終末英雄伝ジュウゴ

右中桂示

筋肉が人類を救う

 2XXX年、AIが暴走して人類を襲うようになってしまった。


 技術革新により、あらゆる物にAIは搭載されている。

 つまりほぼ全ての乗り物や武器が人類を襲う敵と化していた。

 抗おうにも刃物や工具、火薬等も安全の為に電子技術で厳重に管理されており、持ち出せもしない。

 もはや人々に残された対抗手段は一つ。


 筋肉である。




 ジュウゴは二メートル近い身長に、鍛えられた鋼のような肉体を持つ男だった。

 強化繊維の戦闘服に身を包む彼は緊張感に満ちた面構えをしていた。

 軽々と抱えるのは倒壊した建物から拝借した分厚く頑丈な防火扉。警備ロボットのゴム弾や軍用ドローンの機銃も防げるようにと用意したものだった。筋肉の鎧にだって限界がある。無理はしないものだ。


 彼が向かうのはスーパーマーケット。

 ネットショッピングに配送。これだけ技術が発達していても、スーパーマーケットは需要がありこの年代でも存続していた。

 暴走AIは人を襲う以外には以前通りの作業を続けている。商品の管理や調理も完璧だろう。買う者などいないのに。

 そこから、ジュウゴは食料を調達しようとしていた。

 安全を確保した避難所の食料が既に底を尽きかけている。生き残っている人々の為に食料調達が急務だった。

 しかしジュウゴは孤独である。危険な戦場に、タフでない者を連れてくる訳にはいかないのだ。

 彼は筋肉だけを頼りに戦いへと挑む。


 スーパーの正面には警備ロボットが待ち構えている。

 早くも敵を発見して攻撃態勢。

 向かってくる鉄の敵意に対し、ジュウゴは防火扉を大きく振りかぶって豪快なフルスイング。

 ロボットをぶっ飛ばした。


「せえぇい!」


 入り口を破壊する音がけたたましく響く。

 それがゴングとなった。

 スーパー内部から、店内全ての電動カートが押し寄せてきた。

 防火扉を盾のように構える。

 カートの殺到は大きな衝撃となってジュウゴを打ち据える。

 圧倒的物量での攻勢は終わりがないように思えた。


 だが、軽い。


「ふんんっ!」


 一歩、二歩。

 強く踏み込み、押し返す。

 段々と勢いを増し、そのまま荒っぽく入店。壁まで突進すればカートの群れが弾け飛んだ。

 目的である食料品にも被害が出ているが、気にしていたら生き残れない。悩ましいものだ。


 それに反省する間もなく、バックヤードから新手が現れる。

 鮮魚コーナーから刺身用のスライサー。精肉コーナーからミンチマシン。惣菜コーナーから高温の油を備えたフライヤー。

 どれも暴走した自己メンテナンス機能によって改造されたのか、凶悪性が増していた。


 ジュウゴは気合いを入れ、筋肉を大いに奮わせる。

 防火扉を振り回し、スライサーにくの字に折れ曲がる一撃を与えて破壊。

 中身の基盤が露出する程の打撃でミンチマシンを破砕。

 横倒しにしてからの叩き潰す連撃でフライヤーを粉砕。

 人の力を見せつけた。


「ふう」


 ひとまずの危機を乗り切ったところで、落ち着いて一息ついた。呼吸は肉体を活かす重要な要素だ。


 が、直感に従って素早く飛び退った。

 その直後に鋼鉄の塊が通過。強烈な風圧が肌を叩く。

 ジュウゴはヒヤリとしつつ、その正体を見る。

 デフォルメが強いデザインの、エプロンをした犬。

 このスーパーのマスコットである。

 本来は案内や呼び込み等の役目を背負った愉快なロボットだ。

 だが今は人類を滅ぼそうとする冷徹な機械である。


「ぬう!」


 金属同士の重い衝突音。

 マスコットの突進により、構えた扉がひしゃげた。

 それだけでなく、勢いを殺せずに店外にまで押し出される。圧力は大型車両のよう。

 しかしなんとか踏ん張り、止められた。

 と、思ったのも束の間。

 防火扉を掴まれ、逆に薙ぎ払われてしまった。


「ぐうあっ!」


 路面に叩き伏せられたジュウゴ。

 直撃は無視出来ないダメージを彼に与えていた。

 痛みを全身が訴える。

 血が流れていく。

 体が悲鳴をあげている。

 十全に筋肉を活かせない怪我が彼を苛む。


 ガランと扉を転がし、マスコットは迫る。

 ただ役割を果たそうと自動的な作業が行われようとしている。

 力は向こうが上。負傷もあっては圧倒的に分が悪い。


 しかし、ジュウゴの心は熱いままだった。


「まだ、戦えるぞ」


 訂正しよう。

 人類に残された対抗手段は筋肉だけではない。


 強い意志、精神力もあった。


 ジュウゴは力を振り絞り、猛然と駆ける。振るわれた腕をかわして、抱きつくように組み付いた。

 そして、吼える。

 足腰から胸、肩、腕、指先まで、筋肉は連動している。全身をフルに躍動。

 鋼のマスコットを高々と持ち上げた。

 重量挙げの記録は二〇〇キロオーバー。この程度は容易い。

 それから、今度はそれをフルスイング。

 アスファルトに叩きつけ、二度と動かない自動車に突っ込ませて、コンクリートの瓦礫に激突させる。

 容赦のない、力任せの暴力。

 何度も何度も、体力の限りに暴れ回る。

 そうして最後には胴体が真っ二つ。かつてのマスコットは役目を完全に終えた。


 決着は孤独。

 静かになった路上で、ジュウゴは勝利の雄叫びを轟かせたのだった。




 ジュウゴは無事に食料を確保する事が出来た。

 避難所は笑顔に包まれる。

 老若男女が満腹になって幸せそうだ。

 それだけで満たされるというもの。彼は無数の感謝に手を振って応えた。



 これからもジュウゴは戦い続ける。

 筋肉と意思で、荒廃した世界を救うのだ!

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