君がいない世界で生きている僕と、遺された手紙の真相(プロローグ)

楽園

第1話 一生に一度の本気の恋

 僕は中学三年の春、盲腸で入院した。10代から20代にかけてよく発症する病気で急性虫垂炎と言うらしい。


 手術は怖かったけれども、死ぬ可能性が無いと聞いて安心した。突然の激痛に死ぬかと思ってたから、恐怖が和らいでくると、学校に行かないで寝てられると言う特別感が嬉しかった。


 いつもなら、みんな学校に行っている時間になっても、親も起きろとは言わない。病室で寝ている僕にお見舞いに来るからね、と逆に凄く心配してくれた。


 入院した日に明日手術をすると言われた。病室にも余裕がないため、患者数を減らしたいのだろう。明日と聞いて流石に緊張したけれども、手術自体は寝ていたら30分程で終わってしまった。


 麻酔が切れると縫合したあたりが少し痛む。それでも歩けない程でもなかった。


 僕はリハビリと言う名の暇つぶしに一階に降りて、中庭を見た。


 大きな桜の木に大輪の花が咲きほこる。その横に白いワンピースを着た少女が座っていた。あまりに幻想的な光景に思わず息を呑む。服だけでなく、透き通るような艶やかな白い肌が印象的だ。風でゆらめく長い黒髪と相まって、少女はキラキラと輝いて見えた。


 切れ長の瞳に清楚なアイドルのような顔立ち。そこにいるだけで絵になる。


 15年間生きてきて、こんな美少女に会ったことがなかった。僕は吸い寄せられるように、ゆっくりと少女に近づく。


 いつもの僕なら緊張で、話すことなど無理だっただろう。その時は同じ病人の気やすさから言葉が口をついて出た。


「何を見てるの?」


 目の前の女の子はゆっくりと僕の方に目を向けた。寂しそうな笑顔が印象的で、目が合っただけで心臓がドクンと跳ねる。鈴の音のような声が僕を完全に魅了した。


「なんにも……」


「なんにもって、遠くの方を見てたじゃん」


「見慣れた光景だからね。いつも変わらないなあ、って暇してた」


「病院は長いの?」


「物心ついた時にはいたかな」


 手を頬に当て、寂しげな表情をする。聞いてはいけないことを聞いたしまった、と思った僕は慌てて話題を変えた。


「友達はいないの?」


「そだねえ。たまに学校に行くと話しかけてくれる子はいるけど、特にはいないかな」


「声かけられたりしないの?」


「うーん、君みたいに興味本位で声をかけてくれる子はいるよ。でもね、本当のことを知ると、みんな去っていくんだ」


 なんとなくそんな気はしていたけれども、彼女の病気は簡単に治るものではない。あまり日光を浴びていない白い肌が、その事実を示しているように感じた。


 目の前の少女に近づくと、座ってと僕が座れるスペースを開けて改めて座り直す。ふんわりと漂うシャンプーのいい香りが僕の鼻口をくすぐった。


「君はなぜ入院したのかな?」


 視線の先に興味の色を感じる。


「盲腸だよ。もう手術はしたけどね」


「そっかー。じゃあすぐ退院しちゃうね」


 少し悲しそうな表情をする。彼女ほど可愛かったら、好きな人の一人や二人こんな環境でもできそうなのに。僕は少し勇気を出した。


「僕の友達になってくれないかな」


 僕は彼女のことをもっと知りたいと思った。僕と彼女にゆったりとした時間が流れる。彼女が再び口を開くまで、かなりの時間があったが、不思議と焦りは感じなかった。


「わたしなんかでいいの?」


「もちろん」


「でもさ、わたし。そんなに遠くない将来死んじゃうけど・・・・・・・。それでもいい?」


 彼女の言葉の内容はひどく重いものだったが、思わず聞き流してしまうくらい軽い口調だった。きっと死は彼女の日常なのだ。治る見込みがあるのか聞きたいが、あまりにも内容が重すぎてとても聞けない。


 僕が戸惑っていると、目の前の彼女が僕の思いに気づいたのか、僕のてのひらに自分の掌を重ねた。


「不治の病。いつまで生きられるか分からないんだって」


 躊躇とまどいもなくハッキリとした口調だった。一瞬、逃げ出したくなったが、ギリギリのところで踏みとどまる。


「えとさ、名前教えてよ」


「えっ!?」


「僕の名前は、近藤篤史こんどうあつし。君の名前は?」


「なぜ、知りたいの?」


「だって、お互いの名前知らないと呼び合えないじゃん」


 目の前の女の子の瞳からツーッと一筋の雫がこぼれ落ちた。


「変わってるね。不治の病と聞いただけで、みんな逃げるように去っていくのに」


「治るかもしれないって。あんまり深く考えるなよ」


「だから無理だって……」


「でも、医学だって驚くくらい進化してるじゃん。いつか治せるようになるって」


「いつかじゃ無理だよ」


「じゃあ、僕が医者になって治してあげる。だから名前教えて」


 目の前の少女が吹き出した。


「わたしの名前は久保有栖。そんなこと言われたら本気にするよ」


 有栖には笑顔が似合う。悲しそうな表情も可愛いけれども、笑った顔は最高に可愛かった。


「じゃあ、有栖。絶対に医者になるからさ。指切りしようよ」


「えーっ。初めから名前読み?」


「だ、だめかな」


 流石に調子に乗りすぎた、と言い直そうとしたら、指先を僕の唇にあててきた。


「じゃあ、わたしも篤史って呼ぶね」


「うん、分かった」


 そして、僕は有栖の小指に自分の小指を絡めた。


「指切りげんまん嘘ついたら……」


 これが僕と有栖の初めての出会いだった。



――――――



新作始まりました。

有栖さんとのお話。


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