遅れて来たサンタ
高黄森哉
サンタ
「はい、どうも」
俺は扉から顔を出すなり驚いてたたらを踏んだ。なぜならば、扉の向こう側にサンタクロースが立っていたからだ。俺よりも若く、大体、二十代くらいだろうか。顔は整っていて、芸能人に似た相貌の男がいた気がする。
「サンタクロースです」
「馬鹿にしとるのかね」
「いえいえ。この度はプレゼントを持ってまいりました」
「もう三月だから、クリスマスはとっくに過ぎているのだが」
もうすぐ春か。春は啓蟄といって、変態たちが春の陽気に誘われて、這い出して来るんだったな。そろそろ、ホウ酸団子を玄関にこしらえておかなければ、不快な季節である。
「実は私はアルバイトを募集しているのです」
「ほう」
ほう、と言ったものの、話の文脈を鑑みると彼の答えは適切ではないので、納得できるところは少ない。なぜサンタがアルバイトを募集しているのだろう。プレセントの件はどこへ行ったのだろう。
「盗み、のお仕事です」
「裏バイトや闇バイトなら、他所でやってくれ」
強盗のバイトがあるという話はどこかで耳にしたことがある。こないだも、大学生がそういう仕事で、警察に捕まっていた。
「簡単です。私が盗んできたこのお金を、貴方が受け取ればいいのです」
「そんなことをしたら俺まで捕まるじゃないか。冗談じゃない」
俺は警察を呼ぶために、居間へ引き返そうとする。
「ちょっとお待ちを。そこに味噌があるのです」
「味噌もクソもない」
「しかし、味噌もクソも見た目は同じです」
俺はちょっと考えて、そうかもしれないなと思った。だから、彼の話をもう少しだけ聞いてみる気になった。
「もうすでに二百人が、このバイトに手を出しています。ときに、この日本が民主主義であることをご存じですか」
「まさか、約一億人の人口のうち過半数の人間を犯罪に加担させれば、多数決で犯罪がチャラになるという魂胆ではあるまいな」
「その通り」
「しかし、今までに国民の意見が届いたことはあったか」
俺は彼を窘めた。彼は顔をクシャっと悲し気に歪め、泣きそうになりながらかぶりを振った。俺は、彼を抱きしめてあげたいような気がした。だが、それは出来なかった。なぜならば、彼は犯罪者だからだ。それに、日本政府は言うほど意見を無視しているわけではない、と思う。
「ではこういうのはどうですか。私がお札を一万円見せます。貴方は五千円でそれを買い取ります。するとどうなりますか」
「帰ってくれ」
「答えは、マイナス五千円となります。つまり私の手元にはマイナス五千円が残るのです。これはとても奇妙なことだと思いませんか」
「思う。そんなお札は、この世に存在しないからな」
「そうです。そんなお札は存在ません」
彼は悲しみに肩を震わせながら、静かにかぶりを振った。微かながらすすり泣きも聞こえた。頼むから、早く帰ってくれ。
「助けてください。私を助けてください。最近の子供たちがサンタクロースにお願いするものは高額な物ばかりで、予算を超過しているのです。我々は盗みにさえ手を出すようになりました。私をどうか、お助けください」
「では、俺になにが出来る」
子供ためならば、少しだけ助けになろうと考える。
「強盗です」
「帰ってくれ。今すぐに北極に帰れ」
「嫌だ。あんな寒くて何もない所には帰りたくない。温暖化のせいで、住む場所が少なくなってきているというのに!」
「気の毒だとは思う。だから頼む、巣に帰ってくれ」
「人でなし!」
「俺はヒトデだ!!」
俺は訳の分からないことを叫びながら、本格的に警察を呼ぶために電話を取りに行こうとした。彼は俺の腰に縋りつき枷のようになる。
「嫌だ! 貴方が強盗をしてくれないと、私は処分される!」
「俺に知ったものか。全ては全て、お前の責任だ」
彼は助けを求め喘ぎながら、部屋の角でわなわな震え始めた。なんで、俺は彼を家に上げてしまったのだろう。今もなお、つまり現在進行形で非常に後悔している。
「ひい。警察にばれたら上司に殺される」
「分かった。なら、何も言わずに帰ってくれたら、警察を呼ぶのはよしておこう」
「本当ですか。ならば、良かった。さっき意地と人相の悪い男に脅迫されていたから助かりました。私を助けてくれてどうもありがとう」
「馬鹿にしているのか」
こいつは、本当にサンタクロースなのだろうか。
俺が再び彼のいた方に目線を向けると、男は跡形もなく消失していた。彼がさっきまで居た場所にクリスマスカードがあって封を切ると、ハッピークリスマスと書いてあり、横には結婚相談所の電話番号が記載されていた。俺はふと、クリスマスに独りではないクリスマスをお願いしたと思い出した。
サンタは本当に実在したのだ。サンタは遅れてやってきたのだ。それは三月の良く晴れた午後のことであった。
遅れて来たサンタ 高黄森哉 @kamikawa2001
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