3.生首の悩みに

 生首が浮遊して、口でドアノブを噛み、ドアを開けた。そして律儀に閉めた。

「……え?」

 小柄で美しい顔立ち。

 黒い眼帯が左目を隠しているが、右目から分かるその瞳の金色に輝く美しさ。

 短く繊細に整えられた髪。

 体がないことを除けば、とても美しい女の子だ。

 僕とエルザーは空いた口を塞ぐのに必死だった。


「すみません急に驚かせてしまって」

 話を聞けば、この子は丁度僕らが訪ねようとしていたケイズの娘、レイランらしい。

「つまり、ケイズさんが息を引き取ったのに気付いて昨日から徹夜で、生首でここまで来たと?」

「はい」

 これが異世界か。

 この訳の分からない世界に毎秒驚いているようじゃ、のんびりスローライフなんて夢のまた夢。早く慣れなきゃいけない。

 僕は必死に心を落ち着かせ、平静を装い、レイランと会話をする。

 テーブルに置かれたレイランの首とは、目を合わせるのも怖い。

「単刀直入に聞くけど、なんで首だけなの?」

「それはその、悪魔に体を消されまして、いわゆる呪いですね」

「敬語はいいよ」

「そうか。ありがたい」

 見た目よりもずっと男らしい口調をしている。中性的……とまではいかないが、ケイズさんそっくり……と言ってはなんだか違うような、というか首だけで判断できないというだけか。

「私はカルバン・レイラン。ご存知かと思うが、カルバン・ケイズの実の娘だ」

「うん。遺書にも、君を救って欲しいって書いてあった。遺書っていうか、僕への遺言というか、まあとにかく君が苦労人だからってね」

「そ、そうか。でも迷惑じゃないか?その──」

「コーハでいいよ」

「ああ。コーハは見た目が幼いというか、見たところ12歳くらいなのだろう?」

 これはバラしていいものか。

 ちなみに僕とエルザーは念話をすることが出来る。同じ天使族だからなんだとか。

(ねえエルザー)

(どうなさいました?)

(僕らの正体って明かしていいの?羽は一応隠してるからまだバレてないけど)

(そうですね……天使ということを知られると噂は一気に広まり、すぐに標的にされるか、教祖にされることでしょう。少なくとも歴史上ではここ数年で天使が現れると堕天使により予言されていますから、天使族というだけで注目の的にはなる可能性が高いです)

 それはまずい。

 行動はなるべく自由に行いたい。

(じゃあ天使属ということは隠そう)

(はい。バレる時が楽しみです)

 ……エルザー、こういうの楽しむタイプなのね。

「どうしたのだ? 二人で見つめあって。もしかして14歳なのか!?」

「ああいやいや! 僕は12歳の魔道士見習いで、師匠のエルザーと放浪しながら魔法の修行をしているんだ」

「師匠が敬語なのには何か理由があるのか?」

 しまった。どう言い訳しようか。

「め、メイド兼! 魔法の師匠だ! な! エルザー!」

「はい。その通りでございます」

「へぇ! かっこいい! 貴族か何かなのか! 放浪しながら修行って、私も子供の頃は憧れたものだ!」

 よかった、バレてない!

 しかしこれが嘘だとバレるのも時間の問題だ。ケイズさんの遺書は後で燃やしておこう。記憶してればいいさ。許してケイズさん。

「で、悪魔族の呪いって悪魔を殺せば消えるの? 君の体とか、元に戻ったり」

 僕は強引に話を切り替えた。

 それに悪魔の件は先に片付けた方がいいだろうし。

「そういうものでもない。この世界において、呪い、すなわち呪術とは大まかに分けて封印系と消失系に分けられるんだが、私の場合そのどちらかがはっきりと分かっていない」

「消失術だった場合は元に戻らないってこと?」

「まあ、完全な消失という意味ではない。消失と呼んでいるだけで、この世の者には元に戻せない強固な封印系の呪いというだけだ。まあ、私でも母さんでもそんな封印は解けないそして私が住んでいるラース王国にもそんな優れた魔道士どころか、魔道士すら珍しいくらいなんだ」

 そうなのか……。

(エルザーは解除できる?)

(ええ。容易いものです。ですが、せっかくなのでコーハ様でやってみてはいかがでしょう)

 確かに、魔法の感覚も分かってきたし、レイランでこの力を試してみるのはありかもしれない。少し不安でもあるが。

「僕が試してみてもいい?」

「あはは、いくら君が母さんに認められたとはいえ、私のこの強固な身体消失の呪いを解けたら私は元に戻っても自分の首を切っちまうな。嫉妬心で!」

 ……なんか脅されてる気分だけど、これはそういうジョークなんだよな?

 まあいい。

「試すだけだよ」

「良いさ。元に戻れたら戻れたで──」

 僕は頭の中で必死にレイランの体よ元に戻れ!元に戻れ!と念じた。それ以外にどうやればいいか分からなかったからそうした。

 レイランの顔の前に手をかざし、なるべく慎重に魔力を出力するように──

「はぁ!?」

 僕がレイランの驚きの声を聞いて目を開けると、レイランの体はすっかり治っていた。なんだか少し筋肉質で……いや、あんまり見るのも良くない。女性の裸にはあまり見なれていないんだ。

「コウハタお前、何したんだ!?」

「えっとー……」

 言葉に詰まった。

 しかし言い訳はある程度考えていた。

「ぼ、僕もびっくりー!」

「そ、そりゃそうだよな! 偶然だよな!」

 この白々しいトボケが通じるとは。異世界ってさてはチョロいのか?

「そんな可愛い顔してこんなとんでもないこと出来るわけねぇよな……」

「あはは……」

「ちょっと落ち着いて理由を探すよ」

 ──二時間後。

 その間、僕とエルザーはブツブツと言い続けるレイランを尻目に、お菓子を作って紅茶を用意して些細なパーティーをした。

 そして終わった。長い。熟考すぎる。レイランは瞑想が得意そうだ。

 何かブツブツ言っている。

 裸で。

 元男としては2時間もこの有り様に、目のやり場で困る。

「いや、分かんねぇよ! どういうことなんだよ!」

「あ、やっと喋った」

 まさか僕の解呪魔法、ただの祈りがここまでだとは。大魔道士の娘を二時間唸らせるのはなかなかとんでもないことをしてしまったのだろうか。

 しかしこれを魔法と言えるのかは……まあ一旦置いておこう。

 それに早くこの状況をうやむやにしたい。どうしたものか。

「よし! 分からねぇもんは分からねぇ! とりあえず体が戻ったんだ! コーハかエルザー! あたしと魔法の手合わせをしてくれ! 頼む!」

 ラッキーだ! レイランがうやむやにしようとしてくれている!

 レイランじゃなかったら深く考えてしまっていただろう。僕の正体がバレるのはなるべく避けたい。レイランは口が堅いような人には見えないし。いや、どうだろう。義理堅そうだし口も堅いのかな。

 レイランは腰を曲げ手を差し出しながら懇願している。

「いや良いけど、その前にさ」

「ん? なんだ?」

「服を着て欲しいかなぁ……」


 手合わせはシンプルに剣の腕での勝負だった。

 最初は意味がわからなかったが、この世界で魔道士は剣の腕も同時に鍛えるのが常識らしい。ケイズさんの部屋に上等な武具がやたらと多かったのにも納得だ。

「剣に強化魔法、追撃魔法等の魔法全般の使用が禁止」

「純粋な身体能力で手合わせするんだね」

「そうだ。正直に言うと、まだコーハのことは疑ってる。あたしの呪いを解いたのは偶然だったのか信じられなくてな。解呪の瞬間、確かにあんたの魔力を感じたからな」

 うやむやにしようとしたわけじゃなかったのか。

 ちゃんとまだ疑っていた。

 そして魔力は人によって質というか匂いというか、そういうのが違って感じられるものなのか。

「早く始めよう。お昼ご飯は早めに作りたいし」

「ああ! それにはコーハと同感だ!」

 エルザーが右手を上げ、下ろした合図を横目に確認した。

 試合開始だ。

 レイランはすぐさま距離を詰めて来た。

「うわっ!」

 とても素早い。しかし全く見えない訳ではない。なんの騙しもないストレートな突進は緩やかに体をねじるとすんなり避けることができた。

「怖いなぁ!」

 僕は自分の体の軽さ、柔らかさに驚きつつも、魔力を使わないように素早くレイランの背後を取れるように移動した。

 来た!

 しかしレイランはそう単純な女ではなかった。

 僕が背後に回った瞬間、彼女の剣が僕の心臓部に突き刺さる手前で寸止めされた。

「そこまで!」

 呆気なく負けてしまった。

「私の勘違いだったか。やっぱり呪いの解除は偶然だったんだな」

「もー、そうだって言ってるじゃないか」

 現状、魔法に関しては飛び抜けた力を持っているが、剣の腕に関して言えば、いや、そもそもの身体能力ではレイラン、いや、普通の人間にも劣る。言ってしまえば、12歳の子供の身体能力なのだ。

「ねえレイラン」

「ん? なんだ?」

「偶然とはいえ僕は呪いを解いたんだしさ、僕を鍛えてよ!」

 こういうのは雰囲気で頼んでみるものだ。その場のノリで昇進して仕事増えたり責任押し付けりたり、散々この手には酷い思いをしてきた。嫌でも理解している。

「そんな暇あるかなぁ」

 急には乗り気にはならないよな……。

「レイランって忙しいの?」

「何を言ってんだ!あたしは国の英雄だぞ?とんでもなく忙しいさ」

「え!? そうだったの!?」


 聞けば、レイランはこのラース王国の騎士団長らしい。しかし悪魔軍との戦いによって呪いを受け、長期の休養を取っていたところ、僕に呪いを解いてもらい──といった経緯だっのだそうだ。

「ちなみに母さんの言っていたあたしの苦労ってのは、呪いのことだけじゃない」

「じゃあ、何?」

「勝手な政略結婚させられそうで苦労してるのさ」

 政略結婚……。

 いかにも物語らしいワードだ。前世ではあんまり聞き馴染みは無かったがら物語には頻出する。

 そして僕の嫌いなものの一つでもある。

「相手は隣国のメンタル王国の王子、ゴンドラ・メンタル王子。近いうちに式がある。この提案はラース国王による提案だったんだが、あたしは政略結婚なんかしたくないんだ。でもそんなことを国王に進言したら、不敬となるだろう。国王の命令は羨まれるべきものと言うのが国の共通認識だ。配下の意思なんかまともに聞いてくれやしない」

 ほんと、人間って感じだ。

 混種族界だって言うから色んな種族と会えると思ったのに、異世界に来て早々人間の嫌な部分に触れることになるとは。つくづく運が悪い。

「このまま僕らと逃げたりしたらどうなる?」

「これを見てくれ」

 そう言うと、レイランは手首を見せ、赤黒くビー玉くらいの大きさの点が一つあった。

「これは?」

「これは国の兵士になる時に付けられる身分証みたいのものだ。ラース紋だな。パッと見は黒いだけに見えるが、よく見ると魔法陣のようになっているんだ。このラース紋を使って身分証の証明、そして裏切り者への罰を与える二つの効果がある。一石二鳥で素晴らしいよな」

「これが消えれば君は僕らと一緒に旅ができる!」

「は?」

「あ、ああいや、僕とエルザーでその紋を消せないかなって」

 雑な提案だが、僕の中に消せるという確証はある。というか──

「レイランの紋はもう消したよ」

「はぁ!?」

 解呪のコツは掴んだ。エルザーの言う通り、解呪は容易い。


 そしてラース王国へと向かった。

 永遠の森はとても広かった。日本の三倍くらいの領土……正確には分からない。体感だ。しかしそれくらいの広さで森が広がっていた。面倒事を片付けたら、この森を開拓してスローライフを送りたい。

 ラース王国までは森から東におよそ2万kmほどの場所に位置していた。移動方法はエルザーの天歩きというものだった。空気中の放射線の活動を魔力で引き留めさせ足場を作るもの。そしてそれを解除すると、引き留めていた時に蓄積されたエネルギーは一気に開放される。これを使えばまるで飛行機のような、いや、それ以上の速度での移動が可能となる。まあ引き止めている時に放射線の時間設定もいじっているらしいから、長い時間蓄積していることになるのだとか。恐ろしい堕天使だ。

「私たちとの抵抗は遮断してますよ。今の私達はどの世界にもある暗黒物質みたいなものです」

 それはそうだ。空気抵抗アリだと核融合反応が起きかねない。空中分解で第二の生とおさらばなんて、考えたくもな……ん?

「待て、暗黒物質!?」

 暗黒物質とは、前世の人間界では仮説だった。ダークマター、ダークエネルギーと呼ばれる光を反射しない完全に把握出来ない不明の存在。存在すらしないと思っていたが、全く、驚かされることばかりだ。

「暗黒物質はと呼ばれるものでもあります。天使族だけが操ることのできる特殊物質です。この物質を使って各世界を監視していたり、環境の調整を行ったりしています」

 ちなみにこの会話はレイランには聞こえていない。というか、レイランには寝てもらっている。昼ご飯を食べてすぐに寝てしまった。呑気なものだ。

 いや、安心して寝ているとも言える。ラース紋が消えたのだ。即ち、自由になったとも言える。

「あ、見えてきましたよ」

 6秒くらい?体感そのくらいの移動だった。飛行機雲のような白い移動跡が恐ろしい。物理学にはそこまで詳しくないから分からないが、これは水蒸気か何かなのだろうか。不思議な光景だ。

 レイランはこんな数万㎞のところから2日と経たずに首だけで来たのか。信じ難い。それとも、何か転移魔法的なあれがあるのだろうか。

「大きな国だね」

「ええ。混種族界でも随一の大国です。しかしこれ以上にある大国はこのさらに8倍はあります」

 今僕らは、ラース王国を空高くから見下ろしている。

 世界って広い。前世でも一度は旅をしてみたかった。

「んん〜……んあ? おお! 着いたのか!」

 レイランも目を覚ました。

「じゃあ、ラース紋を消しに行こうか! レイラン、エルザー! 僕の体に掴まって!」

 転移魔法を使っている自分を想像した。解呪の時のように、鮮明に、自分が目視できるあの王の住む城らしき建物の……なんと言う場所なのか分からないが、民衆の前で何かしらしそうな場所、に僕らがたっていることを想像した。

 そして、成功した。

「さあ着いたよ。王の玉座だ」

「すごいな! これは、転移の──」

 そうレイランが言おうとした瞬間、空に眩い光が走った。

 そこにあったのは、理解しようとも出来ないくらいの、それはもう怒りのように燃え盛る巨大な隕石だった。

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