神はコイントスだってするし、小細工だってする(2)
「……あの、間違い電話だったりしませんか?」
『間違いって……こちらは着信履歴から掛けさせて頂いたのですが…………っ!?』
直後、焦ったような息遣いを最後に、乱暴に通話が切られた。
今のは一体何だったのだろうか……いやそもそも間違い電話なのだから模索する必要もないのだけれど。
──世界更生信託サービス株式会社(?)
「金貸し屋かな?」
言葉の意味ひとつひとつは分からないが、絶対胡散臭い会社であることは間違いない。
というか、なんであんなのから電話が掛かってきたのか……。このスマホの電話番号は比較的新しいはずなのに。
確か相手は着信履歴から電話を掛けたと言っていたが、それってもしかして自分の方から掛けたってコト?
自称陰キャである俺が、誰かに電話を……?
一切合切身に覚えがないが、一応念のため発信履歴を確認してみる。
すると確かに十数分前に、謎の電話番号へ向けて電話発信を行っていた。確かこの時はまだポケットの中にスマホを入れて歩いている時だった筈──。
「──いや、まさか」
スマホが一時的に乗っ取られたという訳でなければ、考えられる過程は1つだけ。
……汗で湿ったポケットの中でスマホが誤タッチ認識をして、意味不明な場所へと発信してしまっていたのではないかと。
確かに自宅でスマホの画面を閉じる前、電話帳アプリを開いていた。偶然にもポケットの中でスタンバイモードが解かれたら、次に表示されるのは電話帳もとい電話アプリ……。
『やってくれたね』
──不意にスマホから、先程の機械音声が。
今度はコチラから操作すらしていないというのに、勝手にひとりでに通話状態に入って、一方的に話し掛けてきたのである。
「壊れた……? まさかハッキング……?」
『違う違う。君がポケットの中で打って送信した電話番号が、奇跡的に我の社用携帯電話に繋がったのだ』
「それは御迷惑をお掛けしまし……あれ?」
……今、なんで俺の行動がバレているんだ?
まるでこれまでの出来事を見てきたかのように。
『"視てきた"からね。我ほどの高位存在であれば、君のこれまでの履歴を覗くことなど造作ない』
「はぁ!?」
『我は知っているぞ。お前の趣味も、家族構成も、誕生日も……好きな人も』
『ねぇ……"清宮ケイ"君?』
刹那、ゾクリと冷たいものが背中に走る。
名前を言い当てられたことに対する恐怖か、それとも監視されているかのような気味の悪さからか。
声が機械音声であることも相まって、温かみのない単調的な言い回しが不気味さをより膨らませる。
今の自分には対処出来ない。
そう本能的に悟るのに時間は掛からなかった。
気が付いたら自分は────スマホの電源を切っていた。
「はぁ……っ、はぁ…………」
躊躇うことなく切ってしまった。少なくとも相手に不快感を与えたことには違いない。ただどうしても拭いたかったのだ、その不気味さを。
しかしこれは一時凌ぎに過ぎないのは分かっている。
先程はあちらから電話を掛けてきたのだ……もう一度繋ぐのは容易いことに違いない。飽きて諦めてくれるのが理想だが。
「……くそっ、どうせ誰かのイタズラとかだろう。あんな意味分からない電話、相手にしなくたって」
『意味が分からないとは失礼だな。折角我が懇切丁寧に説明してあげようと思っていた矢先に』
また、あの声が聞こえてきた。
手元のスマホの画面を見てみるが明かりすらついていない。少なくともここからではないはず。
『我ほどの力があればスマホ一台に固執する必要などない』
聞こえてくるその声はスマホではない──むしろ頭上から──。
『──現に我は今、街頭スピーカーより声を掛けているのだからな。清宮シンくん?』
「だっ……近所に迷惑を掛けるなよ! というか俺の名前をスピーカーで呼ぶな!!」
『だってこれ以外に使えそうなものが無かったからねぇ。どうにかしてもう一度電話したいなぁ、清宮シンくん?』
「……わざわざフルネームで、というか俺の名前を呼ぶなー!!」
口に出してからはたと気付いて周りを見てみると、道行く人が皆、こちらにチラリと一瞬だけ視線を寄越してから、少し早歩きで去っ行っているではないか。
傍から見れば拡声器とおしゃべりしている、暑さで頭をやられた変な人として認識されてもおかしくない。
「うぅ……、くそっ!!」
文字通り、逃げ出すようにしてその場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぁ、もう……くそっ。面倒な事に巻きこれたなぁ」
走ること十数分。近くにあった自然公園へと到着した。そしてすぐさま舗装された遊歩道の脇に並ぶ茂みの中へと飛び込んで────なんとか人が周りにいない環境へ逃げ込むことに成功した。
ようやく一息つけるところに到着出来たと安心するや否や、座る場所などお構いなしに地面へと腰を降ろす。
全力で走ったことにより息が上がっているが、先程のように公開処刑されるよりは余程マシである。
『もう喋って良いのか?』
「いいよもう……というかいつの間に電源が付いてるのさ」
先程電源を落としたはずのスマホはいつの間にか起動しており、さも当然にと通話状態になっていた。
『わざわざ人気の少ない場所にくるなんて慎重だねぇ』
「世間体とかあるからな。それに……」
家に帰って自室に籠もるのも考えたが、それは相手に自宅の住所を教えているのと同義である。家族に迷惑が掛かるのは……どうにも気が引けた。
「……何故俺に固執する。ただの間違い電話だろう?」
『何故かと言うと……君が選ばれてしまったから、という他ない』
「選ばれたというと……もしかして宝くじとか懸賞的な」
『いやいやいや。そんなのよりもっと名誉なものさ』
──もっと名誉なもの?
心当たりがないか一瞬だけ頭を捻るが、思い当たる節はない。身内の誰かだろうか?
『君は選ばれたんだ──我という"神"にね』
スッと、電話アプリを落とした。
いったい全体何を言っているのか……まるで意味が分からない。
折り返し電話をしてきた相手が、突然神を自称する。
まずこの段階で意味が分からないのだが……そんなのに選ばれたなんて……なんて不名誉な。
『また通話を切ったね。まだ話の途中だろうに。中途半端な情報だけじゃ我を神だと信じられないだろう』
「多分全部聞いても信じるかは疑わしいが?」
『まぁまぁそう言わないで。別に君から金銭を奪おうとかそういうヤツじゃないから』
「…………」
……これ以上話すのは益にならない。
下手な発言から余計な情報を流してしまう可能性もある。かといって電源を落としても、何らかの手段を用いて繋げてくるのだ。
だからこそ取れる手段は……1つだけ。
「…………」
『……なるほどね。携帯電話のバッテリー切れを狙おうって魂胆か。そうすれば起動そのものが出来なくなり、追跡が不能になると』
「…………」
そしてそれは相手も勘付いている様子。流石は神を自称するだけあって、こちらの行動は丸分かりということか。
『確かにそのスマホ、バッテリー消耗速度が半端ないね。こっちの世界から通信すると大分熱を帯びちゃうのかな?』
「…………」
『そんなことをしても無駄なんだけどねぇ……』
と口で言ってはいるものの、相手は現状に対してじれったい雰囲気を隠すことをしなくなっていた。
やはり策の方針自体は間違っていなかったということか。
『……我はね、君に逃げられると困るんだよ。契約の破棄には手続きとか必要だし、更新料とか付くしさ』
(いや、金かよ)
『それに我は"縁"ってやつを信じたいのさ。現に今君は困っていて……そして腐っている。違うかい?』
今度は同情して説得する方針に切り替えてきたか。
誰にだって悩みはある。だからこそ当たり障りのない入り口から心の隙間に漬け込むのは定石だ。
『でも今のままの君では、いつまで経っても我のことを信用してくれないだろう。それは恐らく……いや、互いにとっても望ましくない展開となり得るとみた』
「…………」
『故に我は"神"として提示しよう──』
『──この通話が終了したら耳を澄ませてみると良い。きっと君にとって必要なものが見れるはずだよ』
「お前、何を言って──」
思わず声が出てしまったが、遮る前に通話が、というよりもスマホの電源自体が切れていた。
ようやく念願かなってのバッテリー切れであるのだが、意味深なことを言われたせいで心のなかにモヤモヤだけが色濃く残ってしまう。
確かに胡散臭いヤツではあったが、不思議なまでに自分自身の発言に全く疑いがないヤツではあった……まるで語ること全てが真実であるみたいな。
神云々は置いといたとして、俺が悩みを持って腐っていることを、さも当然だろと看破して来たのだ。当てずっぽうであったとしても不愉快極まりない。
…………もし本当に、そういう奴なのだとしたら。
そんな疑念が、ほんの一瞬だけ、よぎった。
「……何考えてんだろうな、俺」
普通に考えたら信じられる筈がない。
ただ……奴は『耳を澄ませろ』とだけいっていた。
耳を澄ますこと自体は受動的な行動である。それによって身に起きる危険性は限りなく低いはず。
故に、俺は静かに耳へと意識を集中させた……すると。
「────なぁ、ここら辺良いと思わねぇ?」
「う、うん……そうだね」
耳に入ってきたのは男女の声。
うち男の方はさっぱりだが、女の声の主は顔を見るまでもなく分かった。
だからこそ状況をキチンと把握したくて。気が付いたら茂みの中から少しだけ顔を出して、遊歩道を歩く二人組の姿を確認していた。
「ははっ、園内には結構ガキが沢山いるんだな。てっきりガラガラだと思ってたんだが」
「休日……だからかな。賑やかだよね」
「うるせーだけだろ」
二人揃って遊歩道を歩いていたのは……"有原アカネ"と"クソイケメン野郎"だった。
クソイケメン野郎は馴れ馴れしくも相手の腰に手を回しており、アカネもアカネで嫌がる素振りを見せることなく笑顔でその隣を歩く。
「ッ……!!」
その光景を前に、自身の心が深く暗いとこに沈みそうになるのが分かった。
傍から見れば仲の良いカップルだろう。自分の目から見ても……悔しいけどそう思う。
けれども……そう頭では分かっていても。
「アカネ……」
小さい頃からずっと好きだった彼女が今……こうして誰か別のところで笑っている。そのたった1つの事実が俺の心をぐしゃぐしゃにした。
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