27.SIDE:B「Game changer」
──
それが互いの尾を食らい、円環を為している。これが不滅を意匠している。
……そして、これにはもう一つ、ささやかな意味合いが含まれていた。
それは
一方の蛇は頭から腹までが大きく、腹から尾までが一回り小さい。もう一方は逆に頭から腹までが小さく、腹から尾までが大きい。これは一匹の大蛇が丸呑みし、腹が裂けて分裂し、そこから再生した事を意味する。
戦後暫くしてから今までの、組織再編の歴史(※)を風刺しているのだ。
※(戦後、
*
──まず、結論から言おう。アンテドゥーロが語った真相は
ジュリアスらに話して聞かせた個人的な動機、それが真っ赤な嘘であったのだ。
彼女らが四人いたという話も当然嘘で、アンテドゥーロは二人しか存在しない。
……そう、今のところは。
そもそも、
殺害の方には手段に制限は無く、「数も少数でよい」とされた。
そこで彼女らは下調べをし、打ち合わせを重ね……行動を開始してからも、密かに連絡を取り合いながら、芝居が破綻しないよう自らの役を演じ続けた──文字通り、命がけの芝居は最後まで特に疑われる事無く、ひとまず閉幕まで漕ぎつけたと言っていいだろう。
ところで、彼女らが
それが何かと言えば、死霊非法を知らぬ者は知る
例を挙げるなら、1が複製として2を呼び出す。ここまではいい。
続けて1は2という複製が存在したまま、3なる複製を呼び出す事が出来ないのだ。
……しかし、抜け道はある。1が3を直接呼び出す事は出来ないが、2が複製として3
──では、話を戻そう。
そのようにして白日の下に
事が
それがもし、愚か者であれば
それが後々、自らの首を
それこそ自業自得、というものであろう──勇ましい抗弁も
しかし、賢明かな。
犠牲者も民間人のみである。これでは冷静に立ち回られても仕方あるまい。
……それなら、それでよい。
国として、表向きは
*
"フージ"の山の
そこは人はおろか、獣すら寄り付かない樹海の奥深くにある。
……しかも、ただ奥地にあるのではない。
その洞窟にたどり着くまでに致死的な毒霧の立ち込めた低地や
そういった意味でも、今までにそこを訪れた者は
──その洞窟は誰にも知られぬよう、長い期間をかけて少しずつ整備された。
多数の人間が定住できるまで十年ほど、さらに拠点として使用できるまでに数年をかけたという。内部は縦横に拡張され、図解にすれば蟻の巣穴のようである。各所にある建物や倉庫なども区画によっては一つや二つではない。
……その地底の奥深く、行き止まりには巨大な地底湖があった。
そこまでの順路には等間隔に魔法の燭台が定置され、周囲を照らし出している。
アンテドゥーロは一人、そこを訪れていた。彼女を再び、現世に呼び戻すためだ。
地底湖……その湖岸の
──湖水は暗く、黒く、そして深い。しかも、
……水温は冷たくはない。むしろ、
温泉と
……暫く湖面を眺めていたアンテドゥーロだが、やがて意を決して湖岸から僅かに身を乗り出し──左手を水面へ、慎重に伸ばしていく。
この作業がもっとも緊張する瞬間だ。
決して、湖に落ちてはいけないし、必要以上に
何故ならば、この湖水こそが死霊非法の根源たるもの──便宜上、"
これが何時からあるのか、誰が何の為に用意したのか……彼らは知る
それを知るとすれば彼らの、人知を超えた共謀者のみである。
何故、人知を超えたと断言できるのか──その
岸壁と湖水は一切、触れてはいないのだ。
岸壁と湖水の間は未知の金属で完全に
──そう。これこそが、
この地底湖──のように見えるものは実は金属、"釜"で囲われている。それ故に、その中で煮られているもの──を、"スープ"などと呼んだのだ。
……アンテドゥーロの指先が湖水に触れた。
そのままゆっくりと、手首の辺りまで水中へ沈めていく。
痛みはない。感覚もない。
この湖水に触れたが最後、たちまちのうちに消化されてしまうのだ。
そうして、"スープ"の中に自身の一部、或いは全部が
死体はおろか道具、あらゆる物質を消化して、ただひとつとなる。
それこそが、この"スープ"が死霊非法の霊媒として機能する最たる理由。そして、
この霊媒に触れねば、死霊非法は絶対に起動しない。
……死霊非法に挑むにあたって、挑戦者は決して恐慌してはならない。
あるがままに、
失ったものは取り返せ。
死霊非法の
「──くっ!」
突然、彼女の手が湖に強く引かれたかと思うと、その勢いのままに湖へと引っ張り込まれそうになる!
しかし、アンテドゥーロは強い引きを
──その時、水中で彼女は誰かの手を握っていた。
*
……二人のアンテドゥーロが、湖岸に仰向けになって胸で息をしていた。
一人は派手な厚化粧をして、左腕が湖水で濡れている。
その左腕は湖中で確かに失ったはずだが、"スープ"を霊媒として用いれば、復元もまた可能である。
引き上げられたもう一人は全身ずぶ
間違いなく複製した自分自身であるが、その中身は少しずつ変わってきている。
常に同じ経験をしている訳ではないから、当然だ。今は姉妹のように思っている。
「ふふ……」
「ふっ……」
暫くして、どちらともなく笑い始める。
──そもそも人間一人を復元、もしくは複製する作業の負担は決して軽くない。
魔術的に言えば"
だからこそ、今のうちに言える事は言っておこう。次に目覚めた時、隣にいる
とは限らないのだから。
「おかえり。"血"のアンテドゥーロ……」
「……ただいま。"知"のアンテドゥーロ」
*
これが高度な政治判断で一つの怪事件として処理された話の
──では、最後に。
不和と知略、名声と流言を司る者──アン=コモンが己の共謀者達に囲まれた際に宣言した言葉を紹介し、物語を
「世界は変わる。我々が変える。昨日までの常識が今日には逆転し、今日の非常識は
明日の常識となる。人が心を入れ替えるように世界もまた生まれ変わるべきなのだ」
<暗躍する暗躍者・終>
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