第5話 最後のおでかけと花火大会 その2

 僕がフロントでチェックインを済ますと、受付の女性がどうぞ、と僕と有栖をエレベーターに案内してくれる。


 エレベーターを呼び出して乗り込むと、僕と有栖が乗り込むのを待つ。


 僕たちふたりが乗り込むと20階のボタンを押した。


「当ホテルは初めてでしょうか」


「はい」


「当ホテルは全室花火大会が見えるよう最高のロケーションになっております」


「そうですか、それは楽しみだ」


「彼女さんと花火大会をお楽しみください。それと完全バリアフリーになってますのでご安心ください」


 僕は有栖の方を向くと、有栖はぺこりと頭を下げた。


「こちらでございます」


 カードキーを差し込み、僕と有栖が入るのを見届けて、受付の女性も一緒に入る。


「お食事は何時ごろお持ちいたしましょうか?」


「えと……」


 僕は思わず有栖を見た。食事の事まで頭が回ってなかったので、そう言うオプションの確認さえしてなかったのだ。


「18時くらいにお持ちくださいますか」


 有栖は僕に目配せをした。僕は花火大会のことだけを考えて、他に頭が回ってなかった。車椅子の有栖を食事に連れ回すことなんて出来るわけもない。下手をすれば、コンビニかテイクアウトで済ますハメになったことに気づく。


「それじゃあ、お楽しみくださいませ」


 受付の女性はそれだけ言うと部屋を出ていく。僕は思わずため息が出た。


「どうしたの?」


「情けないよ。あれだけ計画練ってたのに、食事の事考えてなかった」


「大丈夫だよ。そこら辺の計画は気にしなくていいよ」


「ごめんね、そしてありがとう」


「うううん、それよりさ」


 有栖は左指を僕にそっと見せてくる。左手薬指には僕のプレゼントした指輪が輝いていた。


「あまりお礼言えなくてごめん。ありがとうね。それと……」


 有栖はポーチから箱を取り出して、僕に渡した。


「こんなに遅くなってごめんね。自分で用意したくて」


「開けていい?」


「うん」


 箱の中には時計が入っていた。


「この時計ね。ちょっと変わってるの」


 液晶の一部を押すと、機械の音声が聞こえた。


「今日は有栖とホテルデート記念日です」


「これは、浮気できないなあ」


「あははは、気にしないで、わたしとの思い出を少しくらい入れてもいいかなって思ってね。それとさ……これ」


 有紗は僕に一枚の手紙を渡して、ニッコリと微笑む。


「この手紙はね。わたしが死んだら開けて欲しい」


「駄目だよ、そんなこと言っちゃ」


「目を背けちゃ駄目なんだよ。わたしはもうすぐに亡くなるんだ。だから、その時のこと書いておかないといけない」


「嫌だ。そんな悲しいこと言うなよ……」


 有栖は僕に近づいてそっとキスをした。


「わたしには充分に想いをもらったから……。君との一年半、凄く楽しかったよ」


「有栖とはずっと離れたくない」


「ありがとう。わたしのために泣いてくれて……、わたしだってね。ずっと篤史のことだけを考えた一年半だったんだよ」


 有栖はじっと僕を見つめる。用意してきたのだろう真剣な表情がそこにあった。


「正直、出会う前のわたしはいつ死んでもいいと思ってた。悲しむのは両親と妹だけだったからね。そこに突然君が現れた。治してくれるって必死に話してたよね。本当に嬉しかった」


「離れたくないよ」


「ありがとう。初めて話したあの時から、いつか君を悲しませてしまうことだけが心残りだったの」


 瞳から滲むのは、きっと涙だ。僕を悲しませたくなくて我慢してる。


「だから、ずっとどうしたらいいか、それだけを考えてきたんだよ」


「そんなこと考えなくていい」


「駄目だよ。わたしは死んでいく身。でも、篤史には未来がある」


 有栖は車椅子を動かして、窓の方に移動した。


「見て、外が綺麗だよ。夜になったら最高の花火が見えるね」


 車椅子を僕の方に回して向き直る。


「これはわたしの最後のお願い。わたしが死んだら、手紙のこと守ってね」


「手紙の内容はなんなんだよ」


「それは秘密、かな。君に残してあげられることは、これしかないから」


 有栖は目に涙を浮かべながら、嬉しそうに微笑んだ。


 僕には有栖しかいない。有栖が将来何を計画したのか分からない。ただ、一つ言えることは、これ以上有栖を困らせてはいけないことだ。


「なんだか、良く分からないけれども。分かったよ」


「分かってない、って顔に書いてあるよ。まっ、いいか。だからさ、その手紙は暫くは開けたら駄目だからね」


 有栖は、指を出してくる。僕はその指に自分の指を絡ませる。


「約束、……だからね」


 有栖は節目がちに、それだけを呟くように言った。


 夕食を食べながらの花火見物は最高だった。花火大会と言えば、場所取りをして、河川敷に座り込み、見物するのが当たり前だ。


 こんなクーラーの効いた部屋で打ち上がる花火を見ているなんて夢みたいだ。


 花火が打ち上がるたびに、有栖は興奮して僕に上がったよって教えてくる。


 子供のように無邪気な有栖がたまらなく愛おしかった。


「本格的だなあ」


「本当だね。地域の花火大会と聞いてたから、こんなに本格的な花火だと思わなかったよ」


 有栖は打ち上がる花火を見ながら僕の身体に自分の身体を預けてきた。


「もう一つ、お願いしていいかな?」


「どうした?」


「わたしの初めてを奪って欲しい……」


「えっ」


 ゆっくりと打ち上がる花火の音にかき消されるような小さな声だった。


 有栖はベッドに移動するとそのまま倒れ込む。


「ごめんね、シャワー浴びる余裕なくて。家でしっかり洗ってきたから多分大丈夫……」


 僕は有栖に恥ずかしい思いをさせてはいけない、とベッドに寝転がる有紗を優しく抱いた。


「それだけ……かな?」


 有栖を抱きしめてキスをしてあげる。それ以上のことはきっと身体がもたない。


「今日はここまで……」


「駄目だよ。わたしに明日はないんだよ」


 有栖の決心の声を聞いて、僕も決意する。今、ひとつになることは有栖にとって、とても重要なことだ。


「痛くなったら言ってね」


「うんっ」


 僕はゆっくりと有栖の浴衣を脱がせた。透き通る肌と白いブラジャーとパンティ。胸は成長しているようで、結構サイズがあった。


 僕がブラジャーをずらして、口をつけると甘い声が聞こえる。


「大丈夫?」


「うん。今だけは普通の女の子として接して欲しい」


「分かった」


 打ち上がる花火の音と有栖の吐息が呼応して、それは幻想的とさえ思えた。



―――――


花火大会デートです。


打ち上がる花火がもの悲しくも感じる。


いかがでしょう。


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よろしくお願いします。

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