27.SIDE:B「Game changer」

 ──暗躍者アサシン教団ギルドの象徴は二匹の蛇である。

 それが互いの尾を食らい、円環を為している。これが不滅を意匠している。

 ……そして、これにはもう一つ、ささやかな意味合いが含まれていた。


 それは装飾品アクセサリからは分かりづらいが、元になった図柄を見れば、一目瞭然である。

 一方の蛇は頭から腹までが大きく、腹から尾までが一回り小さい。もう一方は逆に頭から腹までが小さく、腹から尾までが大きい。これは一匹の大蛇が丸呑みし、腹が裂けて分裂し、そこから再生した事を意味する。

 戦後暫くしてから今までの、組織再編の歴史(※)を風刺しているのだ。

※(戦後、暗殺者アサシン集団ギルドにも再編の波が押し寄せ、現在で言う秘術派と策動派が合流。最終的に組織を乗っ取られる)


*


 ──まず、結論から言おう。アンテドゥーロが語った真相は虚言きょげんであった。


 ジュリアスらに話して聞かせた個人的な動機、それが真っ赤な嘘であったのだ。

 彼女が四人いたという話も当然嘘で、アンテドゥーロは二人しか存在しない。

 ……そう、は。


 そもそも、暗躍者アサシン教団ギルドの頭脳を担当する策動派(かつての戦争で作戦参謀をになった人をこまのように扱う達観した倫理観を持つ連中──の流れをむ一派)が、彼女に課したのは暗躍者アサシン教団ギルドの噂を流し、浸透させる事と民間人や兵士、騎士や官吏かんりなどの殺害であった。

 殺害の方には手段に制限は無く、「数も少数でよい」とされた。


 そこで彼女らは下調べをし、打ち合わせを重ね……行動を開始してからも、密かに連絡を取り合いながら、芝居が破綻しないよう自らの役を演じ続けた──文字通り、命がけの芝居は最後まで特に疑われる事無く、ひとまず閉幕まで漕ぎつけたと言っていいだろう。


 ところで、彼女らがいた嘘のせいで、巧妙にまぎれてしまった死霊しりょう非法ひほうの真実が一つある。これが藪蛇やぶへびとなるか怪我けがの功名となるかは、まだ分からない。


 それが何かと言えば、死霊非法を知らぬ者は知るよしもないが──この秘術は人間の複製は出来ても、ことだ。


 例を挙げるなら、1が複製として2を呼び出す。ここまではいい。

 続けて1は2という複製が存在したまま、3なる複製を呼び出す事が出来ないのだ。


 ……しかし、抜け道はある。1が3を直接呼び出す事は出来ないが、2が複製として3もどきを呼び出す事は可能。つまり、少数なら疑似的ではあるが、複製体をことは出来る。※(実際には双子、三つ子、四つ子と、数が増えるごとに原型から離れていってしまうが)



 ──では、話を戻そう。


 暗躍者アサシン教団ギルドと彼女らの画策した陰謀であるが、それは不特定多数の人間を殺害する事が目的ではなく、殺人はあくまでも目標達成の手段に過ぎない。


 稚拙ちせつな殺人事件を大事件のように煽り立て、犯人が大々的に知れ渡る──

 そのようにして白日の下にさらされる事こそが、計画の最終的な目標と言えた。


 事が露見ろけんして責任の所在がはっきりとすれば、取引相手はどのような態度で交渉にのぞむのか? 居丈高いたけだかに、強硬に主張してくるだろう。世論の後押しだってある。


 それがもし、愚か者であれば猶更なおさらだ。こちらが下手したてに出ている間に付け上がり、気分よく賭け金を上げ続けてくれるだろう。

 それが後々、自らの首をめてくるとも知らずに……


 閾値いきちを超えた要求は、巡り巡って自分に跳ね返ってくる。

 それこそ自業自得、というものであろう──勇ましい抗弁もむなしく、我々の提案を受け入れざるを得ない。


 しかし、賢明かな。鉄の国ギアリングの宮廷魔術師は甘言には引っ掛からなかった。

 。これでは冷静に立ち回られても仕方あるまい。


 ……それなら、それでよい。


 国として、表向きは死霊しりょう非法ひほうを根も葉もない噂と否定するなら、こちらもえて静観しよう。そして、いましばらくは我らが死霊非法の陰におびえてもらおうではないか。

 なんじが隣人を疑う、疑心暗鬼の種が発芽して根を張る、その日まで……




*




 理想のアルカディア大陸プレートの北東に、"フージ"と呼ばれる霊峰がある。

 "フージ"の山の裾野すそのには地元の人間すら迷わせる樹海が広がり、洞窟も発見されているものだけで幾つもある。その中の一つに、暗躍者アサシン教団ギルドの隠し拠点が存在した。

 そこは人はおろか、獣すら寄り付かない樹海の奥深くにある。

 ……しかも、ただ奥地にあるのではない。

 その洞窟にたどり着くまでに致死的な毒霧の立ち込めた低地や徘徊はいかいする魔獣等、大自然の脅威に擬装ぎそうした危険な罠の数々をくぐけなければならないのだ。

 そういった意味でも、今までにそこを訪れた者は皆無かいむであった。


 ──その洞窟は誰にも知られぬよう、長い期間をかけて少しずつ整備された。

 多数の人間が定住できるまで十年ほど、さらに拠点として使用できるまでに数年をかけたという。内部は縦横に拡張され、図解にすれば蟻の巣穴のようである。各所にある建物や倉庫なども区画によっては一つや二つではない。


 ……その地底の奥深く、行き止まりには巨大な地底湖があった。

 そこまでの順路には等間隔に魔法の燭台が定置され、周囲を照らし出している。


 アンテドゥーロは一人、そこを訪れていた。彼女を再び、に呼び戻すためだ。

 地底湖……その湖岸のふちに立ち、しゃがみ込んで水面を見つめる。


 ──湖水は暗く、黒く、そして深い。しかも、かすかに湯気が立ち上っている。


 ……水温は冷たくはない。むしろ、生温なまあたたかい。人肌の温度だ。

 温泉と見紛みまごうかもしれないが、そうではない。何故なら、温泉特有の硫黄いおうにおいはしないから。むしろ地底湖周辺はいその香り──大海原おおうなばらの上にいるかのような、しおの臭いで充満していた。


 ……暫く湖面を眺めていたアンテドゥーロだが、やがて意を決して湖岸から僅かに身を乗り出し──左手を水面へ、慎重に伸ばしていく。


 この作業がもっとも緊張する瞬間だ。


 決して、湖に落ちてはいけないし、必要以上に湖水こすいに触れてもいけない。

 何故ならば、この湖水こそが死霊非法の根源たるもの──便宜上、"生命いのち玄海スープ"と呼ばれる霊媒れいばいだからだ。


 これが何時からあるのか、誰が何の為に用意したのか……彼らは知るよしもない。

 それを知るとすれば彼らの、

 何故、人知を超えたと断言できるのか──その理外りがいたる証明は、この地底湖の湖岸を、暗闇を照らして調べればすぐに分かる。


 岸壁と湖水は一切、触れてはいないのだ。

 岸壁と湖水の間は未知の金属で完全にさえぎられている。


 ──そう。これこそが、地獄じごくかま。紛れもない、魔術の到達点の一つ。

 この地底湖──のように見えるものは実は金属、"釜"で囲われている。それ故に、その中で煮られているもの──を、""などと呼んだのだ。


 ……アンテドゥーロの指先が湖水に触れた。

 そのままゆっくりと、手首の辺りまで水中へ沈めていく。

 痛みはない。感覚もない。

 この湖水に触れたが最後、たちまちのうちに消化されてしまうのだ。


 そうして、"スープ"の中に自身の一部、或いは全部が渾然一体こんぜんいったいとなって残る。

 死体はおろか道具、あらゆる物質を消化して、となる。

 それこそが、この"スープ"が死霊非法の霊媒として機能する最たる理由。そして、

 ……死霊非法に挑むにあたって、挑戦者は決して恐慌してはならない。

 あるがままに、すがまま受け入れるのだ。これは試練とも、洗礼ともいう。


 失ったものは取り返せ。くしたものは取り戻せ。


 死霊非法の神髄しんずい其処そこに在る。恐れるな、手を伸ばせ。にぎれ、つなげ、つかれ。

 おのが望むまま、望むものを手に入れる為に。


「──くっ!」


 突然、彼女の手が湖に強く引かれたかと思うと、その勢いのままに湖へと引っ張り込まれそうになる!

 しかし、アンテドゥーロは強いこらえて、肘、いや、二の腕まで呑まれた左腕を、逆に引っ張り上げる!


 ──その時、水中で彼女は誰かの手を握っていた。渦中かちゅう目覚めざめた者も、彼女の手を強く握り返していた。




*



 ……二人のアンテドゥーロが、湖岸に仰向けになって胸で息をしていた。

 一人は派手な厚化粧をして、左腕が湖水で濡れている。

 その左腕は湖中で確かに失ったはずだが、"スープ"を霊媒として用いれば、復元もまた可能である。

 引き上げられたもう一人は全身ずぶつ、全裸だった。姿形も彼女と瓜二つ。

 間違いなく複製した自分自身であるが、その中身は少しずつ変わってきている。

 常に同じ経験をしている訳ではないから、当然だ。今は姉妹のように思っている。


「ふふ……」

「ふっ……」


 暫くして、どちらともなく笑い始める。


 ──そもそも人間一人を復元、もしくは複製する作業の負担は決して軽くない。


 魔術的に言えば"精気吸奪エナジードレイン"の逆用……一時的にとはいえ、復元(複製)した他人に自らの生命力を分け与えて再動させるのである。直後こそ精神の昂揚こうようでごまかせるものの緊張の糸が切れてしまえば、昏睡こんすい状態におちいるのも珍しい事態ではない。

 

 だからこそ、今のうちに言える事は言っておこう。次に目覚めた時、隣にいる

とは限らないのだから。


「おかえり。"血"のアンテドゥーロ……」

「……ただいま。"知"のアンテドゥーロ」



*



 これが高度な政治判断で一つの怪事件として処理された話の末尾まつびであるが、この矮小化わいしょうかされた事件が残した影響は計り知れず、情報を共有する事になった関係各所に衝撃と動揺が広がったのは想像にかたくない。


 ──では、最後に。


 不和と知略、名声と流言を司る者──アン=コモンが己の共謀者達に囲まれた際に宣言した言葉を紹介し、物語をくくろう。


「世界は変わる。我々が変える。昨日までの常識が今日には逆転し、今日の非常識は

明日の常識となる。人が心を入れ替えるように世界もまた生まれ変わるべきなのだ」




<暗躍する暗躍者・終>



>>NEXT -Special battle2-

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