第5話 爆死
*
忠司は悪魔からの最期通告書のような千円札を仕方なく財布にしまった。
忠司が少し冷めたコーヒーをすすっていると、若いカップルの話し声が聞こえてきた。どうやら携帯で見たニュース速報をネタに話しているようだ。
「ねぇ、ねぇ、工事現場から解体用に使う爆薬が大量に盗まれたんだって!」
彼女は携帯から目を離さない彼氏の気を引こうと話しかけるが、
「へい、そうなの」
彼氏はあまり関心のない、というかほぼ聞いてないかのような返事を返した。
「盗まれた火薬量からすると、10階建のビルが倒壊するほどの威力なんだって」
彼女はあたかも自身が同じことを何度も違う言葉で流し続けるワイドショーのアナウンサーにでもなったかのように、全く関心を示さない解説者に話をふるが、
「へえ、やばいね」
他に関心が向いている彼氏はどこぞの大根役者のように乾いたセリフを吐くだけだった。そんな彼氏に、彼女の方は頬を膨らませてご機嫌斜めらしい。
忠司はカップルの方へ耳を傾けながら、目の前のリュックを見て苦笑いした。
——————彼氏さん、その爆薬を詰め込んだリュックがすぐそばにあるなんて、まさか思わないだろうね。
忠司は憎々しい色を滲ませながら、コーヒー越しにそのリュックを眺めていた。
*
栄子は彼氏と待ち合わせしたエクセシオールカフェに急いだ。
栄子は27歳でシステム・エンジニアの仕事をしていた。SEチームのリーダーをしていた。どんな約束でも守る。時間厳守は“信頼できる人“であり続ける最低限のモラルという心情が栄子の基盤だった。
だが、今日ばかりはいくら約束とはいえ、行きたくなかった。
栄子は先日、彼氏に別れ話を切り出した。その彼氏、顔はいいんだけど、愚痴っぽくて考え方が暗い人だった。出会った当初は優しそうに思えて、実際に優しいことは優しいが、悪い言葉を使うと、気弱で自信がない人だった。
彼のか細い声が付き合った当初は“優しそうな性格の人なんだ“と勘違いしてしまったことは痛恨のミスだと反省していた。栄子もすでに結婚を意識して付き合う歳になっていたので、この人と添い遂げるのは厳しいというのが熟考した結果だった。
そこで別れ話を切り出したのだ。だが、彼氏の方は未練たらたらで電話口で泣き出してしまった。「俺は栄子なしでは生きていけないんだ!」と視聴率の悪い三文ドラマの臭いセリフを吐き出したのだ。それで会って話がしたいと彼氏に懇願されたことを断りきれず、約束してしまっていた。
待ち合わせ時間は20時だった。ただ、この日、17時の仕事終わりに急にシステムでエラーが発生して急遽残業となってしまい、20時には急げばギリギリ間に合うかという時間だった。
“時間厳守は私のモットー“の栄子は彼への愛情とかではなく、自身のプライドにかけて約束だけは破らないように急ぎに急いでいた。そして待ち合わせのエクセシオールカフェが3階に入っているビルの一階に到着した。
「はっ! 我ながらすごい! 10分前に到着したよ!時間厳守!!」
栄子は"時間は守った"という満足感で高揚感に浸っていたが、ハッと顔色を変える。
栄子は真っ青になりながら辺りを隈なく見渡す。ないのだ。あるはずのものがない。一階はコンビニが入っているが、なぜか2階以降に上がる階段もエレベーターも見当たらなかった。
「え? なにこのビル? 階段ないじゃん!どうやって入るの?」
栄子は思わず呟いた。栄子は窓ガラスから店内の様子を見ようと、急いで道路を挟んだ向かいまで走って移動する。すると確かに客はいる。
「おかしいなぁ、どっから入るの? わからない……どうしよう……」
栄子は鞄から携帯を取り出した。すると時間は19時59分だった。もう間に合わない。元々会いたくなかったし、カフェで別れ話して泣かれても困るし、と栄子は困惑な色を滲ませてLINEで彼氏にメッセージを送った……
忠司は携帯を見つめていた。20時に彼女が来てここで爆死しようと考えていたのだ。しかし、いつも時間厳守の彼女がここに来ない。その時、携帯がブルっとしてLINEが入ったと通知が表示された。
——————ごめん。さようなら
(了)
エクセシオールカフェで呪縛 雨鬼 黄落 @koraku_amaki
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