第3話
「俺は、あんたらには、とんでもなく、すごく優しくしているんだよ。手足も縛らずに、ただこの室内に居たら良いとね、わかってもらえないようだな」
男の口調には、怒りも何もない。
事務報告のような言い方だった。
しかし、その言い方が妻をさらに怒らせたらしい。
「クソ野郎っ」
妻が歯を食いしばり、男を睨みつける。
「……ふんっ」
男は鼻であしらい、妻を荒々しく放した。
「女性は殴れない……」
と言って、僕の所にやって来る。
何が起こるかわからないうちに、
「ふんっ」
僕は、腹を思いきり蹴飛ばされた。
なんでだよ!
内臓が破裂したんじゃないってくらいの痛みだった。
お腹を抑え、痛みに歯を食いしばり、体を丸まる。
「もう一度、蹴り飛ばすか?」
男が妻に尋ねた。
「何度でもやりなさい、私はあなたを許さない」
「ふんっ、なんて女だ」
僕は、何でそんなこと言うんだ、と妻を責めたかった。
くそっ、もう一発来るのか?
痛みに悶えながら、男を見上げる。
「悪いがこんな事をしている暇なんてない。この部屋から出ずにいろ、今度出たら、手間がかかっても殺す、わかったな」
そう吐き捨てて、さっさとドアから外へと出て行く。
男が出て言った途端、妻がモンスター・ハント道具を入れてある木箱へとダッシュした。
中から、魔力剣を取り出す。
「これなら……あの鎧も真っ二つにできるわ……」
妻が、柄だけの魔力剣をぐっと握り、起動させた。
柄から、真っ赤な光剣が出現する。
目の前の光景を、僕は信じられなかった。
真っ赤な光剣に照らされる妻の顔が、ただならぬ表情になっている。
「お前、何する気だ!?」
妻が駆けだした。
「まっ待て、どこへいくつもりだ!?」
僕の制止も耳を傾けず、妻が部屋から出て行く。
痛がっている場合じゃないっ。
僕は全身に力を入れ、立ち上がり、妻を追った。
部屋から出ると、ちょうどリビングで妻が男の体を斬っているところだった。
魔法剣は、鎧ごと男を斬り捨てる。
男は血を流し、床に倒れた切り動かなくなった。
流れ出る大量の血、人を殺した瞬間を見たショックで、しばらくの間、僕は、硬直してしまう。
朝の、フクロウの鳴き声や、草木が風にあおられる音以外、何も聞こえない。気持ちのいい朝の音しか……。
だいぶたってから、妻は僕に近寄ってくる。
魔力剣の起動を停止した。
妻はぶるぶる震えながら僕に抱き着いてくる。
僕は妻を強く抱きしめた。
◇
これが事件のあらまし。
僕と妻は、この事件の事を思い出さないように、話題にしないように努力していた。
しかし、明らかに妻も僕も、暗い影響を受けているし、それはどうすることもできない。
まぁ、今では妻も冷静に、この事を友達に語れるようになっている。
新しくモンスターも飼い始めた。
一本足鳥が家の中を飛び回っているしだいだ。
それどころか、妻は、僕の趣味だったモンスター・ハントをやってみたいと言ってきた。
どうやら、強盗を殺した経験が、妻に変化を起こさせたらしい。
僕もモンスター・ハントは3度の飯より好きだし、一緒に行こうと、妻には言ったことはあった。
だけど、今では僕は、あんなにしたかったモンスター・ハントをしたいと思わなくなってしまっている。
モンスター・ハントをやめた理由 フィオー @akasawaon
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