第11話 手を出してはいけない存在

「んあ?」


赤い剣。風にはためく白いマントを纏った女が、それを片手に飛行艇から飛び降りた瞬間に、快斗は草薙剣を引き抜き構えた。


「くらえ人類悪!!」


赤い剣が振り下ろされ、体重と遠心力の乗った斬撃が、快斗の構えた草薙剣に直撃。少しの間拮抗し、お互いに強く弾きあった。


「どぉうわ!?」


その反動の大きさに瀬太は驚き、すぐさま追撃してくる女の剣戟を防ぐために快斗が瞬時にバイクから飛び降りて応戦する。


弾かれたバイクは横向きに姿勢を変え、瀬太は3秒ほどかけてバイクをとめた。


それからすぐに剣を交わす2人の元へと行こうとした瞬間、瀬太のすぐ横になにか大きなものが落ちた。


振り返る前に視界に飛び込んできたのは、瀬太の小さめな体をぶち抜く拳だった。


「吹き飛べ。」


瀬太の3倍はありそうな巨体の男。その剛腕の打撃を受け止めた瀬太は吹き飛び、整備された崖を貫通してはるかと奥へと転がっていった。


「軽い。」


「油断大敵!!」


瀬太が呆気なく吹き飛んだことに拍子抜けの大男。そんな彼を叱責するように、快斗と剣を交える女が叫ぶ。


「なんだお前ら。急に襲ってきやがって。」


「黙れ『悪魔』!!人類の危機となる貴様を生かしてはおかない!!」


「人類のために俺らは『概念格』を狩ってるんだが?」


「存在自体が不安要素だ。」


「生きるのさえ否定するか。人間め。」


軽く話しながらも、振るわれる斬撃は数しれず、快斗は彼女が持つ赤い剣の軌道に集中していた。


『生討』が『特性』を持っているのは知っている。自己主張の激しい赤い剣が、彼女の『特性』の何らかのトリガーであることは明白なのだ。


「へいへい隊長!!助太刀しまっせぃ!!」


上から声が聞こえた。飛行艇からぞろぞろと『生討』達が飛び降りてくる。その中で、装備が周りと1段階豪華な男が意気揚々と快斗と女の戦闘に割り込んでくる。


手から黄色い電撃のような光が放たれた。剣で女を突き飛ばし、光を躱して、その男に標的を定めた瞬間、


「ぬん!!」


「む。」


瀬太を吹き飛ばした大男が腕を組み、それを振り下ろしてきた。快斗はそれを片手で受止め、快斗自体にダメージはなかったが、その衝撃に耐えきれなかったコンクリートに快斗の足が埋まる。


「邪魔だ。」


押さえつけてくる大男に踵をねじ込もうと足を浮かせた。素早く殺そうとするのではなく、本当にただ振り払うために適当に振るった踵。


『生討』で前線を張る実力のある者なら、余裕で見えている速度のはずなのだが、大男は避けようとしなかった。


自分の腹筋なら耐えられると過大評価しているのか、あるいは、避けなくてもよい理由があるのか。


そこまでの思考で約0.001秒。そして、振り返りざまに通り過ぎていく銃弾を見たのが、その約0.001秒後。


「くっ」


それが快斗の振り上げた足に直撃。骨を砕き、沢山血を撒き散らさせた。痛みと衝撃に体制が崩れて瞬間、赤い剣が迫ってくるのが見えた。


咄嗟に片足で体勢を変え、草薙剣で受け流そうと、刀身を合わせた。


が、赤い剣は草薙剣をすり抜け、快斗の生身を深々と切り裂いていった。


「斬りたいものを斬り、裂きたいものを裂く。」


女性が駆け抜けたあと、数秒遅れて快斗の胴体に斜めに居座る巨大な切り傷が血を吐き出した。


左踵は破壊され、胴体の切り傷からは内臓が露出している。が、まだ死なないと判断した快斗は女性の背中に草薙剣を振り下ろそうとして、


「おっとぉ、それはさせねぇぜ?」


さっきの光を放つ男が得意げに笑うと、飛び出した光が快斗の両手、両足に絡みつく。快斗は振り払おうと体をよじったが、それがいけなかった。


その勢いを逆に利用され、ゴムのように伸縮する光が身体中に巻き付けられ、地面に叩きつけられた。


「へっ!!こんなもんかよ『悪魔』!!」


「さっすがダーリン!!」


快斗の頭を踏み付ける男。見上げるとその背中には高校生ほどの背丈の女の子が抱きついていて、その手には煙を吹く銃が掴まれていた。


快斗の足を撃ち抜いたのは彼女の銃弾のようだ。


「油断するな。確実に殺せ。」


「もうこんな状態なのに死なないなんてあります?赤谷団長。」


「間宮、そういう油断が危険だと言っているんだ。」


赤谷という苗字を持つらしい剣の女は、ぐったりとしてやっている快斗の首筋に剣を当てる。快斗を踏みつけている男、間宮は用心深い赤谷に少し不満げだった。


「今までの分、いたぶってもいいと思うんすけどね。」


「今この瞬間に、こいつが傷を全て治すことだっておかしくないんだ。」


快斗を見下ろす『生討』達。そんな彼らの背後から爆発音が響き渡った。


「けほっ、けほ……煙だらけ土だらけだ全くさぁ!!」


そこにいたのは、髪の毛についた土を払う瀬太だった。


彼が出現した瞬間、『生討』が皆戦闘態勢に入る。間宮は快斗を更に強く踏みつけた。


土を払い終えた瀬太は視線を『生討』達に向けた。


それからその視線がボロボロの快斗に向いて、首を傾げた。


「あれ?快斗なんで殺られてんの?」


そう言いながらも、瀬太は余裕そうな態度で伸びをする。なんのことか分からないが、これが本気では無いということを『生討』達は理解する。


「殺れ。」


「りょ。」


赤谷が間宮に言うと、短く返した間宮は快斗の頭を背中の女の子に銃で3発ほど撃ち抜かせた。


「貴様の仲間は油断で死んだぞ。」


「死んでないと思うけど。」


「これで死んでないってことないだろ。なんだ、『概念格』ってのは死を超えるもんなのか?」


「『概念格』によっちゃそうなんだろうけど。」


質問に適当に返す瀬太。快斗の死体を見ても動じない彼に、皆未知の不安を感じる。


「ダーリン、あいつ、こわいよ。」


「あぁ、さっさと殺っちまおう。」


最後に間宮が構えた。その瞬間に瀬太は笑う。


「まぁ分かってんだよ。お前らはただの特攻隊とかなんかでしょ?勝てるわけない、なんで知ってんだから。」


「可能性あり。悪魔の死がその証拠。」


大男が反論する。その言葉を聞いて更に笑う瀬太。


「本気出してやってるわけないんだから!!過大評価するなよ自分らをさぁ!!」


「なんだアイツ……」


「なんかウザイ。早く殺ろう?皆。」


苛立ちと殺気が高まってきたところで、瀬太が拳を握りしめた。


「じゃあ殺り会おうぜ。久々に人間を殺すことになるなぁ。」


そう言って1歩踏み出した瀬太。その1歩の反射して赤谷が動いた。歩いてくるであろう瀬太に剣を振り下ろそうとした。


が、瀬太が1歩を踏み出そうとした瞬間に、その姿が消え去った。


「?」


瀬太が立っていた地面が割れていたのだけは見えた。


「………ダーリン?」


後ろから聞こえてきた拍子抜けた声。時の流れが遅くなった感覚。静かな世界に響いた声に振り返ると、間宮の顔が上半分が無くなっていた。


本当に、下顎から上が無くなっていたので、下の歯が露出してそのまま体が倒れた。


「いやぁぁぁあああ!!!!!!」


女の子がその死体を抱きしめようとした瞬間に、すぐ側に瀬太がいることに気がついた。その手に間宮の顔の上半分が掴まれていることにも。


「おぉまぇええ!!」


「お前こいつ好きなんだろ?」


瀬太は間宮の上半分をその女の子の顔に叩きつけた。


「んんぐぐぐ……!!」


「えーいキッスキッスー。」


そのまま力強く押すと、女の子の顔面が首から外れて、崖の表面に間宮と女の子の顔面が叩きつけられてペースト状に広がった。


「んな……」


「次は赤い君ね。」


一瞬にして部下の2人が死んだことに驚く間もなく、瀬太が目の前に移動し、間宮を掴んでいた腕を突き出された所までは見えた。


その先は物理的に見れなかった。


瀬太の腕が赤谷の腹を突き破り、腸や子宮を引っつかみ、そのまま胃、肝臓、膀胱、肺、心臓を巻き込んで、瀬太の手が赤谷の口から飛び出した。


「か……かか………」


「へぇ。昼飯か夜飯はチャーハンだったのか。」


破れた十二指腸から零れる飯を見ながら笑い、瀬太は腕を引き抜く。口から腹までの内臓全てが引っこ抜かれ、壮絶な痛みと喪失感に赤谷はあの凛々しい姿を失い、ナメクジのように這いつくばった。


「貴様ァ!!」


大男が激昂しながら瀬太の背後に飛び降り、大きな拳で瀬太の小さな頭を砕こうとしてきた。


「さっきのお返しだ!!」


それに合わせて瀬太が拳を振り上げる。


大きな岩のような拳が、瀬太の小さな手に接触。その場所から大男の拳が見事にひしゃげ、壊れ、そして凄まじい衝撃波を伴って、肘から先がぶっ飛んだ。


「ぐふ!?」


あまりに呆気なく片腕が吹き飛び、痛みが来るよりも早く唖然としていると、瀬太が大男の顔に何かを被せた。


その瞬間、顔全体がじりじりと痛み出した。


「ぐあお!!何を!?」


「それこいつの胃袋。やっぱ胃酸って強い感じ?」


それは赤谷から引っこ抜いた胃袋。割いて開いた胃の中には胃液がまだあったので、人間は溶けるのかと思ってやってみたが案の定溶けた。


「塩酸と胃酸ってどっちが強いんだろう?」


「この……人殺しィ!!」


大男は更に激怒し、顔を溶かされながらもキョトンとしている瀬太に残った拳を振り下ろした。


が、途中で体が動かなくなった。


声も出せない。目も動かせない。何が起こっているのか、大男にはさっぱり理解出来なかった。


「胃酸と塩酸は同じだぞ。」


「っ!?」


その理由は目の前に現れた少年によって理解させられた。


茶髪のハンサムな少年。先程頭を何度も撃ち抜かれた天野快斗が、全くの無傷の状態で立っていた。


彼は手に持つ剣を腰の鞘にしまった。


「え!?そうなの!?じゃあ水酸化ナトリウム飲んだらお腹の中で食塩水ができるってこと!?」


「それで飲もうと思うのか?」


本気で馬鹿な瀬太と、呆れて頭を抑える快斗。それは彼らの日常。なんてことのない普通の会話。正しく一般的な子供達。


今この場において、大男は空気だった。


「じゃあ残党殺し行くか。」


「あぁ、そうだな。」


目の前から去っていく2人。追いかけようにも追いかけられない。体が、世界が、その崩壊に気がついたからだ。


大男の体が粒子になって消えていく。微塵切りなんてレベルじゃない。快斗の見えない斬撃は、想像の遙か上だったようだ。


肉を絶つ、骨を絶つ、岩を斬る。そんなの簡単。彼が追求したのは速さ、鋭さ、そして細さ。


どこまで相手を再起不能にさせられるか。その疑問の最も最適解は今ここにある。


快斗の斬撃は原子と原子の繋がりを断つことが出来る。


それも能力でもなんでもない。ただの腕力のみでだ。


(化け物………)


切られたことに気が付かずに思考する脳。まさに生き殺し。まさに生き地獄。それはまるで、熟練の職人による、魚の活け造りのようだった。


「さーって!!全員覚悟しろよ。お前らのせいでバイグぶっ壊れたんだから。多分。」


「あのバイクの煽り性能だけは壊れてて欲しいな。」


「もう別の意味でぶっ壊れだけどな。」


消えゆく大男の視界の中で、瀬太と快斗は、逃げ惑う『生討』のメンバー達を、息を吐くように殺していった。

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BFB ~概念狩りの子供達~ 快魅琥珀 @yamitani

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