トイレの冒険
西しまこ
第1話
本屋さんでトイレを借りた。
トイレは、レジのおばあさんに鍵を借り、奥のドアから鍵を開けて入ったところにあった。僕は用を足すと、ドアを開けて店内に戻ろうとした。
――どこ? ここ?
気づいたらボクは見知らぬ場所にいた。しかも、ボクは小さな子どもになっていた。
そこは深い森の中で、緑が生い茂っている場所だった。ボクはこんな場所、初めて来た。トイレに戻ろうと振り返ると、ドアは消えていた。
どうしよう?
ボクは泣きたくなる気持ちを抑えて、カラダはちっちゃくなったけど、おとななんだから! と、頑張って歩き出した。まずはここがどんなところか、確認しなくちゃ!
しばらく歩くと、小さな家があった。
お菓子の家じゃないよね? と思いながら、おそるおそる小さな家の扉をノックした。こんこん。小屋は丸太小屋で、全体が木で出来ていて、ところどころ緑の苔が生えていて、ずっと前からここにある感じがした。
こんこん。もう一度ノックをして待つ。しかし、反応はない。
扉を押すと中に開いたので、ボクは小屋の中に入った。
いいにおい。
竈でおいしそうなシチューが煮込まれていた。ボクのお腹がきゅるるって鳴った。
食べてもいいのかな?
鍋に近寄ったところで、扉が開いて、誰かの気配がした。ボクはびっくりして、かたまってしまった。
「ああ、また迷子か」と、そのひとはつぶやいた。
あれ? 本屋のおばあさん?
ボクは目を見開いて、そのひとを見つめた。本屋のおばあさんにそっくりなそのひとは、「食べると帰れなくなるぞ」と言った。でもボク、お腹空いているんだけどなあ。
おばあさんは目配せで、小さな四角いテーブルの横にあった丸太の椅子に座るように言い、自分も丸太の椅子の一つに座った。
「おぬし、名前は?」名前? 名前ってなんだろう? ボクはボク。
ボクが答えないでいると、おばあさんは深い溜め息をついて、「まずいのう」と言った。
「……鍵は持っておるか?」鍵? 鍵ってなんだっけ?
ボクはポケットをごそごそと探った。
あ、なんかある! ボクはポケットから、手に触ったものを取り出した。それは金属で出来た何かだった。鍵?
「とりあえず、トイレに行きなさい」トイレ? 別に行きたくないけど。
「そこのドアに入ってトイレに行き、その後、鍵で扉を開けなさい」
「そうしたら、あのシチュー、食べさせてくれる?」
「覚えていればな」とおばあさんは薄く笑った。覚えているに決まってるよ!
ボクはトイレに行き、おしっこをした。それから鍵で扉を開けた。そうか、こうやって使うんだね。
するとそこは明るい、本で溢れた世界だった。
――なんだ、本屋さんだ。
そうだ、僕は本屋さんでトイレを借りたんだっけ。
レジのおばあさんにお礼を言って鍵を返して、欲しかった文庫本を一冊買った。
了
「町の本屋さん」https://kakuyomu.jp/works/16817330653861045618
に出て来た「トイレのぼうけん」のお話です。
一話完結です。
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☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆
https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000
トイレの冒険 西しまこ @nishi-shima
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