2.ブッコロー、活字嫌いの男子高校生の身体で書店に行く
――それにしても、女の子とは話せずじまいだったな――
移動中の電車の中で、ブッコローはそんなことを思う。
容姿こそ優れてはいるが――電車の窓ガラスに反射する顔立ちから、それは見て取れた――、ずっとゲームをしているという性格が災いしているのだろうか。休み時間に集まってくるのはいつも男子ばかりで、女子たちは遠巻きに見ている雰囲気があった。嫌われているわけではないのだろうが、何となく話しかけにくい雰囲気があるのかもしれない。
――自分もいつも他の子に囲まれている女子に話しかけるのは勇気が必要だったからな。性別が逆でもそれは同じか――
ブッコローはどうにか自分を納得させる。でも、と止まりかけた思考が再稼働した。
――読書好きは男子より女子に多いっていうからな。もし浅間君が読書好きになったら、もっと女の子たちも話しかけやすくなって、モテるかもしれない――
だとしたら今から自分がやろうとしていることは今後の浅間の人生に関わってくる。重大ミッションだなと、気を引き締めた。
電車を降りてから少し歩き、ショッピングセンターの中に併設された有隣堂書店に足を運ぶ。最近オープンしたばかりの新店で、ブッコローも以前動画チャンネルで取り上げたからよく知っている。確か児童書が充実していて、企画コーナーなんかも設けられているのが特徴だ。店舗規模としてもグループ内で大きいほうに入る。
一歩書店に足を踏み入れようとして、立ち止まった。どうやら内なる浅間の意識が、ブッコローの意識と反発しあっているようだ。活字嫌いというくらいだから、浅間は自らの意志で書店に来たことなどないのだろう。自分が嫌いなものがたくさんある空間へ行くのに、足がすくむ気持ちはわからなくもない。ブッコローは今は己の身体となっている浅間に、心の中で叱咤激励する。
――活字嫌いって言っても、教科書は読めるんだろう? だったら上々だ。今は読みやすくて面白い本がたくさん出ている。活字になじみがない人がいることを知っている作家さんや出版社の人たちが、必死に頭を捻って本を出版しているからな。きっとお前が読める本も書店には置いてあるさ――
なおも浅間の足は動かない。ブッコローの気は急くが、ここは大人の余裕とやらを見せつけるべきだろう。落ち着いて更なる説得を試みる。
――別に、字がびっしり詰まった文庫本や単行本を読めって言ってるわけじゃない。今はラノベっていう、挿絵が何枚も入った本もあるし、お前が好きなゲームっぽい世界観の本だってたくさん出ている。それでも嫌だったら図鑑とか絵本でもいい。とにかく本は時間つぶしになるし、何より自分の世界を広げてくれる――
ブッコローはそう念じながら、今まで動画チャンネルに出演してきた人々のことを思い返していた。よくコンビを組んでいるザキさんこと岡崎さんや間仁田さんは文具担当者だが、それ以外にも本を愛してやまない書店員や広報、出版社さんなど多数の人たちに出会ってきた。彼らは、嫌々書籍と接しているわけではない。皆自分の仕事対象に並々ならぬ愛をもち、ブッコローが若干引くレベルでそれらに対する情熱を語ってくれた。正直ブッコローにはわからない世界もまだまだたくさんあるし、彼らと同じ境地に達するのは難しいと思う。だとしても。
――活字嫌いの人がいるのは知ってるけどさ。同じくらい、いやそれ以上の熱量を持って本を愛している人もいる。本が好きで好きでたまらない人しか知らない世界、ちょっと覗いてみたいと思わないか? 確かにちょっと引くくらいの個性を持った人もいるけど、そういう人たちの話って面白いからさ。もしお前がちょっとでも本を読むようになったら、彼らが見ている世界をちらっと見られるかもしれない。それってすごい楽しいことだと思うぞ――
今までで一番実感のこもった言葉だった。そのおかげだろうか。浅間の足がピクリと動く。追い打ちをかけるように、ブッコローは言葉を続ける。
――仲良くしてくれてる福田君だって、漫画研究会って言ってただろ? もし少しでも文字を読む抵抗感がなくなったら、彼が書いた漫画を読んだりすることもできるかもしれない。そうしたらもっと、仲良くなれるぞ。間違いなく、話が合う相手がぐんと増える。高校時代にできた友達っていうのは一生ものになることだってあるからな。一歩、踏み出してみるのもいい経験になるはずだ――
その言葉が最後の一押しになったのかもしれない。浅間の足はゆっくり動き、有隣堂書店に一歩踏みこんだ。ブッコローは内心で――手間をかけさせるぜ――と思いつつも、浅間に対しては――その調子だ――と声をかけて一歩ずつ、店内へと進んでいくのだった。
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