不届き者への断罪

 奴の一太刀を浴びる直前、俺は元の肉体をカカシとすることで溶け出し、危機を脱することができた。


 城から抜け、人気のない場所に着き、液体状となっていた身体を元の形へと復元させた。


 俺は力の4割方を失ったものの、充分に存在を保つことができる状態にある。

 奴のことなどもう忘れてしまおう。そうでないと今の形を保てそうにない。


ガッ!


…ドサ


ハー…


 深呼吸しろ。

 憎しみとはそうそう消えるものではないが、このような状況でこそ前を向かねばなるまい。


ワワワワワワワ


「?

 なんだ」


 何やら大気がおかしい─


ザクッ


「グゥ!?」


 唐突な痛みに襲われた。見れば先程斬り付けられたところへ裂傷が走っている。

 奴の力によるものか、ドクドクと血がにじんでいる。完全には避けられなかったということか…


ダンッ


「この俺を虚仮こけにしやがって!」


 暴れたい衝動に駆られるも、今事を起こしては奴に察知される可能性があると考え踏み止まった。


 血はにじむ程度、致命傷からは程遠い。加えて備蓄には余裕がある。今は影で身を潜めるとしよう。


 それからは中々に寂寞せきばくたる生活を送ったものだ。

 食料はてきとうな家屋より調達し、宿は比較的豊かなものを選び、娯楽施設があれば使ってやった。


 どうやらその間にいくつか城が立っていったようだが、どれも俺の城ほどではなかった。


 俺の城はもぬけの殻となっていた。分かってはいたが奴は俺を倒したと思い込んだ後、どこかへ消え去ったらしい。


 玉座は多少の傷はあるものの大破という程ではなく、俺の死に体も無かった。腹いせに座ってやろうとも考えたがそんな気分ではなかった。


 玉座の間では他の○○を見ることができるようだ。これまで特に関心もなく、最後に使用したのは殺した○○の時ぐらいだったはずだ。

 俺は俺に危害を加えたような他の○○を観察するため、存分にその機能を用いた。


 ○○というのは想像より多く点在していた。

 近くを通るモノもあれば離れたままのモノもあった。それらを見てやるというのは、そこまで退屈するものではなかったが不快だった。


 なぜなら見た○○からは多くの刺客が送られてくるからだ。

 始めの頃は影の内から奴等を撃退していた。

 奴等は侵略者、俺が真の意味で打倒されたのならば既にこの○○は奴等の支配下になっていたことだろう。


 俺は奴等を殺し続けた。そして気が付けば玉座に座っていた。こちらの方が融通が利くと無意識に判断したのだろう。


 そして何十の○○を相手にしたか分からなくなった頃、世界は変動を始めた。

 地は二つに分かれ、天はまがり、俺は俺だけではなくなった。


 力がまた失われたと知り、俺は刹那の悲観に襲われた。が、気に病む時はそれほど用意されていなかった。

 ○○の侵攻が激化したのだ。

 この俺はそれから機械となった。


 そしてもう一人の俺様は城の外へと弾き出されていた。不満はない、そもそも執着があるわけでもなかった。それにこちらの方が遥かに自由ではないか。

 …いや、そうでもないか。俺様の胸には鉄の杭が打ち込まれていた。それによって力の8割を制限され、しばらくの間は思い通りにいかなかった。

 尤も、手強い敵と対峙することなどなく、困窮することもなかった。偶の敵兵などの対処には無駄に時間を使ってしまったぐらいだ。


 この世界に有るモノはどのようなモノであっても俺様の劣化に過ぎず、俺様無くして存在すらしなかったモノ達だ。だからこそ、俺様はこの世界で生きてやった。


 年月が過ぎる毎に胸の杭は効力を発揮せぬようになり、俺様の力も元へ戻りつつあった。おそらくは数多の子らが生まれたことで刺客らの監視対象が俺様以外にも増えたからだろう。


 だからこそ、他の○○へちょっかいを掛けてやった事にも気が付かないのだ。


 凹ませてやったり、裂傷をくれてやったり、呪いをかけてやったりもした。

 ストレスの発散にはちょうどよかった。なにしろ一度殺されかけたのだ。やり返さねば気がおさまらぬのは道理だろう?

 その代わり侵略者も増えたようだが俺様の知ったことではない。



 ある日散歩をしていると、俺様の劣化であるモノの一つがいた。何やらある○○へ攻め入りたいとのことだったから暇潰しにと付き合ってやった。


 久方振りに暴れるということもあり、歯止めなど効かさず暴れた。

 大穴を開け、一時その機能を止める程の襲撃となったようだ。やはり力を見せつけてやるというのは気分がよ─


ダゴンッ!!


 鉄塊を強靭な拳のみで打ち砕くかのような衝撃に依る奇襲、王様は自らの○○への急落下によってその意識を朦朧とさせた。

 彼らは姿を表すと瞬時に王様を隔絶地帯へ閉じ込め、逃げ道を無くした。

 攻撃の発案者は助けに来ない。既に敗し、逃げ去った後だったのだ。


 刺客が二名と傍観者が一名、刺客はそれぞれ他の○○の力を借りていた。

 これまでに何百と他の○○の刺客を相手にしてきた王様であったが、これほどの力を持つ刺客を相手にしたことはなかった。


 一人は巨大な斧を持った大柄の男。その肉体のたくましさ、存在は王を打倒した者の比ではない。


 もう一人は片手剣と盾を携えた亡者。体が大きいわけではなく、何か特別な技能を持っているようにも見えないが、その瞳の奥には得体の知れない何かが渦巻いているように見える。


 最後の一人、傍観者。白い槍を持った異形の使者。翼を生やし、長い手足が特徴的だ。持つ槍には苔が生えており、両先端から中央へ太さを増すモノだ。片側には細かな棘が生えているようで、血が染み付いているようだった。

 傍観者は基本戦いには参加せず、世界にとって大きな戦いが起こる時現れる存在だ。

 傍観者はビルの屋上から様子見をしているのだろうか、その表情は掴めない。


 他にも気配はあったが直接相見えたのはこの三名である。


 沈黙から、交戦までに瞬きの間さえなかった。 


ドォッ


 王様の右腕から繰り出される不可視の圧が正面の大男と亡者へ襲い掛かる。

 大男は跳躍によって避け、亡者はその盾を凹ませて路地裏の奥へと吹き飛ばされた。


ガッ


 その体重と筋力の乗った重い一撃が王様の左腕による不可視の圧に防がれる。王様の表情にはいつもの余裕がない。


 大男はグッと力を込めてその巨体を翻し、元の位置へと着地を決め、それと呼応するように亡者が突きに掛かる─


ザカッ


だが王様の瞳により描かれた斬撃で、胴を割かれてしまう。


「フン、この程度か!」


 奮い立たせる意味での咆哮と共に右腕を引き絞る。大男へ渾身を食らわせてやるための予備動作だ。


━ズッ


 それは不可避の一撃であった。

 殺気を完全に隠し、潜んでいた傍観者の槍による背後からの奇襲。王様の死角から急所へと突き刺さる終決への一手となった。


 王様は突然のショックで動揺し、迫る大男に気付けない。覚めた時には大斧を振り上げる大男の姿があった。

 反射的に稼働する両の手、それは防御と言うにはお粗末だった。


ザグン!!!


 右肩から左大腿骨へと刻まれる渾身の制裁バツ。そこで王様の意識は飛んだ。


ズオウ!!ズオオウ!!ズオオオオオ!!!


 暴走する力による乱気流は辺りの建物の壁を抉り抉り、いくつもの崩壊を巻き起こした。

 相手が常人であれば道連れも可能だっただろうが彼らには全て当たらなかった。


 吹き荒れる暴威の中、王様へ這い寄るのは亡者である。刻み込まれた傷口を手がかりにして、王様の心臓へ半壊の剣を突き立てた。


 暴威は勢いを失くし、王様の意識は否が応にも引き戻される。目前に在るのは呪いの奔流、渦巻く数多のモノを視認した。


 それが無念にも打倒を果たすことのできなかった刺客達の意志であることを王様は理解し、一度目の敗北も彼らによるものであったという事実をその身に再び味わい、ようやく


「いたのか、お前たち?

 俺と同じ、この世界に──」


ブバッ!


 勢いのよい噴水のように吹き出す原液後悔。隔絶地域一帯を染め上げて、自らの死地であると訴え掛けるかのようにその場を占領していく。


 それは偽の王ですらなくなった不届き者には相応しい、甚だ無様な光景であった。

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我儘の代償 青空一星 @Aozora__Star

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