよりも、あっちのイケメン君の方が何万倍も良いんだと。
「あの自称神、こんなものを見せたくて耳を澄ませろって言ったのかよ」
悔しすぎて、最早八つ当たりの域だというのは自覚している。
ただ、あぁも意味深な言葉を残しておきながら、こうして胸糞悪い気分にさせられたのだ。本当に神なのだとしたら性格が歪んでいるとしか思えない所業である。
現実を見ろってか?
そんなのはもうコリゴリだ。気分転換と現実逃避をするために外出したってのにこの顛末はあんまりにもあんまりじゃないか。
俺は……俺は……。
────ゴンッ!
何か固いものが何処かでぶつかったような音がした。
少なくとも俺ではない……別の誰かが何かにぶつかったのだろうか。
「────ってぇなぁ!! 誰だ野球ボールぶつけたのは!!」
どうやら被害者はイケメン君のようだ。どこからか飛んできた野球ボールにぶつかったらしい。
先程まで漂っていたいい雰囲気も一気に瓦解。なんだか彼の努力が水泡に帰したようで少し可哀想にも見えなくもなかった。
「くそっ、死ねっ!!」
彼はボールをぶつけられた怒りをそのままボールに乗せて力いっぱいに投げた。近くの茂みに向かって──。
「──は?」
判断をするにはもう遅かった。
乱暴に投げられた硬球は自分の方へと真っ直ぐに飛んできて、避ける間もなく腹にクリーンヒットしたのだ。
「イッッ……!?」
茂みによって勢いが大きく落ちているとはいえ、恐らく運動超得意マンであろうイケメン君の肩から放たれた硬球は『痛い』の一言に尽きる。
……もっと下腹部の方にズレていたら本当に死んでいた。
幸運にも立てる程度には余力が残っていたからか、気が付くと野球ボールをその手に持ちながら茂みから立ち上がって姿を見せていた。
「……ものすごく、痛かったんだが」
まさか茂みの中に人がいて、それがクリーンヒットするとは思っていなかったのだろうか。バイオレンスイケメン猿はヘラヘラとしながらこちらに向かって歩いてくる。
「今のは俺が悪いのか? そんな所にいるお前が悪いんだろうが」
「人の遊びにイチャモンつけるのか。こちとら全力で隠れんぼしてんだよ。舐めるなよ」
「いい歳して隠れんぼとか……まじやべぇ」
確かに茂みの中から、半ば寝間着姿で尻に土つけていた奴が出てきたら120%やべぇヤツな気もする。
しかしこのまま泣き寝入りは性に合わない。せめて一言くらい言い返さないと──この胸の中にあるモヤモヤでどうにかなってしまいそうであった。
「もっとボールを大事にしろよ。意外と高いんだぞ」
「は? 俺のじゃねぇし」
「お前……他所様のボールを投げ捨てたのかよ。ちょっと人格疑うわ」
「捨ててねぇ! てか何イラついてんだよっ!!」
イラついているのはお前では?
「ともかく……このボールは返すから、元の持ち主に返すんだそ。途中で捨てちゃ駄目だぞ」
「なんで俺が?」
「元の持ち主知らないのかよ。もしかして誰かのをパクったのか───」
──次の瞬間、俺はバイオレンス猿に胸倉を掴まれていた。
「……ざっけんなよ。舐めてっとしばくぞ」
「そんなことをして本当に良いのかなぁ。もうそろそろ大会が近いんじゃないかなぁ……テニスが上手な『牧原クン』」
「テメェ……同じ高校かよ」
もうとっくに調べはついている。
声だけじゃ分からなかったが、顔を見れば思い出す。
このバイオレンス猿は、『牧原マサト』という人物だ。アカネに擦り寄ってた人物くらいは流石に把握している。
「俺馬鹿だから分かんねぇけどさ……暴力沙汰って大会とかに支障をきたすんじゃない?」
そうしてわざとらしく自身の腹のあたりを撫でて、先程の暴投で痛い目を見たと遠回しにアピールをすると、まるで苦虫を潰したかのように歪んだ表情を浮かべていた。
「……チッ!!」
突き飛ばされるようにして、少し強引目に掴みから開放される。
そして彼が元の場所に戻ろうとするも……そこには既にアカネの姿は無かった。
「…………今度会ったら覚えとけよ」
そんな捨て台詞と共に、バイオレンス猿は一人寂しく去っていったのであった。
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