筋肉があれば全部解決するわBy聖女

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

筋肉って大事よね、平時も緊急時も。

 私は『元』聖女。この国の国教、良界教に選ばれて『いた』者です。

 この国のシンボルとして、人々の傷を癒す為に走ってきました。

 そんなある日の事、この国の王様から城へと呼び出されました。


 王の間に呼ばれた瞬間、それまで抱いていた厭な予感は確信に変わりました。

 周囲には完全武装した国王近衛騎士団と宰相、それに王国魔導師長。

 玉座に載るのは肥大化した腹部、脂ぎった顔、一国の長には似つかわしく無い下卑た表情。

 正直、誰かを悪くは言いたくありませんが、私が良界教の聖女としてシンボルになってから今まで、全国を行脚して見た国の惨状を鑑みて、民にとって良い王様ではない事は確かです。

 私が聖女と呼ばれる様になった原因も、この王が自分の評判を良くする為に良界教に金を流した結果ですしね。

 そんな王様が綺麗に着飾らせた女の子を侍らせていたら、厭な予感は確信に変わりますよ。

 「さて聖女、今日お前にここに来させた理由は簡単。お前の処分の為だ。

 聖女として今まで良くこの世の不条理と戦ってくれた。と思っていた。民も臣も、この我さえも信じていた。だが、それも今日までだ。

 お前が聖女としての看板を利用し、この国の転覆を企んでいた事を我は掴んだ。

 民を惑わす悪の種は、王として摘む。

 という事で紹介しよう。お前に代わる新たな聖女の……自分で自己紹介するんだ。

 着飾った少女が王に前に突き出され、一歩進んで私の方を非常に申し訳無さそうに見て、お辞儀をしました。

 とても、美麗でした。それは着飾ったものや容姿という意味ではなく、お辞儀一つだけ、それだけの振る舞い一つでさえ、洗練されて心が奪われる程であったという意味です。

 「初めまして、先代の聖女様。私は異世界より来た聖女、タナハシ=リョーコです。

 天からの啓示という事で、新たに聖女の名前を賜りました。

 誠に、申し訳ありません。」

 「という事で、お前は消えろ。裏切り者の元聖女。

 国の全てを裏切った貴様には王たる我より斧をくれてやる。」

 騎士の方々が私を取り囲み、両腕を拘束し、武器を突付けました。

 新たに異世界から呼ばれた女の子を紹介されて、聖女をクビになって、処刑される事になった、という訳ですね。

 「ああ、成程、旅の吟遊詩人から聞いた『ヨクアル追放モノ』?という詩にあるお話の様ですね。」

 「報いを受けよ。」


 「ふんっ!」

 腕を掴んでいた騎士の方々を先ずは一人ずつ遠投。鎧と武器で完全武装した騎士一人が164㎞/hで飛び、落下地点に丁度立っていた騎士二人に命中。

 流石、国王近衛騎士団。計6人が仕留められた段階でこちらを迷い無く剣で突き殺そうとしてきました。

 「ですが判断が遅い!」

 以前出会った変わった言葉遣いの赤い鎧のサムライの方に教わりました。『大将首を取れば勝ちぞ!』と。

 ですので、騎士を無視してすり抜けて玉座まで。そして玉座に載ってる頭に向かって右ストレート!

 「ブゲぇ」

 結構硬くて殴り甲斐がありましたわね。

 「王!」

 判断が遅い騎士団の方々が私に襲い掛かろうとしたので、王を肉盾にさせて貰いました。

 「さ、この王様の頭蓋がこれ以上破裂パンクな感じになる前に、さっさと降参なさい。」

 手の中で王の頭がミシミシ言っていますが、それはまぁ、それという事で。

 「ぎ、貴様キザマ……ごんな事を゛じで、ゆるざれる゛と、おぼうなよ…」

 「肉盾が喋るものでは無いですよ。それに、もう革命軍が城下町に入り込んでいます。運動不足不健康な中年に許すも許されぬも関わりの無い事です。」

 「矢張り、貴様は国家転覆を゛……ギャギャギャギャギャアアア!」

 「下手な事を言うと掴む手に力が入りますよ。

 革命軍に関しては私と無関係に動いていました。危うく殺し合いになりそうだったので、説得して私に任せる様にしたのですよ。

 過激派の方々が城下町に火を点けようとしていたのですから、私がこうしていなければ犠牲者が出ていました。

 さぁ、城に居る皆様、どうされますか?

 城門を固めている人々は既にこちら側。この国の王権はもう地に堕ちています。降参するか、抵抗して私の足で太腿ごと股間を砕かれるか、選びなさい。」

 抵抗する者は無かった。忠誠を誓う者は居なかった。

 「お、お前ら、王を助けんとは何たる不遜!万死に値…痛い痛い痛い痛い頭が物理的に痛い!」

 「さぁて、この王様、どうしましょう?革命軍に引き渡す前に背脂に、しちゃおうかしら?」

 「ぎえええぇえええええぇぇえ!」


 「あの、申し訳有りません聖女様!その方を、どうか、どうか命だけでも助けては頂けませんか?」

 止めたのは、新聖女のタナハシ様でした。

 「何故です?貴方もこの男に脅されていたのでしょう?」

 明らかに私に対する態度も申し訳無い気持ちで一杯の、罪悪に満ちたもの。脅されて聖女にさせられたと言われた方がしっくりきました。

 「えぇ、聖女にならなければ、言う事を聞かなければ一緒に異世界に来た弟と妹を殺すと言われました。」

 「え?思った以上に酷くありません?処す?処します?猛獣の生餌に致します?救いたい要素、無いじゃないですか。」

 「ええ、確かに、弟と妹の件に関しては私は許したくありません。絶対に許しません。

 でも、だからと言って人が死ぬ様を黙って見ているのは、許せないのです。

 聖女ではなく姉として、人を見殺しにする人間の弟と妹にしたくはないのです!」

 震えて、怯えて、涙目で、声も上擦っていて、それでも自分の言いたい事を真っ直ぐに言うその姿……

 「解りました。では、この男の命は助ける様に革命軍に口添えいたします。

 ただ……

 肉の盾を投げ飛ばして、落ちてきた所で『とある一点』を蹴り飛ばした。

 「おぅふ……」

 その場に居た男性が皆顔面を真っ蒼にしてとある一点を押さえた。

 「子どもになんて事をするのこの愚王ッ!」





 この一件は、後の世において『玉突き聖女の変』と呼ばれる事になった。

 後に聖女はこう語っていたそうだ。

 『人を蹴り飛ばせる筋肉は付けておいたほうが良いわ。だって生殺与奪の権をこっちが握れるのですもの。』

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