第50話:ヒーロー(番外編)


 最近の瀬名くんは返事してくれます。

 だから休み時間もついつい話しかけちゃう。瀬名くんの調子が良さげな時は席から離れらんない。

 今日? うん、座りっぱ。

 

 他の女子は多分知らないんだけど、瀬名くんの声はどちゃくそカッコイイ。

 なんか耳の奥がぞわっとするんだけどね嫌じゃなくって、寧ろもっと聞きたい。

 もうこれはアレ。推しです。リラッ〇マ以来の。


「瀬名くんの声ヤバ過ぎなんだがー」

「おや。ちづにときめいてるの?」

「ときめくというよりどっごんどっごんします」

「……どっごん。ドキドキ的な?」

「そういう話は俺がいないとこでしてくんない」


 ぐはっ! 長文はダメだってば瀬名くん!

 せめて比永くんじゃなくあたしに言ってほしい。比永くん相手だと低音ボイスえっぐいから!


 でもまぁ、言うても? 今はまだ聞き慣れてないだけで、そのうち当然になっていくんだろうけど。

 あたし慣れるの早いかんね!


「ちづの声は武器だよね」

「武器ぃ?」

「前に何かで読んだよ、低い声って男性ホルモンのナントカってのがアレで、モテ要素の一つらしい」

「すげぇな、智也。サッパリ伝わらん」

「生物学っていうか~」



 ――ねぇ、瀬名くん。

 瀬名くんは知らないと思うけど、あたしにとってキミはヒーローだったんだよ。


 男子から助けてくれた。

 だいじょーぶか? って声をかけてくれて、話を聞いてくれて、次に遊ぶ約束をしてくれた。

 瀬名くんにとっては大したことじゃなかったかもだけど、あたしの世界にいる男子は意地悪なことをしてくるか見ないフリするか、それしかなくて。

 だから割と衝撃で。

 めちゃくちゃかっこよかった。


 瀬名くんとの出会いはね、皆で騒ぐのが大好きな自分に戻してくれるキッカケだったの。

 恐怖が嫌悪に変わって。何で自分がコイツらのせいでジメジメしなきゃいけないんだって。丸くなってた背筋を伸ばせたんだ。

 少し高くなった目線で見たらね、全部があたしの敵なわけじゃないことに気付けたんだよ。


 瀬名くんはあたしの中に、まるでお守りみたいな感じでずうっといてくれたんだ。

 ふとした時にぼんやりと想ってたから高校で比永くんを見て「あの時の子だ」ってすぐ分かったし。

 でも瀬名くんは印象が変わってて。「ちづ」って呼ばれた時はちょっとだけびっくりしたな。


 同じクラスになって隣の席になれて。気付いてくれるかなってたくさん話しかけたけど。

 まさか女子がダメになってるとはねー。


 だけど瀬名くんは瀬名くんだったよ。

 振る舞いが変わったのは、苦手なものができた自分と付き合っていくために頑張ってるからなんだって、見てて思った。

 瀬名くんはやっぱり凄い。


 最初は正直に言うとね、ちょっと残念だった。仲良くすることは難しいのかなって。

 でもだからって「苦手なくそうぜ!」とは思わなかったよ。だってそんなのあたしの都合じゃんね?

 瀬名くんが克服したいとかであたしにできることあるんなら、そりゃあもう喜んでやるけど。


 小学生の頃、「前向きに行こう!」「後ろばっかり見てても楽しくないよ」って先生に言われたんだけど、あれちょっとモヤってさぁ。

 いや、励ましだって分かるんだけど。前とか後ろとかお前の目線だろって思ったよね。


 どっち向いてたってさ、瀬名くんであることに意味があるんだし、あたしであることに意味がある。

 比永くんもやっちゃんも、みーんなそうでしょ。


 瀬名くんがあたしに普通寄りになってくれてることは当たり前に嬉しいし、これからもっとお喋りとかしていけたら、更にすっごく嬉しい。

 でもそれは瀬名くんのペースがいいなって思うんだよ。



「あ、二人ともおやついる? フランスパン」

「白坂さん、お昼まであと一限だから頑張って」

「フランスパンがおやつ……?」

「イヤッ! せ、せなくん、なんかさっきより低くしてるくない!?」

「あー……意識してる。物は試し」

「た、試しってなにを!? うおおお、どっごんどっごんするぅ……。ただでさえかっこいいフランスパンが色気をまとっているぅ……」


 体を丸めて足踏みしていると、「どういうことだよ」って瀬名くんの小さな声が聞こえた。

 ちらって顔をあげたら瀬名くんは笑ってるみたいだった。

 え、みたい……っていうか、イヤッ、ちょ、笑顔だったんだけど!

 頬杖で全部は見えなかったけど口角あがってました! 目もちょっと細くなってた!


 え、わ。なんか胃のとこぎゅーんってする。


「そういえば白坂さんって太鼓の〇人の顔っぽい時あるね、もしかしてどっごんって太鼓?」

「……」

「あれ、ちづやばい。白坂さんフリーズ」


 ハッ。息止めちゃった。

 だって体の真ん中らへんがそわそわしちゃって。

 えー、なにこの感じ。あたしの心臓レモンでもかじったのかな。ぎゅうって、きゅううってなる。

 あ、待って。あのゲームのキャラ? ばちくそ可愛いじゃん。


「白坂さん、ちづはこういう男だよ。人を悶えさせても表情変えずに興奮している変態なんだ」

「やっば! 瀬名くんエッロ!」

「今の聞いてそうなるか?」

「ほら、白坂さんって陽気なむっつりだから」

「比永てめぇ」

「ところで智也、お前覚悟しとけな」

「えーどしてー? ちづくんこわーいへんたーい」

「いや、本当に覚悟しとけよ」

「ごめんなさい」




 ねぇ、瀬名くん。あたしねいつかあの時の話をしたいんだ。

 もしかしたら覚えてないかもしれないね。

 ううん、忘れ去られててもいいから、キミのかっこよさとか語りまくってやろうと思うよ。

 あの時あたしにかけてくれた言葉なんて、「そんなこと言ってない」って否定してきそうだけど、あたしの頭にはこびりついてるからね。

 え、なんて言われたか? ……うっふふ~。


 瀬名くんは絶対恥ずかしくなって、もうやめてって言ってきてさ。でもあたしはやめないんだから。

 だって知ってるもん。瀬名くんは最後まで話を聞いてくれる人だって。最初からそうだったもん。


 初恋キミの話をするあたしはきっと興奮状態で顔もだらしないんだろうな~。

 でもきっと瀬名くんも崩れるよね。赤面しちゃったり? ヒャフゥ、そんな瀬名くんは想像もできない! あ、飽きさせないように落語とか聞いて勉強しとこうかな。うん、そうしよ!






 *** **



「え、こわ」


 帰宅後、交換日記を開いて声が出た。




 9月29日(金)


 けついひょーめー!

 せなくんを真っ赤にそめます。かくごしててね!


 やっば。書いたらワクワクしてきた。

 なるはやでじっこーするね。


 では。よい週末を~




「俺ボコられるの? こわ」






 完













――――――――


 お読みいただきありがとうございます、なかむらです。

 本当は莉子・智也視点での番外編を書いておりましたが時間がかかりすぎているので、智也くんには辞退していただきました。ごめん智也。


 なかむらのマイペース更新に最後までお付き合いいただき、千弦たちを見守っていただけたこと、本当に感謝です。

 半年間ありがとうございました。



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隣の席のギャルはなぜか俺を構う~無視してたら交換日記が始まりました~ なかむらみず @shiratamaaams

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