第4話 最後のおでかけと花火大会 その1
蝉が騒がしく鳴き、歩いているだけで汗ばむ初夏。有栖の一時帰宅が決まったと聞いて、学校が終わると自転車を飛ばして有栖に会いに行った。
「えへへへっ、1週間の休みだよ」
有栖は嬉しそうに僕に予定を見せてくれた。中学になるまでは入退院を繰り返していたらしいが中学から今までは、殆ど家には帰れていなかった。
久しぶりの帰宅になるらしい。有栖の家は僕の家から歩いて10分程度の一戸建てで、有栖がいつ帰ってきても大丈夫なように用意しているらしい。
「この日、予定開けておいてね」
有栖は八月のカレンダーを開けて六日土曜日を指さした。
「なんか、あるの?」
「これだよ、これ!」
自治会で配られたものなのか、花火の写真入りのチラシに納涼花火大会と書かれている。
「大丈夫なのか?」
この時期になると歩くのも困難になり、車椅子が不可欠になっていた。これで花火大会の混雑を掻き分けるのは難しい気がする。
「流石に花火大会に行くのは無理だからね」
ホテルのパンフレットを僕に見せる。
「ここのホテルね。花火が打ち上がるのがよく見えるんだって」
僕は唾を飲み込む。ホテルに2人きり。流石に身体の弱い有栖相手に関係を持つなんて不可能だが、思わず初めてのお泊まりを想像してしまう。
「あー、なんかえっちぃこと想像してた?」
「いや、そんなこと……あるけど」
「正直でよろしい」
目の前の有栖は、はにかんだ表情をした。有栖から聞いた計画では、僕はその日、有栖を自宅まで迎えにいき、ホテルに泊まることになる。
親公認のお泊まりだ。
これが許されると言うことは、もう有栖は長くはないと言うことだ。
有栖のお見舞いをして帰ろうとすると、看護師さんの詰所で足が止まった。有栖のことを話題に話していたからだ。
「810号室の患者さん、外出が許可されたらしいね」
「でも、あの患者さん末期の……」
「しーっ、そんなこと言うもんじゃないよ。可哀想に、きっと最後の外出許可だよね」
「あの、有栖のことですよね」
僕は思わず、看護師に話しかけた。
「彼氏さん、彼女に言わないでね。あなたもなんとなく分かってるでしょ。私たちもあんないい娘が苦しむのを見てられないのよ」
疲れた表情から、看護師達がどれだけ有栖のことを想っているのか分かる。僕は堪らなくなって、そこから思わず逃げた。
「あっ、ちょっと!」
「やめときな。無理もないよ」
後ろからふたりの看護師が話す声が耳に残る。
有栖は今年の冬を迎えられない。この現実が僕を支配する。
救える方法は何もない。
アニメや小説ならば、未来に行って助かる薬を持ってきたり、過去に戻ってやり直せるかもしれない。
でも、現実に生きる僕には、何もできなかった。
有栖との約束も果たせない。
医師に文句を言いに行っても困らせるだけだろう。彼らも神じゃない。治療方法のない医師達は僕以上に無力感を感じているのだ。
僕は自転車を漕いで自宅に戻り、テキストを取り出し勉強をした。こうしていると有栖のために何かしていると錯覚して少し気が楽になる。
それから花火大会まではあっという間だった。目標が決まるとその日のためにと有栖と色々と計画をした。
お泊まりの話をするだけで楽しくて、時間があっという間に流れていく。
花火大会は18時からだがホテルのチェックインは15時からなので、14時に有栖を迎えに行くことになった。
有栖の自宅のインターフォンを鳴らすと、パタパタと走る音が聞こえて、扉が開いた。
「有栖!?」
「ぶっぶー、わたしは妹の茜だよ」
茜はいつもしているポニーテールを下ろして、有栖と同じ髪型をしていた。肩まで伸びた髪の毛がキラキラと輝いている。話さなければ有栖と区別がつかない。
「今日はお姉ちゃん、お願いね」
そう言って奥に引っ込んだ。少しすると浴衣姿の車椅子に乗った有栖がやってきた。
「可愛いよ」
「ちょっと恥ずかしいから……」
茜は有紗を覗き込んで楽しんできてね、と嬉しそうに笑った。
「じゃあ、明日連れてきますから、また、何かあったらすぐに連絡します」
「よろしくお願いします」
お母さんに思い切り頭を下げられた。きっとこのお泊まりデートは、有栖の最後の願いなんだ。家族達の空気から、気づいてしまう。
僕は車椅子を押しながら駅前のホテルへ向かった。
「今日は楽しみだよ。ドキドキするね」
有栖は心底楽しそうだ。変なことを言って困らせては駄目だ。今日は有栖のためだけに過ごそうと心に決めた。
「ごめんね、彼女なら一緒に横を歩くべきなのに」
「気にするなよ。僕は有栖の車椅子を押すだけで夢を見てるみたいだよ」
「嬉しい」
ホテルまでは平地を10分程度だ。このホテルを選んだのは花火が見える以外に、僕が車椅子を無理なく押せるようになど、考えてくれたのがハッキリと分かった。
「今日さ、ちょっとくらいなら無理しても大丈夫だよ」
有栖はこちらを向いて、期待の表情を僕に向けた。
「有栖の体調次第だよなあ」
有栖を苦しませては、意味がない。有栖はきっと初めてだ。無理させてはいけない。
「ちょっとくらい無茶しても大丈夫なんだけどな。わたし、お姫様じゃないんだよ」
「僕にとってはお姫様だよ」
「うふふふ、わたし大切にされてるよね」
「当たり前だろ。有栖は僕の全てだよ」
僕の言葉に有栖は真剣な表情をする。じっと僕の顔を見て口を開く。
「そうだ。前も言ったけどね。わたしが死んだ後のこと少し考えたの」
「……えっ?」
「あぁ、こっちの話……、きっと篤史に言っても無理だから……。あのさ……」
有栖を押して、ホテルの入り口まで移動する。
「着いたよ」
「本当だ、あっという間だね」
有栖は何か言おうとしてたことを飲み込んで、ニッコリと笑った。
「わたしほど幸せな病人、あまりいないだろな。これまで、ありがとう」
「そして、これからも、だろ」
「う、……うん」
有栖は少し言いにくそうにする。言いたいことはわかる。それでも、僕はその後の言葉は聞きたくなかった。
―――――
もう少しで悲しいお話は終わる予定です。
一応、ハッピーエンドになります。
ただ、それが皆さんの思うハッピーエンでは、
ないのかもしれません。
悲恋ものですが、それだけで終わらすつもりは
ないのですが、、、
読んでいただきありがとうございます。
フォロー、いいね、待ってます。
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