モンスター・ハントをやめた理由

フィオー

第1話


 通った鼻筋の妻の横顔を見つめる。


 この気持ちは何だろう。


 モンスター・ハントは、国民の最大の娯楽だ……。


 野性のモンスターを、武器を持ち、狩る。


 あの楽しさは、僕らの中にある原始的な快楽なのだろう。


 妻と出会った時、妻はモンスター・ハントを険悪していた。


 野蛮であるというのが理由だ。


 逆に妻は、モンスター・レイズをしていた。


 モンスターを飼って育てる(レイズする)、とかいうあれだ。


 付き合い始めだった僕は、その事を知ると、うんざりした。


 三度の飯より、モンスター・ハントが好きだったからだ。


 とんでもなく高かったが、ハント用武器の魔力剣も買ったばかりだった。


 それなのに、何が嬉しくて、モンスターなんぞと一緒に住まなけりゃならない。妻はモンスターをよりにもよって家の中で飼っていたんだ。


 もちろん飼っているのは小さい奴だが……。


 しかし、愛する妻が嫌がるのだから、仕方ない。僕はモンスター・ハントをやめた。


 ただ、魔力剣が心残りだ。


 鋼鉄の鎧でも断ち切れる魔力剣……かなり高い金を出して買ったのに……いや、もうなんでも良いっ、やめたんだから。


 僕らは愛をはぐくみ、出会って3年後に結婚した。


 都市の郊外にある家を買い、暮らし始める。


 そんな金があったのは、妻の方が受けた遺産のおかげた。


 妻の死んだ父は、古美術商で、妻のために何個か高価なものを残した。


 その芸術品を、何の興味のない妻はほとんど売って、金を作る。


 残っているのは、これから住むのに家具として使えるキャビネットやチェスト、テーブルなどと、家宝の虹色水晶。


 これは1個で、家が2軒も買える代物だ。


 応接間に飾ってある。


 あと、ついでに僕のハント道具。


 思い出の品なので、捨てれなかった。でも持ってきたは良いけど木箱にしまったまま一度も取り出してなかった。


 まぁそんな、家具も買いそろえた家に、2人で暮らし始める


 いや、2人ではないな。


 2人と、2匹だ。


 1匹目は、体長40ゼンヂの、グリフォンの子供だ。


 都市の中に迷い混んだのを妻が拾ってきたやつだ。


 親と離れ離れになり、たったひとりで、こいつは街中でウロチョロしていた。


 グリフォンというのはハントされて死んだ母親の死体に、ずっとくっついてくる。


 それで、都市の中に入ってしまったんだろう。グリフォンが街中にいるのは、大変珍しいが、たまにある。危険も別にないが、即見つかり次第、警備兵に通報、殺処分されている。


 しかし、運の良い事に妻が一番早く見つけたため、グリちゃんは殺されることなく、いまでは元気に部屋の中を、ウロチョロしている。


 2匹目は、体長20ゼンヂくらいのスライムだ。


 これは、郊外をピクニックしていた時に見つけた。


 こいつの生態など全く知らないが、モンスターの癖に人間を怖がらず、妻の元にぴょんぴょん撥ねて近寄ってきて、そのまま妻は愛着を持ってしまう。


 仲間にしてほしそうな眼で見つめてきて、僕らのデートを台無しにしてきた恨みも、もう消えた。


 今では、スラちゃんも部屋の中をぴょんぴょん撥ねて、尋ねてくる人があると、すぐに近寄ろうとしている。まったくなつっこい。


 妻が人を殺したのは、この家に越してから半年後の事だった。


 寒い冬の、一番寒い早朝の事。


 僕らは、冬の山で取れるベルキノコの収穫に出かけようと、準備をしていた。


 これが僕らの仕事だった。


 横で支度する妻が、突然振り向く。


「どうした?」

「何か、音がしなかった?」

「……別に……」

「いえ、したわ……」


 その時、寝室へと続く廊下から突然男が現れた。


 鋼鉄の鎧を身に着け、泥の付いた汚いブーツに、毛むくじゃらの腕した、布で顔を隠した男は、鈍く光る剣先を僕らに向ける。


 あまりの事に、僕らは動けなかった。


 男がゆっくり近づいてくる。


――妻を守らなくちゃ。


 僕はそう思い、立ち上がろうとした。


「座っていろ! 2人とも殺すぞ!」


 男の怒号に、力を入れた脚から、ゆっくり力を抜いていく。


 そのまま、男は僕の傍まで歩いてきた。


 そして、片足を振りかぶり、


 ガンッ!


「うわっ」


 僕の体を思いきり蹴とばす。


 冷たい床に、僕は倒れ込んだ。


 強く顔を売って、鼻血が流れ出た。


 脳震盪がして、目がくらくらする。


 蹴りを受け止めた腕が、すごく痛い。


 後で判明したが、この時、骨にひびが入っていた。


「何もしゃべるな、指先一つ動かすな、そうすれば……」


 と、その時、


「なんだ? モンスター?」


 男は、背後から現れたスラちゃんに驚き退った。


 人懐っこい性格のスラちゃんは、いつもどおり尋ねてきた人に近づいていったのだ。


「なんで、モンスターなんかが……」

「飼って……いるの……」


 妻が狼狽える男に言った。


「飼う? ははは、なるほど、跳んだ物好きだ」


 笑いながら男はスラちゃんに向き直り、片足を振りかぶる。


「な、何する気なの!」

「黙れ! この、驚かせやがって!」


 男はスラちゃんを、僕と同じように蹴とばした。


 スラちゃんは、ボールのように天井に激突した後、跳ね返り、壁に叩きつけられ、最後に床に叩きつけられる。


「きゃあああああ!」


 妻が悲鳴を上げた。


「やめて! その子には何もしないで!」


 スラちゃんに駆け寄り、スラちゃんを抱きしめる。


「あっ動くな!」


 男が、スラちゃんを抱きかかえた妻の髪を乱暴に掴み上げた。


 その時、僕の視界の端に、グリちゃんが怯えて虹色水晶の置かれた台の陰に隠れたのが見える。


 よかった、あいつは無事に居られるっぽい。


「てめぇら、立ちやがれ!」


 それから僕の方に近寄ってきて、僕の髪も掴み上げてきた。


 僕らは、抵抗も何もできず、寝室にぶち込まれる。


「この部屋から一歩も出るな!」


 そう言って、男はそそくさと出て行った。

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