第2話


「大丈夫か?」

「……」


 妻からの返事はない。


 ただ妻の顔は、真っ赤になっていた。


 抱きかかえていたスラちゃんは、妻の手から離され、今は寝室内をぴょんぴょん跳ねている


 いつもと全く同じだ……ダメージはないようだ。なつっこい性格が災いしたか。しかし、大したことはなくて良かった。


 僕は妻を安心させようと、


「スライムだから、ぼよぼよしてるから、ダメージもまったくなさそうだ、そんな心配することないよ」

「そんなことないわ」


 妻が即反論してくる。


「あいつ、ゆるせない……」


 わなわなと声が震えていた。


「……頬が、すごく痛い……、ねぇなんか、なってるかな……」

「あいつ、他の子には何もしないでしょうね……」


 僕を無視して、妻は立ち上がる。


「……おい? どこへ行くんだ」


 そろそろとドアに近づき、扉に耳を当て気配を探ると、音もなくドアを少し開けた。


「やめろ、静かにしていよう、見つかったら何されるか」

「やっぱりあいつ、家宝の虹色水晶を狙ってるわ」


 妻は僕を無視して、ドアの隙間から様子を窺っている。

 

「何をする気なんだよ」


 痛む頬を押さえながら、ふらつく足取りで妻の元へ近寄った。


「あなたの、モンスター・ハントの道具を使うわよ」


 妻は、寝室の隅に置いておいた、僕のモンスター・ハント道具に目をつける。


 妻が、スタスタと僕の横を通り過ぎ、木箱を開け、


「荒縄、ボウガン……」


 手に取り、


「これで……あいつを……」


 呟くと、荒々しい手つきで、荒縄とボウガンを引っ掴んだ。


「な、何をする気なんだよ」

「……」


 妻は僕を無視して、再びドアまで小走りに行くと、ドアに耳を当て、辺りの様子を探りだす。


「こいつ! まだこの家にはモンスターがいたのか! 台の後ろに隠れていやがるとは!」


 あの男のイライラした声が聞こえてきた。


「グリフォンって、くそっ、おとなしくしやがれ! 虹色水晶を運び出さなくちゃならないんだよ!」


 妻はゆっくり音もなくドアを開け、


「急がなくちゃ」


 外に出て行く。


 出ていったドアの隙間から覗くと、妻は荒縄を、廊下に置いたキャビネットの足に巻き付けていた。


 ……何やってんだ?


 そして妻はボウガンを、キャビネットの向かい側にあるチェストの下、置物に隠れて見えないように置く。


「よし、これで完璧。これで鎧のない脚に当たるわ」


 妻を戻ってくるなり、したり顔で言った。


「何が、完璧なんだよ」

「しっ、来るわよ」


 妻が、寝室に置いてあった花瓶を引っ掴み、廊下の奥の方に投げる。と同時にドアを閉めた。


 そして妻はドアに耳を当てる。


「まさかあれ、罠のつもりか?」

「しっ」


 バタバタした重い足音が聞こえてきた。


「花瓶が割れている? あいつら、まさか逃げたのか?」


 あの男の声が聞こえる。


 男のバタバタした足音が近づいてくる。


「うわああああ!」


 男のビックリした声。


「ギャーーーーーーーン!!」


 次に甲高い悲鳴。


「なっなんだ!? 弓矢? なんで、こんな罠が!?」


 男のうろたえる声。


 う、うまくいった、のか?


 妻は、にたりと笑っている。


「アブな。少しずれてたら当たってたぜ……」


 男の安堵する声。


「えっ? 失敗、した?」


 妻が、か弱い声を出す。


 恐る恐ると言った様子で、ドアを少し開け、様子を窺いだした。


 妻の目が見開かれる。


 驚愕した表情。あんぐり開けられた口を手で覆っていた。


 僕ものぞき見てみる。


「あっ!」


 グリちゃんが、ボウガンの矢で串刺しにされている!


「こいつのおかげで助かったぜ」


 男は、血まみれのグリちゃんをドスンと、床に落とした。


「くそっなんでこんな罠、あいつらが?」


 男がこっちに振り向く。


 ひたひたとした足音が、こっちに近づいてきた。


「来るわ!」


 妻が、モンスター・ハント道具の入ってある木箱にダッシュする。


「な、なにを?」


 戸惑う僕を知らぬ顔で、モンスター用のトラバサミを出して、


「これで、くそっ、仇を討ってやるわ」


 妻がドアの前に戻ってきて、セットした。


 ちょうど、ドアから入ってきた奴の足が踏みつけてしまう位置だ。


「よし、離れて、邪魔よ!」


 スラちゃんが興味深そうに、いつもの好奇心のまま罠の元へ寄っていく。


 僕が後退ると同時に、ドアが勢いよく開かれ、男が飛び込んできた。


 デカい脚が、設置されたトラバサミに向かって落ちていく。


「ああっ!」


 思わず声が出てしまった。


 スラちゃんがぴょんぴょん撥ねて、男がトラバサミを踏む前に、


「ピャーーーーーーーンッ」


 甲高い悲鳴と共に、スラちゃんに鋭い金具が突き刺さる。


「なっなんだ!? トラバサミ、なんで、こんな罠が!?」


 男のうろたえる声。


「スラちゃーん!」


 妻の悲鳴。


 男に掛けるはずのトラバサミに掛かってしまったスラちゃんに駆け寄る。


 体が、綺麗な水色だったのが、灰色になっていく。


 つまり死んだのだ。


「そっそんなぁ!」


 泣き叫ぶ妻の顎を、男は荒々しくつかんだ。

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