☆Special battle2.「夢の行き着いた先」

 ……此処が何処なのか、それは自分にも相手にもよく分からない。

 目覚めてから「あれは夢だ」と気付き、そしてすぐに忘れてしまうのだ。


 はいつもの普段着ではなく、仕事着である丈夫な冒険服を着ている。

 僕は腰に長剣ロングソードを、向こうは腰の左右に一本ずつ、舶刀カトラスを帯びている。


 ──今回、相対する人間は実に見慣れた顔だ。名前はディリック=ディオード。

 仲間内ではディディーと呼ばれている。


 ディディーはこちらに対して格好よく見せつけるように、両腕を交差させて腰の舶刀カトラスを素早く引き抜いた。僕は小さく笑うと、彼に応じて左手で長剣をゆっくりと引き抜く。


 銀色がにぶく輝く両刃の剣。僕は両手持ちで中段に構え、ディディーを待ち受ける。

 視線がかち合い、互いに静かに呼吸を溜めた後、


「──行くぜ」 


 ディディーが体当たりを仕掛けるように突っ込んできた!

 先手は中段からの僕の刺突、動きに合わせただけの単なる牽制だが、ディディーは真っ向からそれを避けようともせず、喉、あるいは顔面で受けようとする!


「……っ!」


 反射的に僕は怖気おじけづいて剣を引いてしまい、構えを戻す──だが、その時には既に片手剣の間合いであり、一刀を受け、後退し、一刀さばいては後退するという一方的な防戦を強いられてしまった……!


 このままではまずい──! 何か突破口は……!


 しかし、片方を受けてから崩そうにもディディーには意図を見透かされてしまっている、必要以上の膂力りょりょくを込めた斬撃はこない。

 むしろ、逆だ──斬撃は軽い……!

 向こうは二刀を休みなく振り回しているのに呼吸は特に乱れた様子がない。

 このまま我慢比べでもするつもりなのか、と思った矢先──


(……くるか!)


 僕は舶刀カトラスを剣で受け、強引にでも鍔迫り合いに持ち込んで押し返そうとするが、ディディーはその体勢を崩そうとする目論見を看破し(!)、回転しながら僕の延髄えんずいを切り裂こうとする!


「そうは──」


 ──その時、僕は唐突に思い出した。

 前がかりに崩れた姿勢、鍔迫り合いからの半端な構えに腕は縮んで、武器は長剣。

 ディディーは身を翻している最中で視線は僕から外れている。


 ……ならば、取り得る選択はただひとつ。


 (剣を構えたまま狙いを限界まで下げ、脇腹を突き刺せ!)


 僕の首がディディーの斬撃によって飛ぶ事は無かった、遠心力の乗った白刃が首に触れる直前に、不可視ふかし障壁しょうへきが弾いたのである!

 それによって跳ね返された分、距離も離れ、僕の前に致命的な隙をさらす……!


(──今だ!)


 その時、まるで時間が止まったように感じたに違いない。お互いが、だ。

 攻守はまさに逆転し、必勝の好機に僕は腕ではなく脚を動かし、ディディーの腹を貫くべく踏み込んだ──しかし、これもまた切っ先が彼に届く事は無かった。

 


 ──そう。思い出したとは、まさにこのこと。


 


 決して、剣士の常識で戦ってはならない。

 僕は今まで寝惚ねぼけていたのか、それにようやく気が付いた……


「準備運動にしちゃ、随分もたついてたよな。結局、なんだったんだ?」

「……大した理由はないよ。単に、寝惚けていただけさ」

「ふーん……ま、いいけどさ」


 ディディーが再び、二刀を構える。僕は長剣を今度は中段ではなく、脇に構える。

 中段の構えは攻守を柔軟に考えられるが、魔法剣士にとってそれが必ずしも正攻法とは限らない。

 極端な話、剣は攻撃一辺倒でいい。防御に使わない。


 ──剣は攻撃、防御は魔法。


 根本的に戦い方が違うのだ、剣士とは。

 僕達二人は試行錯誤しこうさくごの上、この流儀に行き着いた。


 実際、それに気付いてからの修練によって僕達二人の戦闘力は飛躍的に向上した。

 互いに手加減無しで本気で斬り合っても、怪我一つしないのだ。

 毎日毎日、真剣勝負による死闘を繰り広げているようなものなのに、無傷で経験を得るこのやり方はちょっとずるいとさえ思う。


「……おっ、どうした?」


 思い返して自嘲じちょうした僕に、ディディーが声をかけてくる。


「いや、なんでもないよ」


 そう返した僕に、ディディーは嘆息を一つ吐く。


「そうかい。……それじゃ、ぼちぼち再開するか!」


 ディディーはそう言うや否や、こちらに向かって駆け込んでくる!


 そして、目の前で背中を反らしながら大きく両腕を振り上げ──

 僕はその無防備な腹を両断すべく、力強く腕を振り込み──


 見えない殻を打ち壊した瞬間は小気味よく、しかし、直後に伝わってくる粘着質な抵抗は屈強であり、刃はたちまち食い込まれて動かない。

 ディディーも同様だ、僕の両肩を砕かんばかりに叩き付けようとした二刀が触れる寸前にぴたりと止まって、それから微動だにしない。……これまで、か。


「──仕切り直しだな」

「……そうだね」


 互いに目を見て、ディディーが呟き、僕も承知して肩の力を抜いた。

 時には続ける事もあるが、大体はこのように一本として処理して稽古を続ける。


 理由としては色々あるが、一番は魔力も集中力も有限である、という事だ。

 どちらが欠けても大怪我をする、これは怪我しないからこそ有意義な訓練法なので慎重すぎるくらいで丁度いいのだ。


*


 ……その昔、ジュリアスは防御の魔法、魔法障壁について色々と僕達に説明した。


 その中で生命をまもるもの、分かり易い形は"卵"である──と。

 最古にして最初の障壁、万人が想像可能な代物として提案されたは、成る程、理にかなっていた。


 魔法障壁というと、ついつい字面から壁のようなものを想像しがちである。

 実際、その方が場面によっては使えるし、堅牢である場合も多い。

 だが、個人を護る形として使うならやはり"卵"型の方が使い勝手がいいのだ。


 堅い殻と柔軟な液のような二層構造。硬軟兼ね備えた魔法障壁バリアー

 それが僕達の常用する、"不可視なる力の鎧フォースディフェンダー"である。


*


 ……それから僕達は幾度か切り結ぶが、互いに体力と魔力を削り合うだけで決着はつかなかった。


 なまじ双方ともに防御力が高いだけに、剣のみで突破するには、どうにも決め手に欠けていた。

 二刀の連撃も、両手持ちの一撃も、工夫を凝らしても魔法障壁を突き破るまでには至らず、途中で阻まれてしまう。お互い、まだまだ修行不足といったところか。


 ならば、今回は見切りをつけて、戦いを締め括ってもいいだろう。

 ディディーもそのつもりのようだ。僕達はほぼ同時に呪文を唱え始め──


「「其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源──」」


 これがいつも通りなら、かける魔法もおそらく同じ。


「神秘なる働きよ、我が意に沿って力を示せ!」「"魔を宿すエンチャント武器ウェポン"!」


 僕は手にした剣の中程から剣先まで指でなぞりながら呪文を詠唱し、ディディーは腹の前で両腕を交差しながら、魔法だけを唱える。


 どちらも魔法は正しく作用し、刃に魔力の働きが宿った。

 ──これで、次の攻防は今まで通りとはいかない。


 魔力で鋭さを増した剣はお互いの魔法障壁を切り裂く事が出来る。……だが、僕に対策がない訳ではない。


「それじゃ、いつものように行きますか──!」


 ディディーが宣言すると、無造作に間合を詰めてきた!

 十字の型、僕の肩を狙い、上段から振り下ろされた舶刀カトラスの一方を長剣で防ぐと、もう一方のよこぎを全力の魔力、魔法の防御で迎え撃つ!


「……んなっ!?」


 ──この時、僕がとった手段とは魔力を一極集中して防御力を向上させた魔法障壁"不可視なる力の盾"フォースシールドで防ぐのではなく、初歩的な念動の魔法"視えざるゴースト第三の手ハンド"──それは刃ではなく拳を押さえて押しとどめる、だった。


 この手は流石にディディーの頭にはなく、実際、裏をかく事に成功したが──

 、悪手だった。


 何故なら、この形は変形の手四つのようなもの──そう、互いに両手を握り合って力比べをする、あの体勢である。


 一方は剣と剣、一方は拳と魔力。それらで押し合いをしている。


 きょ、また違った展開もあっただろうが、後の祭りだ。僕はじりじりと押され始めていた。


(くそっ、しくじったな……)


 動揺を見透かされないよう、心の中で舌打ちする。

 かたや両手持ち、かたや二刀流。普通の力比べなら、難なく跳ね返せよう。


 ……だが、ディディーは"筋力強化ストレングス"の魔法を後出しで使っていた。


 それに対抗しようにも僕は今、魔法という手札は使ってしまっている。

 そうして、僕の長剣はディディーの舶刀カトラスたった一本に抑えられ……残る一方が徐々に、魔法の圧力を押し退けつつ僕の方に迫ってきていた。


「いい発想アイデアだと思ったけどな。悪いな、ゴート……この勝負、貰ったぜ!」


 魔力と力比べしていたディディーの腕が、次には素早く振り抜かれ──

 僕の胸、いや、腹の上辺りを浅く切り裂いた!


「……くっ!」


 その瞬間、反射的に僕は顔をしかめるが別に痛みがあった訳ではない(

)、しかし、ディディーの舶刀カトラスにはしっかりと僕の返り血が付着し──

 (──ここしかない!)攻撃の反動ですぐには動けないディディー、斬られた衝撃で念動の効果が途絶えた瞬間を僕は見逃さず、ほんの僅かでもいい、脚に"気"を溜め、後方へ跳躍して逃げようとする!


 ──しかし、僕の焦りとは裏腹にディディーは追撃する素振りを全く見せない。

 僕は剣の間合からひとまず離脱に成功すると、


(まずいな……)


 がある。この世界は間も無く消える、決着を急ごう。時間がない。

 既に意識が覚醒を始めている……次を、最後の攻防にする。


 向こうもが分かっているのだろう──舶刀カトラスの"血糊ちのり"を霊媒れいばいにして、"不定ふてい精霊せいれい"を召喚し、反応した血糊が炎上して刀身をくるむ。

 次いで、もう一方の刀身も火の精霊の魔力で燃え上がった。

 そして、ディディーはおごそかに呪文を唱え始める……


「──我が想念と意志を火にくべて、わざわいよりまもたまえ」


 彼の周囲を漂っていた火の精霊はその姿形を崩し──二手に分かれて刀身に宿るとがっていた炎を吸い込んで、まるで宝石のようにあやしく、あかく、刃を絢爛けんらんに輝かせた。


DディーDディ、か……いよいよだな」


 D・D──

 魔法のマジック造語ワード由来の単語を無理矢理組み合わせ、頭文字を取ってディディーは自らの必殺技をそのように名付けた。

 自らの魔法に召喚した精霊の魔力を上乗せし、増幅して放つ──

 "破壊のディストラクション・天災"ディザスター、略してD・D、である。


 ──火なら火災、風は竜巻、土は石化と地震、水は霧風と吹雪を呼ぶ。

 未だ発展途上だが、現時点でも十分な破壊力はある。


 ……僕は仲間という贔屓目ひいきめなしにしても、彼の必殺技を魔法剣士が振るう魔と剣の極致だと評価している。

 

「火と熱の輪 炎の旋風つむじ──」

 呪文を詠唱しながら繰り出される斬撃は十字の型通りであり、剣で捌こうとすれば冒頭のように防戦を強いられる。

「──火の粉が踊り、火の子と舞う」

 今度は間違えない。いや、間違えられない。奇をてらわず、基本に忠実に行く。

「灰の中でちる運命さだめ

 力で勝るならば、小賢しく捌くよりも荒々しく弾き飛ばすくらいでよいのだ。僕は

大振りで迎え撃ち、剣がぶつかり合う度に比喩ひゆではなく、火花が散る。

むくろも無く」──右、「墓標ぼひょうも無く」──左、どちらも空振りして「白煙けむりとなりて天に昇る」ディディーが僕の胸を前蹴りして強引に間合を離すと、一拍置いて両腕を振り上げ、踏み込んでくる!


「──太陽に届け、燃え尽きぬ火柱のうちに!」


 呪文の完成と同時に刀身に封じ込められていた炎の魔力が解放される!

 それは最早、斬撃でなく巨大な炎の柱で殴りつけられるような異様であり、強大な炎の魔力が地面に触れると方向を変え、火柱の如き火災旋風を生じさせるのだ!

 通常の魔法障壁ではとても耐えられない、かといって一極集中型では炎熱は完全に防げず、隙間を抜けて焼き尽くすだろう……!


 ──だが、僕に迷いはなかった。

 奇をてらわず、基本に忠実に行く──この場合の基本とは魔法剣士の流儀、僕達の見出みいだした戦法の事である。


 すなわち──剣は攻撃、防御は魔法!


 僕は左手で剣を握っている。……右手を左腕の下に交差させるようにくぐらせ、

剣のつかの先を握り込んだ。

 ディディーとは半身で相対する。構えは下段。魔法障壁が炎に焼かれて蒸発する。 

 熱が殻をかし、液を全て消し去る前に、僕は剣を振り上げた!


 ──その一閃ひらめき易々やすやすき、空間に空白の軌跡を残していった。

 炎とディディーを斬って捨て、一言の台詞ぜりふも無くこの世界から退場させる。 


 ……時間だ。残心も勝利の余韻よいんもなく、僕の意識は途絶とだえた。

 この世界の事もすぐに忘れてしまうだろう……


<終>

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魔術師と剣のひらめき ー旧版ー  てぃ @mrtea

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