甘エビはブッコローにマッスル・デスティニー感じちゃう
ゴオルド
えびっちょ、まっちょっちょ♪
令和の時代のあるところに、ぱっとしない人間の若者に稽古をつけて、マッチョに育て上げる甘エビがおりました。
その甘エビは、これまでに無職、図書館の司書に向いてない司書、「俺、なんでこんな学部に入ってしまったんや」と悩む大学3回生などに稽古をつけ、教え子たちがボディービルの世界大会で入賞するたび、Twitterで「あの子を育てたのは自分っちょ」と自慢し、自己顕示欲と承認欲求を満たしておりました。
ややツイ廃気味な甘エビには、最近悩んでいることがあります。フォロワー数がなかなか増えないのです。それだけではありません。教え子の自慢をするだけでは、昔ほどには「いいね」やリツイートも稼げなくなってきたのです。
「平凡な若者がマッチョになるネタは、もう飽きられてしまったっちょ。SNSはネタの賞味期限が短いっちょねえ……」
これは何か手を打たないといけません。
甘エビは、手っ取り早くいいねを稼ぐために、話題性のある子をうまいこと口車に乗せてマッスルデビューさせてえな、などと考えました。甘エビだけに、とても考えが甘いのです。
そういう欲にまみれた心を持った甘エビでしたが、体はとても小さくて、100円玉ぐらいの大きさしかありません。普通の甘エビよりずっと小さいのです。
甘エビは、子供の頃、ほかのエビからからかわれていました。
「おまえのどこが甘エビなんだよ、小エビの間違いだろ。小さすぎて寿司ネタにもなれないじゃないか」
「ちりめんじゃこに混じってそう」
悔しい。
生まれつきの体型のことで、なぜこんなふうに他人エビから馬鹿にされないといけないのか。
小さなハサミの両手を震わせて、涙で枕を濡らす夜をどれだけ過ごしてきたことでしょう。
ある夜、涙をぬぐいながら、甘エビは決意しました。
「……もう馬鹿にされたくないっちょ。だから、マッチョになるっちょ!」
小さくても、体を鍛えて、強いエビになろうとしたのです。
こうして、マッチョの道を歩み始めた甘エビでしたが、どんなに鍛えても、殻に覆われた体では、マッチョになったかどうかまわりから見てわかりません。甘エビの努力を誰も認めてくれませんでした。
「悔しいっちょ! 悔しいっちょ! もし甘エビが人間なら、このあふれんばかりの筋肉を自慢するっちょのに! もし人間なら……人間なら……」
試しに暇そうな人間を捕まえて筋トレ指南をしてみたら、驚くほどマッチョに仕上がりました。こいつはすげえや。甘エビはおのれの指導力とマッスルメソッドを自画自賛しました。つい出来心でSNSで弟子自慢をすると、たくさんの人が褒めてくれました。心が満たされるのを感じました。「これだ」と思いました。
「もっと、もっと、みんなから注目されたいっちょ!」
甘エビは、SNSウケを狙い、自分のキャラづくりも始めました。もともと口癖だった「~ちょ」を意識してたくさん使うようにして、キャッチーなフレーズと踊りも考えました。
「えびっちょ、まっちょっちょ♪」
「エビと一緒にマッチョになろう! えびっちょ、まっちょっちょ♪」
そう歌いながら、足腰をくいっ、くいっと動かします。
ネタ被りを心配し、ネットで調べてみたら、「まっちょっちょ」というフレーズは既に使っている人がいました。でも自分の口癖の「ちょ」と「まっちょっちょ」はとっても相性が良いと思ったから、これで行くことに決めました。もし著作権とかで訴えられたら、海に逃げよう。そう思いました。
そんなこんなで、次の弟子を探していた甘エビでしたが、ある日、YouTubeでブッコローという鳥類の動画を見ました。
心が震えました。
「これだ」と思いました。
大きな目と、オレンジの羽。芸能人は基本呼び捨てにする強いメンタル。昭和生まれっぽい感じの話題と知識の豊富さ。
ぱっとしない若者たちに稽古をつけていた甘エビにとって、あまりにも鮮烈! あまりにもパッション!
「この鳥にマッスル・デスティニーを感じたっちょ!」
これからの時代、人間の若者はもう古いのです。今度は鳥をマッスルデビューさせるのです。話題になること間違いなしです。
甘エビは早速、ビジネスレターの書き方をネットで見ながら、ブッコローにオファーのメールを書きました。
返事はすぐに来ました。
「マッスルとか、そういうの、なんかしんどそうなんで、済みません、お断りします」
そんな感じのことが書かれていました。
「マッチョ~。なんでなの……悲しいっちょ」
甘エビは声を上げて泣きました。片思いでふられるのって、こんな気持ちなのかな。まだ恋を知らない甘エビは、そんなことを考えながら、たくさん泣きました。
自分で思っていたよりずっと、相手に惚れていた。そんなことにはあとから気づくんだ。恋愛小説に書かれていたセリフを思い出して、しみじみ噛みしめました。
「もっと違うビジネスメールを書けばよかったっちょ。アピールが足りなかったと思うっちょ。えびっちょダンスの動画とかも添付すれば良かったっちょ~!」
ああすればよかった、こうすればよかった。後悔の気持ちが次から次へと湧いてきて、甘エビを苛みます。
でも、いつまでもくよくよ泣いているわけにはいきません。
「えびっちょ、まっちょっちょ♪」
「エビと一緒にマッチョになろう! えびっちょ、まっちょっちょ♪」
つらいときこそ笑顔です。甘エビなりの笑顔を心に浮かべ、全力で足を曲げ、腰を振ります。
こうして明るく振る舞っていれば、うまいことカモ――新たな教え子候補が寄ってきてくれるかもしれないのです。
案の定、声をかけてくる者がいました。
「そこの甘エビさん、何をしているんですか?」
それはカクヨムのトリでした。大変な権力と財力を持った鳥類で、春になるとTwitterで大喜利をやる趣味があります。
甘エビは考えました。
ブッコローにはふられちゃったけど、このトリもマッスル・デスティニーの予感がしないでもない。
大喜利という趣味も強みになりそうだし、この鳥類をマッチョにして、「いいね」を稼いでみせる!
甘エビは、「えびっちょ、まっちょっちょ♪」のフレーズを繰り出して、この丸っこい鳥類を自分のとりこにしようと思いましたが、すんでのところで思いとどまりました。
だって、カクヨムのトリはKADOKAWA所属なのです。
法律とかコンプライアンス的なやつがうるさいかもしれません。
勝手にTwitterに写真を投稿したら何か言ってきそうです。
「まっちょっちょ」のフレーズに盗作の疑いをかけられても面倒でした。出版社はそういうのを気にするのです。
甘エビは、はっ! と気づきました。
よく考えたら、ブッコローも有隣堂という企業がバックにいるらしいので、もしも「えびっちょ、まっちょっちょ♪」を披露していたら、「それ盗作じゃないの? 著作権問題とかはクリアなわけ?」などと言われてしまったかもしれません。自慢のダンスを見せる前にふられたのは不幸中の幸いでした。
「ふう、危なかったっちょ~」
「どうかしましたか?」
「え? えっと、なんでもないっちょ~。ちょっと、ふざけて遊んでただけっちょ。それじゃ、ばいばい~」
自己顕示欲と承認欲求の塊の甘エビでしたが、危ない橋は渡らないのです。
「えびっちょ、まっちょっちょ♪」
「エビと一緒にマッチョになろう! えびっちょ、まっちょっちょ♪」
甘エビはカモが寄ってくるのを期待して、全力で踊りました。
「えびっちょ、まっちょ……あっ」
ずっとなりゆきを見守っていたKADOKAWAの鳳凰が、甘エビをくちばしで挟みました。
「あなたは誰っちょ、離すっちょ!」
「可哀想な甘エビ。他人の力を借りずに、自分の実力だけでTwitterでイキれるように努力する気はないのですか」
「そんなの無理っちょよ……だって甘エビなんだもの」
「では、あなたを人間に生まれ変わらせてあげましょう。次は言い訳せずに自力でインフルエンサーになるのですよ。ネタに困って迷惑動画をアップする人間になってはいけませんよ」
鳳凰は甘エビを一口で食べてしまいました。
「でもね甘エビ。承認欲求なんていうものは、顔も見えない誰かの「いいね」なんかで満たせるものではないのです。器に穴が開いていたら、どんなにたくさんの水を注ぎ入れても、何も残らないのですよ。あなたが来世でそれに気づくといいのですが」
鳳凰は炎の翼を広げて、次の輪廻転生へと甘エビを運ぶために旅立ちました。
☆☆☆
東京都S区――鳳凰が輪廻転生の因果律をいじったことにより、あるファミリーが突如発生しました。
図書館司書に向かない司書の母親、無職の父親、大学の学部選びを後悔する長男、小柄で筋肉質な次男といった家族構成のファミリーです。
その次男の名は、斉藤
えびっちょは、「有名になりてえー!」と常々思っているのですが、これといって特技も取り柄もない平凡な高校生でした。
こんな自分だけど、どうしたら有名になれるだろう。飲食店で馬鹿やってみてその動画をアップしたらバズらねえかなあ、などと考えていたところ、偶然「ブッコローの二次創作募集」という記事を見つけました。
えびっちょは、「これだ」と思いました。
「小説なんて書いたことないけどチャレンジしてみるっちょ! 頑張るっちょ! それで受賞して、ブッコローと対談してやるっちょよ!」
前世は甘エビだけあって、えびっちょの考え方はとても甘いのです。それでも、自力で有名になろうと努力するえびっちょは、ダンスを踊っていたときよりもずっと、生き生きとしていました。
<おしまい>
甘エビはブッコローにマッスル・デスティニー感じちゃう ゴオルド @hasupalen
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