第48話:数回の繋がり


 ***



 同日、深夜。リビングに響くテレビの音は大きめ。見てもいないのに無意味なボリュームだが、只今智也は静寂を許さない。

 平穏な時間は続くわけがない。分かっていた。

 想定内だ。そろそろ寝るかとなった頃ビビり智也ご帰還。ぴぎゃあぴぎゃあうるさい。

 何もない背後にびくつかれたり、思い出したのか突然ひぃぃと叫び声をあげられるのは疲れた。

 想定していようと面倒な展開である。


「そういや、さっき新木が言ってたんだけど」

「えっ、新木? ちづの口から新木さんの話? いいね! なになに」


 しかし俺には提供できる話題がひとつある。気を逸らすには十分だと思う。

 新木から言われたことは智也にも聞かせたい内容だった。


「俺ら、白坂と昔遊んだことある」

「……昔? って、いつ?」

「小学生ん時」

「え、うそでしょ」


 ほっと胸を撫で下ろす。良かった、もしコイツは既に気付いていたとか最初から知ってたとかだったらどうしようかと思った。


「病院の近くの公園で遊んだことあったろ」

「うん」

「そん時さ、じいちゃんと遊んでる女の子いたじゃん」

「……りーちゃん?」

「それ」

「うっそ! まじで!?」


 よく即座に思い出せたものだ。俺は新木から『りーちゃん』と聞いてもすぐにはピンとこなかったのだが。


 その子との出会いは俺らが幼かった頃。

 タイミング悪く検査だか医者と話をしているだかで、おばちゃんとすぐに会えなかった時があった。

 智也の笑顔が何だか変に見えて、俺は近くの公園で遊ぼうと引っ張っていった。


 そこは遊具が豊富で、俺らと同じくらいの子供たちがあちこちにいて。初めて入る所謂よそ者な俺らは無人だったジャングルジムで遊んだ。

 様子を窺っていると砂場の隅っこにじいちゃんと遊ぶ女の子が見えた。


 電話なのかトイレなのか。理由は分からないがじいちゃんが公園から出てすぐ、ボールで遊んでいた男子が駆け寄っていく。

 なんとなく眺めていると、「お前なんでじーちゃんと遊んでんの?」「ここはこどもが遊ぶとこだからおとなと遊ぶんなら出てけよ」とかなんとか。


 ジャングルジムから降りられなくなっていた智也を置いて俺はそこに向かった。何故そうしたかは分からない。衝動的なものだったと思う。

 ここからは記憶が曖昧だ。なんか口を挟んでドーンって押されたからドーンってし返したんだっけ。


「ぶっ飛んだよね、あの男子」

「俺の記憶にそんな映像はないんだが」

「ドーンされてドーンして蹴られて蹴り返したら飛んでったよ。俺はしっかり見ていたからね。俺のこと忘れてないかなって、いつ助けてくれるかなって。ぷるぷる震えながらね……」

「そういや、お前どうやって降りたんだっけ」

「泣いてたら戻ってきた『りーちゃん』のおじいちゃんが下ろしてくれた」

「お前……」


 あの男子がその後どうしたかは覚えていないけど、俺らは『りーちゃん』と遊んだ。

 何故新木が知っているのかと言うと後日、彼女はあの公園に遊びに来たからなのだけど。


「……何でこっちに来たんだっけ」

「ちづがナンパしたんじゃん」

「それだけは違う」

「またいじめられるんじゃないかって心配してさ、俺らが遊んでる公園に来ればいいって」

「それはナンパとは言わない」

「知らない場所だしちょっと遠いしで、ちづがおじいちゃんにお願いしたんだよ」

「記憶捏造してね?」

「俺は記憶力いいからね。ちづはあの日『りーちゃん』と何して遊んだか覚えてる?」

「……。鉄棒トカ」

「そんなのしてない。ままごとしたの。おじいちゃんが赤ちゃん役だった」

「ふ」


 言われれば思い出した。じいちゃんの恥ずかしそうな赤ちゃん役はなかなかだったな。


「俺、記憶のある限りだとアレが最初で最後のままごとだったと思うわ」

「そうだねぇ、幼稚園とかね、してたかもだけど俺もさすがに覚えてないかな」

「お前は確かおとーさん役」

「そうそう。ちづは長男ね、おじいちゃんのお兄ちゃん。あははっ」


 寸前まで『りーちゃん』との初対面時の記憶はおぼろげだったが、共有している人間がいると思い出すもんだな。

 だが顔は思い出せない。彼女自身への興味はなかったんだろう。一緒に遊ぼうぜってくらいの意識しかなかったんだと思う。


「二回くらいおじいちゃんと来てたけど、いつの間にか来なくなったよね」

「よく覚えてたよな、新木」

「ほんとだね。顔で気付いたってこと?」

「名前聞いてハッキリ思い出したって」

「フゥゥ~さすが恋する女の子だね。『りーちゃん』にピリピリしてたんだろうね、そりゃ覚えてるわ。恋敵の名前だもの」

「お前はアレね、もう何言ってもいいと思ってる節があるね。デリカシーどうした」


 ニヤニヤといやらしく笑う智也に若干の苛立ち。怖がらせてやろうかと思ったが、そんなことしたら自分がしんどくなるだけなのでやめておく。


「白坂さんは覚えてるのかな、あの時の男子が俺たちって」

「いやあ……、ないだろ」

「そりゃそうだよね。覚えてたらすぐに言ってくるよね、白坂さんなら」


 新木を含めた友達と俺らは『りーちゃん』と遊んだ。それは覚えている。

 でもやっぱり顔はよく思い出せない。


 人の過去なんて興味ない。ましてや小さな頃の姿なんてどうでもいい。

 なのに小さな白坂は見てみたいなと思って、すぐさまなんでだよとセルフツッコミ。

 その理由に『りーちゃん』が関係してなさそうなのが更に、なんでだよだった。


「ちづ? どしたの」

「へ。いや、なんでも」

「なに。なぜ無言で宙を見ているの。やめてよちょっと」

「違う違う。考え事」

「思わせぶりはやめて!」

「はいはい、ごめんごめん」


 ――俺は毎年、八月に入ると若干の憂鬱がある。大層なものではない、ちょっとふとした時に夏休み終了のカウントダウンを感じるんだ。

 来月から学校が始まるのか、と。


「え、ちづ何で笑ってんの」

「笑ってねーし」

「なんか乗り移ってるとかじゃないよね。やめてよちょっと」

「お前は本当に想像力がたくましいね」

「え、そう? ありがとう」


 今もそうだ。ふと思った。来月から学校かと。

 だけど胸にあったのは憂鬱ではなくて――、俺は口元を隠すように膝の上で頬杖をついた。












――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 本当は今回更新分で完結だったんですが文字数があまりにもだったので切りました。

 明日更新できるよう頑張ります。



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