筋肉の力
九戸政景
筋肉の力
人気もなくなり、息づかいすらハッキリと聞こえる程に静まり返った深夜、街灯も少ない夜道を一人の女性が歩いていた。
黒い女性用のスーツにハイヒールといった格好で小さなハンドバッグを肩から掛けた女性のその足取りは急ぎぎみであり、コツンコツンという足音もどこか忙しなかった。
そして女性が険しい表情を浮かべながら歩く中、その後ろからゆっくりと何者かが忍びよった。茶色のニット帽に黒いサングラス、白いマスクに黒や茶色の衣服やズボンといった暗がりでは目立ちにくい格好をしたその人物は足音を忍ばせながら女性へと近づき、速足だった事から女性との距離はすぐに縮まった。
手を伸ばせば届く程の距離まで近づき、謎の人物は息を荒くしながらニヤリと笑い、女性へと手を伸ばした。
その瞬間、女性はサッと身を翻し、その行動に謎の人物が怯む中で女性はハンドバッグを傍らに投げてから謎の人物の腕を取り、流れるような動きで背負い投げをした。
そして謎の人物が仰向けになりながらピクピクと体を震わせていると、“女性もここまで強くなれる”という文章と“剛田ジム”と書かれたロゴが浮かび上がり、それをとあるビルの一室で観ていたスーツ姿の男性は苦笑いを浮かべた。
「結果、こうなったのか……今観ても思うけど、やっぱりこの時は痛かったなぁ……」
「それは当然よ。私だってジムのオーナーだけどあんな風に暗い中で襲われたら怖いもの。ねえ、あの時の不審者こと
「悪かったよ、
「お陰さまでこんな風に私達の出会いをベースにしたCMまで作れるようになったしね。これからも色々な人の筋力トレーニングやダイエットの力になりたいし、引き続きトレーナー兼副社長をお願いするわね、私の大事な旦那様?」
「……畏まりましたよ、社長様」
微笑む柔に対して豪はやれやれといった表情で答える中、二人の左手の薬指には銀色の結婚指輪が煌めいていた。
筋肉の力 九戸政景 @2012712
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