3.ブッコロー、活字嫌いの男子高校生のために本を物色してもらう

 ――さて、どのコーナーに向かいますかね――

 店内に入ってしまえばこっちのものだ。そう思っていたブッコローだったが、本の種類の多さに圧倒されてもう一度立ち止まってしまう。文字の少ないもの、といえば絵本か漫画がいいだろうが、制服姿で絵本を読んでいる姿を見られたら恥ずかしいかもしれないし、漫画はほとんどがパッキングされていて立ち読みをすることができない。いわゆるジャケット買いも、浅間の好みがよくわからない以上難しい。


 ――ここは書店員の力を借りるか――

 自力で探すのを諦めて店員がいないか見渡した時、ブッコローは浅間と同じ高校の制服を着た女子生徒を視界の端に捉えた。彼女は浅間と違って読書好きなようで、一般文芸の単行本の書棚を熱心に見つめていた。今後の浅間のことを考えたら、書店員と仲良くしておくのもいいが、同じ高校生と親睦を深めるのも悪くないかもしれない。何しろ書店員は異動が無い限り同じ店舗に居続けるのに対し、高校生は三年間しかチャンスが無いのだから。

 おまけに、現役男子高校生の身体で現役女子高生と話をする機会などそうそうない。そんな下心も相まって、ブッコローは女子生徒のほうへと歩みを進める。

「あの、本が好き、なんですか」

 相手の名前も学年もわからないのでコミュ障のような声かけをしてしまった。案の定というべきか、声をかけられた女子生徒は飛び上がってこちらを向く。若干顔が赤い気がするのはあがり症なのか、イケメンが間近に来たことによる緊張なのか。


 ――けっこうかわいい子じゃん――

 彼女の顔を見たブッコローは上から目線でそんな感想を抱く。休み時間は外へ行かずに図書室で本を読んでいそうなタイプの女の子だ。見るからに内気な雰囲気だが、今どき珍しいおさげ姿がとてもよく似合っている。彼女は動揺している様子ではあったが浅間をまじまじと見つめ、か細い声を出した。

「え、浅間くん……? なんで、こんなところに?」

「たまには本読んでみようと思って。でも、俺ってほら、活字苦手だからさ。どんな本を読んだらいいのか全然わからなくて、困ってたところ」

 相手のリアクションからして同級生ではないかと思い、タメ語で話しかけてみる。ブッコローの読みは当たっていたようで、彼女はますます顔が赤くなったがこちらをしっかり見つめ返している。


「浅間くんが、わたしに声をかけてくることがあるなんて思ってなかった……」

「えっ?」

 ラブコメの波動を感じてちょっとテンションが上がったブッコローだが、彼女は動揺を抑えるようにわずかに目を伏せてから、書棚へと視線を移す。

「あっ、ううん。えーっと、普段本を読んでいないんだよね? だったら、この辺りの本はちょっと読みにくいかも。そうだなぁ……児童文庫を読むのはちょっと恥ずかしい、よね」

 本の話になると動揺は収まるらしい。すっかり顔の色も普通に戻った彼女のリアクションを少し残念に思いながら、ブッコローは頭を回転させる。

 ――確かに、児童文庫は小学校高学年辺りがメインターゲットだったはずだ。それを男子高校生が読むのは少し抵抗があるだろう――

「うん。ちょっと読みづらいかな」

「やっぱりそうか。一応、児童文庫でも『シャーロックホームズの冒険』とか、『十五少年漂流記』とかがあって、普通の文庫よりも読みやすいからおすすめではあるんだけど。あとはそうだなぁ……とりあえず“今話題の新作”のコーナーを見てみる? 気になるものがあれば手に取ってみればいいし、他の人との話題作りにもなるかも」

 いっぱしの書店員のようなことを言った彼女は、店頭へと向かう。そこには最近話題の新作が平積みで置かれていた。

「何か、興味のありそうな本はある?」

 ――話題の本のコーナー、久しぶりに見るかもナァ――

 有隣堂チャンネルMCらしからぬ感想を抱きながら、ブッコローは書棚を眺める。帯を見ると泣ける本や、感動する本などが多いようだ。どれも男子高校生が読むだろうかと問われると首を傾げてしまう。

 そもそも自分は高校生時代、どんな本を読んでいただろうか。もちろん活字嫌いの浅間とは気が合わないだろうが、夏目漱石とか芥川龍之介とかは読んでおいてほしいような気がする。そういった文豪たちの本は、店頭には置かれてはいない。何と答えればいいか黙考していると、別の方向から声がかけられた。


「あら、オカザキさん。彼氏と一緒?」

 顔を上げると、有隣堂の女性書店員がこちらを見て微笑んでいた。ブッコローは直接の面識はないが、向こうは自分のことを知っているだろう。むろん、現状では正体がばれる可能性はゼロに近いが。それにしても女子高生の名前はオカザキというのか。動画チャンネルでよくコンビを組む、某文房具王になり損ねた女を彷彿とさせるが、まさか同一人物であるはずはない。視線をオカザキさんに向けると、彼女は大げさに手を振る。その仕草がやはり某女史を思い起こさせるのは気のせいだろう、きっと。

「ちっ、違います! そうじゃなくて、同じ学年の人で、普段本を読まないっていうからどんな本をお勧めしたらいいかなって、案内していたところなんです」

「あら、そうなんですね」

 どもりながらも現状を正確に伝えたオカザキさんに微笑みかけてから、書店員は浅間の方へと向き直る。

「そうですね。普段、休みの時間はどんなことをして過ごしていますか?」

 どうやら、書店員が本の紹介をしてくれるようだ。一応自社の従業員である。適切な本を紹介してくれるはずだ。いやむしろそうでないと困る。ブッコローがそこまで考えて口を開こうとした途端、視界が暗転した。


 ・・・


「……ッコロー、ブッコロー?」

 目を覚ますと、見慣れない天井が映る。しばらく瞬かせていると、真上から顔を覗き込んでいる正真正銘・文房具王になり損ねた女こと岡崎さんと目が合った。

「ザキさん?」

 ブッコローの答えに、岡崎さんは大きく胸をなでおろす。

「良かった。ブッコロー、書店で倒れて意識が無くなって、救急車で搬送されたって聞いたので。お医者さまから軽い脳震盪だとは言われていたけれど、頭は怖いから……意識ははっきりしていますか?」

「まあ、大丈夫そう」

「良かった。お医者さん呼んできますね」

 ぱたぱたと部屋を出ていく岡崎さんを見送りながら、ブッコローは今日の出来事を振り返る。

 浅間という男子高校生の身体に入って、高校生活をわずかながら体験したこと。活字嫌いだという彼の苦手意識を払しょくすべく有隣堂に連れて行ったこと。そしてオカザキという名の女子高校生との出会い。自分が浅間の身体から抜け出た今、彼はどんな心持ちで書店にいるのだろう。少なくとも、本から逃げ出していないといいのだが。


「ブッコロー?」

 いつのまにか、岡崎さんがお医者さんを連れて戻って来ていた。ブッコローは現実に意識を引き戻される。

 この話を広報チームのメンバーに共有すべきだろうか。少し考えて、首を横に振る。これは、自分だけのとっておきの思い出としておこう。もし先ほどの体験が事実だったとして、浅間の本アレルギーが悪化していたら悲しいし。格好の話のネタではあるが、浅間がその後どうなったかわからない以上、あまり大っぴらに喋るのは憚られる。ブッコローは気持ちを切り替え、医師の診察を受けるのだった。


 後日、動画チャンネル「有隣堂しか知らない世界ゆうせか」のコメント欄にて「有隣堂さんにお邪魔した際の出会いがきっかけで彼女ができました」という書き込みがなされ、ブッコローが「いつ? どの店? 君何歳? 彼女の名前は?」と返信しようとしたのをゆうせかチーム総出で止めたのはまた別の話である。

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ブッコロー、活字嫌いなイケメン高校生に憑依する 水涸 木犀 @yuno_05

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