第49話:萌芽なエピローグ
***
決まった時間に起きて動いて勉強する日々が、今日から始まる。また隣の席で白坂が騒がしいのだと思うだけで体が重い。
まだ校舎どころか高校敷地にも辿り着いていないのに疲れてきた。
「ちづ、今朝はご機嫌だね。星座占い一位だったから?」
「どこがだ。疲労感駄々洩れだろ」
「ふうん?」
だけど疲れるのもいいかと、思わなくもない。
アイツが騒々しいのは俺の日常の一部となってしまっているから。
当たり前にあるものを排除するのは無駄なエネルギー消費というものだ。
受け入れる方が省エネだろう?
「あ、分かった。席替え期待してるね?」
「席替え……?」
「あれ、違った?」
……アァマァ、ウン、ソウネ。
「あらいやだ。ちづくん、りーちゃんと離れたくないのぉ?」
「……」
「あだだだだっ! 二の腕の柔いとこは引っ張らんといて!」
席替えは望んでいるよ。
希望もあるさ。できるなら窓際、後方な。
暑さもそろそろ落ち着いてくる頃だ、日差しに苦しむこともない。
期待はしている、それは間違いない。
今は頭になかっただけで、白坂の隣からの解放を俺は願っている。
だが俺には予感があった。
隣の席じゃなくなっても、俺の日常には白坂がいる。という予感が。
そこに白坂の振る舞いや性格は関係していない。
俺主体の思考からきているものだ。
そう思わせる何かが俺の中にあって、その『何か』を言語化できないのはもどかしいが。
「もーっ、的確にうっすいとこ狙わないで」
「次はない」
「照れちづ?」
「次はないって言ったよな。喉ちぎるぞお前」
「あっ、あれ白坂さんじゃん?」
「よっしゃ、喉出せ」
「白坂さーん! おはよー!」
俺らの前を歩く生徒らが数人、智也のでかい声に視線を向ける。
智也は気にすることなく長い手をぶんぶんと左右に振って、正門の手前で足を止めた白坂も同様の仕草を返してきた。
遠くからでも分かる、満面の笑み。
朝から表情筋しこたま使って、すごい人だよ。
「おはよーっ、瀬名くん! 比永くん!」
新木と再会して俺は改めて思ったことがある。
女子が苦手。そうなったキッカケは新木だ。
あの場面、あの時の動悸、鬱屈した日々。そんな記憶が脳や体に作用しているのは間違いなかった。
でもそれだけじゃない。
そこにくっついてくるのは、新木に対して動くことのなかった情けない自分。
話をしたかったのに。方法はいくらでもあったのに。俺は何もしなかった。
思春期? 恐怖? 傷心?
言い訳はいくらでも浮かぶ。当時の自分に寄り添う言葉はいくらでもある。
だけど動ける人間だと思っていたから。『りーちゃん』の時もクラスでのもめごとも、俺は思うところがあれば行動していたから。
正義感ではない。後々モヤモヤしたりでかくなってしまった事態に巻き込まれるのが嫌だっただけ。
最短で動かなかった場合にかかる労力は無駄だと考えていたからな。
智也は俺をちょっといいように誤解しているからヒーローだとか言うんだが。
好きな人に拒絶された。
そこにプラスされる自分への落胆。
複雑にしたくはないのに、勝手に絡み合い俺を縛り付ける。
だから新木の気持ちを聞いたところで女子への苦手意識が変わることはない。「おはよう、比永くん瀬名くん」と今、横を抜けて行ったクラスメイトらしき人物にも肩が揺れてしまったし。
そこに関しては今まで通り自分なりの付き合い方でいくよ。克服したいと思えたらその時考えよう。
ただもう俺は『あの日』に戻りたくない。智也や家族、友達。それから白坂には、自分の中で大事だと思うことは伝えたい。伝える努力をしたい。
それをすることですれ違いや誤解が回避できることもあるだろうし、何よりきっと気分がいい。
改めて思ったんだ。
そうすると夏休み明け一発目、白坂からもらうであろう交換日記の返事が浮かんで。
文字にするのも改まってというのも少々気恥ずかしいものだけど。
一学期、非常に疲れる毎日だったことは否定しない。でも二学期を目前にした俺に憂鬱はなかった。
多分、白坂がいる日常は楽しかったんだ。
だから俺は白坂に伝えたいと思った。
感謝的な意味も込めて、『二学期も――』
「瀬名くーん、比永くーん!」
「あはは、めっちゃ手振ってる」
「二学期もよろしくーっ!」
……ふうん。
却下だ。
今、長々と馳せた思いは、そこからきた返事は、却下します。何も書かずに返そう。
伝える努力をする、その方向はブレないけども。でも今回はやめる。
かぶったのはちょっと、嫌。
「さすが白坂さん。夏休み明けの憂鬱とかないね」
「つかアイツ、キラッキラしてんな」
「きらっきら? あぁ、元気いっぱいってこと?」
「じゃなくてリアルに。こっちからなら見え……」
雨上がり、太陽が照らす景色みたいにキラキラしてるアレが、俺には見えて智也には見えていないとは。角度の問題か?
しかし言葉は途中で止めた。
ニタァと笑う智也にイラッとしたからだ。爪みたいな目しやがって。
「ちづぅぅ」
「キモい」
「学校始まって嬉しいねっ」
「知らなかったよ、お前がそんなに学校好きだったとは」
「ついでにちづの知らないこともうひとつあるよ」
「へえ? なに」
「いや、この世で俺だけが知っているのかもしれない。まだ蕾……いえ、種ですかね」
「なんだよ、さっさと言え」
「じゃあヒントね」
「うっとうしい。喉出せ」
「ちづが今笑っているのは何故でしょう」
了
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