筋肉の妖精
杉野みくや
筋肉の妖精
「ううっ」
俺は重い頭を横にし、楽な体勢を探す。
せっかくの休日なのに熱を出してしまい、俺は朝からひとり、ベッドの上でうなされていた。このところ気温が狂ったように上がったり下がったりしていたせいかもしれない。あるいは、酒に酔ってそのまま寝落ちしてしまい、寝冷えがたたったのかもしれない。
原因になりそうなものを挙げるとキリがなかったので、頭にこれ以上余計な負荷をかけるのはやめにした。あ゛あ゛、少し動くだけで、関節痛が。
そんなこんなで苦しんでいると、キラキラッ、という聞きなれない音が耳に入った。何だろう?と思いながらまぶたを半分ほど開けると、頭上を小さな人影が横切るのが見えた。おかしいな、誰もいないはずなのに。
腕に力を入れ、ダル重い身体を押し上げる。ぼや~っとする頭を左右にゆっくり動かすと、右手の方にその人影が見えた。
そこには、フリフリの服を着た小人が、背丈と同じくらいの羽を羽ばたかせて飛んでいた。これだけでも驚きなのだが、すぐに序の口でしかないと気づいた。
「もしかして、私が見えるのかな?」
その人は妙に低い声で尋ねてきた。俺はもう一度、今度は目を凝らしてその姿をまじましと見つめた。
すじが浮き出てはっきり見えるほどの立派な筋肉が全身を覆い、筋骨たくましいその身体は窓から入る日光に照らされて綺麗に黒光りしていた。髪は短く整えられ、手にはこれまた小さなダンベルを持っていた。ただでさえ熱がでているというのに、服や羽とのミスマッチ感から余計に頭痛がひどくなりそうだった。
「その反応から見るに、私のことが見えているみたいだな。私は筋肉の妖精。チャームポイントはこのたくましく育てあげた上腕二頭筋さ!」
怪訝そうに見つめる俺をよそに、その妖精とやらはさまざまなポージングを取って見せた。きっとこれは幻覚だ、熱で頭がおかしくなっているんだ。
妖精はポージングを終えると、華奢な俺の二の腕をまじまじと見つめた。そして、はぁっと大きくため息をついた。
「ったく、最近の若いやつは筋肉が全然なっとらん。あんたもそのひとりさ。そんな軟弱な体だから、体調も崩しちまうんだ」
急に説教されて俺少しイラッとした。だが、言葉を返せるほど頭が回ってはいなかったため、何も言わなかった。そんな俺の機嫌を察知したのか、妖精はむっちりした腕で頭をぼりぼり掻いて申し訳なさそうな表情を取った。
「あ~、そんな気を悪くするなって。急に怒鳴ったりして悪かったよ。お詫びに、私の自慢の筋肉を触らせてあげよう」
そう言って妖精は隆々とした上腕二頭筋を俺の前に差し出した。お詫びも筋肉って、どんだけ好きなんだよ、と呆れながらも、俺はおそるおそるその腕を触ってみた。
「っ……!?」
か、硬い!ごつごつとしたすじは妖精とは思えないほど仕上がっており、文字通り鉄骨のような堅牢さだった。しかも触っていると、不思議と体が軽くなるような感覚がした。
俺が手を話すと、妖精は満足したかのようにうんうんと頷いた。そして再び、ポージングを取り始めながら口を開いた。
「筋肉は己の体を強固にし、風邪にも負けない立派な体に仕上げてくれる!それだけじゃない。たくましい筋肉は周りの人々を笑顔にし、癒やしをもたらす!風邪が治ったら、ぜひ己の筋肉を鍛え上げてくれたまえ!それでは、またどこかで会おう!さらばだ!」
そう言い残すと、妖精はキラキラッ、という音と共に目の前から消えていった。
嵐のように通り過ぎていったあの妖精は結局、何だったんだろう?
俺は少し考えてみたが、結論が出るわけでもなく、すぐに横になろうとした。すると、袋のようなものが頭にぐしゃっと当たるような感覚がした。枕元に目を向けると、プロテインの大きな袋と練習メニュー表が置いてあった。
これは、始めるしかないのか……?
筋肉の妖精 杉野みくや @yakumi_maru
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