ーエピローグー

26.SIDE:A「三人の後日談/悪夢への招待」

 後に、相談すらなく一人で勝手に話を進めてしまって済まなかったとジュリアスは皆に陳謝した。

 ──いわく「相手方から交渉に降りてきた為、一気呵成いっきかせいに話を詰めるしかなかった。この機を逃すにはいかなかった」のだと。

 事後承諾という形になってしまったがそういう事なら仕方ない──と、皆は一応、納得したようだった。


*


 ……鉄の国ギアリングの出来事から数日後。

 ディディーことディリック=ディオードは閂の国スフリンクの西地区にやってきていた。

 賑やかなこの国にも比較的閑静かんせいな住宅街はある。

 そこに久方振りに訪れた屋敷の一室で、彼は友人と談笑していた。


「──で、貰ったのがこの剣って訳さ。使い古しとかとんでもない、近衛兵このえへい御用達ごようたしの新品だぜ? びっくりしちまったよ」

「そりゃそうだろう。経緯いきさつはどうあれ、向こうからすれば贈答品になるんだから。下手な物は渡せないさ。常識だよ」

「……そうかね? 俺としちゃ、お古の方が使い潰し易くて有難かったんだけどな。俺には勿体なくて使えねぇよ」


 ディディーは冗談めかして、友人に笑いかける──が、本心は少し違っていた。

 ──合わなかったのだ。長剣ロングソード、という武器が。振り込んでみても自分にはまるでしっくりこなかった。……ゴートと違って。


「……それで、そいつを引き取ってくれって話か」


 二人はテーブルを挟んで向かい合っていた。

 ディディーは自身の椅子に寄りかけてあった長剣を卓の上に置いて見せる。

 木鞘には補強を兼ねた金属製の装飾が施されており、他に鉄の国ギアリングの国章もあった。


「そ。要は下取りだな。これ一本と中古の舶刀カトラス二本ならお釣りがくるだろ? お前にとっちゃ、悪い取引じゃないはずだ」


「俺にとっては、な。お前にとっちゃ相当、分の悪い取引だぞ?」

「……そうかな?」


「そうだよ。俺だって親父の仕事を手伝ってる手前、物の値段は多少知ってるつもりだ。……ぼったくりだよ、それは。中古の舶刀カトラスなら二本で銀貨50枚ってとこだろ? で、ほぼ新品のこいつは──銀貨180枚ってとこかな」


「180!? ……いや、まぁ、そんなとこか。ギアリングの鍛冶屋で値札見た時は250枚

とかだったからなぁ……ていうか、舶刀カトラスってそんなに安いのか? そっちのが驚いたんだが。前に店で見た時は一本75枚、いいので銀貨100枚とかだったぜ?」


「……いや、中古でいいんだろう? だったら、ツテがあればそんなもんだよ。海の上で使う刃物はおかの何倍も消耗するし、さび刃毀はこぼれ上等で使い潰すもんだから」


「そりゃ知ってるけど……じゃ、売ってもらっても実戦じゃまるで使えないか……」

「どうだろうな……鍛冶屋にきちんといでもらえば、おかの上ならまだ使えると思うけど……」


 そう言って二、三度、彼は軽く咳をする。体調的なものもあるが、長年の習慣から

癖にもなっていた。


「うーん……」


「まぁ、今は手元に物がないからなんとも言えないけど……ちょうどいいのがあるかどうか、親父とかに聞いてみるよ。……あと二日もすればウチの船も戻ってくるし。その時、物があって銀貨50枚用意出来るってんなら、ディディーに売ってやるよ」


「いいのか? ……なんか悪いな」


「いいさ。友人の就職祝いだ、それくらいは融通するよ。とりあえず、下取りの話はディディーが金を用意出来なかった時に改めてしよう。……けど、舶刀カトラス二本とか、二刀流でもやるつもりなのか?」


 ディディーの友人は彼が冒険者をやり始めた事を勿論、知っている。

 彼は友人の問いに何かような吹っ切れた笑みを見せて、答えた。


「ああ。物の試しに、なんかやってみようと思ってさ……」


(……出来もしない誰かの真似や誰かの背中を追ってもしょうがない。憧れた存在になりきろうったって、なりきれるもんじゃない。だったら──)


 過去を振り返り、記憶の中から馴染みの在ったものを手に取ろうとした。

 それが舶刀カトラスであり、二刀流は偶々たまたま、その延長線上にあっただけに過ぎない──


*



 一方、少しだけ時を進めて、ゴートの話をしよう。


 冒険者として仕事がない普段の日中は、彼の行動はほぼどれかが当てはまる。

 休養か雑用か稽古か、そのいずれかを行う日々だった。


 今日は皆と示し合わせて朝に合同の稽古を行い、その後に軽く食事をして、早めに安宿の部屋に引き上げて来ている。しばらくはベッドの上で休んでいたが──人心地ひとごこちがついて、手持ても無沙汰ぶさたな時間に心がうずいてしまう。

 ……しかし、外に出かけるのも億劫おっくうなので、室内で。

 天井や壁や床に万が一の事がないよう注意しながら、立膝たてひざや正座の姿勢で、剣を振るう事にする。


「──ふっ!」


 室内に剣が空を切る音だけが響いている。

 万全の態勢ではないので、全力で振り回してはいない。

 手抜きをしている訳でもないが……


 今は如何いかに刃を当てて長く滑らすか──それを意識して、訓練している。

 兵役へいえき最中さなかにはまるで考えもしなかった事だ。その時に過ごした無為むいな時間が、今にして悔やまれる。


 ……一旦、剣を振るのを止め、小休止を兼ねてゴートは静かに気を張った。

 ──といっても、実際に出来ているのか、今はそれすら分からないので、あくまでだけだ。


 ……""という概念はギアリングでの出来事の後、稽古中の雑談でジュリアスから教えて貰った。


 曰く、武術にけるに相当するものが"気"というものなのだとか。

 そして、その正体は魔術師の言う魔力と変わらないのだと言う。


 ……なんだそれは、と思うかもしれないが複雑怪奇な大人の世界ではこの言い訳が最良なのだそうだ。


 古くからの魔術師達の特権意識──

 魔術と武術の意図的な差別化──

 縄張りを明確にして不可ふかしんにし、互いの利権を確保する──


 長年の、そういった交渉と裏工作の結果らしい。


 だから、ジュリアスは魔術の(自称)師匠にも関わらず、剣を学ぶ事、傾倒する事に嫌な顔をしない。

 


「同じ……同じ、か」


 剣を振り始めようとした、ゴートの手が止まる。


 脳裏に思い浮かぶのは、達人と呼ばれる人達の戦いの記憶……

 忘れないうちに、忘れないように、折を見て何度も思い返している。


 ──努力では決して越えられない、才能の壁がある。


(……僕達は先日の出来事で、それを痛感した。あの日、あの時、物陰に隠れながら覗き見る事しか出来なかった。其処に居ようものなら足手まといになるのは分かっていたから。それは賢明つ、最善の選択だったように思える)


 ……生まれつきの才能に過去から現在までの不断の努力を掛け算して、今に至る。


 積み重ねられたものを目の当たりし、ある者は壁、ある者はみぞ、またある者は山を幻視し、大仰おおぎょうではなく、絶望する者も多いだろう。凡人では決して追いつく事など出来やしない──と。


 そして、普通なら諦める。分相応という言葉を自分に言い聞かせ、身の丈に合った

舗装された道へと進むのだ。


(僕には──いや、には。未だに何が正しいのか、進むべき道がまるで分かっていなかった……冒険者として非日常的な体験をして尚、自分の人生に目的や生き甲斐など見出せずにいた。……かといって、多くの人々が辿るだろう平凡な人生──その未来図さえ、今の僕にはまだ想像すら出来ていない)


 どうしようもない、半端者である。


 ……このところ、ゴートは暇があれば剣を握って振っている。今も、そうだ。


 彼が手にしているこの長剣は、ジュリアスが先日、無理を通して手に入れてくれた真剣である。彼はそれを惜しげも無く、ゴートとディディーに手渡した。

 二人は受け取ってから数日、共に稽古に励んだが、残念ながらディディーは自分に合ってないといい、剣をジュリアスに返そうとした。

 すると彼は「それはお前にやったものだ。必要ないなら換金すればいいだろう」と

助言した。


 その後、ディディーは友人の伝手つてを頼りに舶刀カトラスを調達し、二刀流を始めた。


 ……ジュリアスは何も言わない。

 むしろ、やる気があるのは結構な事だと応援しているようにも思える。

 挑戦に対する結果──その時々の成功や失敗などは、彼は特に重要視していない

のだろう。方針からして、きっとそうだ。

 何かに挑む、自発的に取り組む事にこそ意義がある。そう考えているに違いない。


 どのような形にせよ、ディディーは一歩進んだ。

 自分は、どうなんだ? 僕はまだ、立ち尽くしたままなのか? 


 前も後ろも分からぬ人生だが、それでも今回の出来事を経て、分かった事もある。

 それは現実逃避かもしれないが、こうして剣を振っている時は余計な事など忘れて無心でいられる気がする──という事だ。


 だから、ゴートは暇があれば剣を振る。今もこうして、剣を振るっている。




*



 ──真夜中。

 秋の只中、寝苦しい訳でもないのにジュリアスは何故か目が覚めてしまった。引き受けた仕事も無事に終わり、いつも通り庶民的な祝宴をした、当日の深夜である。

 まぁ、なんとなく目覚めてしまうのはよくあることだ。

 ……寝直そうとそのまま横になっているが、残念ながら時が経つ内にどうにも目が冴えてきてしまっている。


(だからといって、起きる気にもならないしな……)


 なので、時の過ぎゆくまま、物思いにでも耽る事にした。最初は取り留めない事を適当に思考していたが、何時しか最近の事を振り返り始めた。


 ……まず、個人の話をすれば順調といっていい。

 先日の事件では色々と面倒もあったが、最終的には当初の目論見通りに顔と名は

売れたし、噂は尾ひれもついて閂の国スフリンク国内にも広がっていくだろう。


 だが、それはあくまで個人として、だ。

 ジュリアス個人の名声というか、が、実像を超えて流布されるに過ぎない。それは以前、彼自身が危惧きぐしていたように冒険者一行としての正当な評価ではあるまい。

 しかしその一方でジュリアスが冒険者一行として活動する以上、依頼者もゴートとディディーの二人をいつまでも無視する訳にはいかないだろう。

 はなはだ不本意ではあるが現状、背に腹は代えられない。

 ……ここは言いたい事ややりたい事をぐっと飲み込んで、むしろ小賢しく利用して引率してやるのが、大人の役割だろう。


「大人の役割、か……」


 ──呟いて思い至るのは、話の成り行きで引き受けてしまった厄介ごとの一つ。

 ガウストの事だが、少しの間、仲間として面倒を見る事になった。


 ……といっても、向こうとしてもやる事がある以上、二、三度一緒に簡単な仕事をするだけだが。


 そんな事をして何になるかと言えば、彼女の身の証を保証する事が出来る。

 元暗殺者アサシン──その所縁ゆかりの者として生きていくよりも、冒険者として再出発する方が楽なのは自明の理だ。

 だからこそ今、後々の為に怪しまれず且つ堂々と冒険者を名乗れるように、彼女と行動を共にしているのだ。この提案に乗るかどうかはガウスト次第だったが、意外にあっさりと受け入れてくれた。

 ──とまぁ、身の回りに関しては現在のところ、杞憂きゆうは無い。問題は……


死霊しりょう非法ひほう、か……」


 死霊非法。暗躍者アサシン教団ギルド。それらの事を考え出すと、暗澹あんたんたる気持ちになる。

 ガウストにあまり世話を焼いてやれないのも、これ以上、冒険者としてあの組織と関わり合いたくないからだ。

 常に独りであった昔ならともかく、今は──色々と気を配るものが多すぎる。


(しかし、あの騒動はなんだったのやら……アンテドゥーロ個人の暴走と決め付けていいのかね? 結局、暗躍者アサシン教団ギルドの目的もよく分からなかったしな……)


 あの戦闘の後、ジュリアスは宮廷魔術師のノーラと他に詰めていた魔術師との間で体験した死霊非法について検討をした。

 死霊非法。降霊術こうれいじゅつ。効果。範囲。限界。条件。危険性。等々──


 結局、様々に推論を重ねても死霊非法の全貌ぜんぼうは掴めなかった。

 それは同時に、単純な魔術ではない事を意味する。即ち、魔術との融合──


「魔術に限って言えば、どんなものでも見抜ける自信はあるが……不純物が混じって

しまうと、どうにも出来ないんだよな。だから、は苦手なんだ……」


 ──錬金術れんきんじゅつ。それは一言で言えば、医学、薬学等、数々の学問と融合した後発の魔術である。言い換えれば、といっても過言ではない。

 何事にも得手不得手というものがある。ジュリアスの魔術に対する理解も万能ではない……くだんの錬金術に対する知識が、全般的に欠けていた──


「頭が悪いのも考えものだな……俺も本格的に勉強しなきゃいけないかね……?」


 秋の夜長に、ジュリアスは憂鬱ゆううつそうにため息をいた。




*




 ……最後に、鉄の国ギアリングでその後にあった事を簡潔に伝えておこう。

 豊穣の国ラフーロに滞在していた"知"のアンテドゥーロは召喚に応じず……というよりも、正騎士のライルが懸念けねんしていたように一足違いで本国に帰還していた。


 ……その代わり、ノーライトの暗躍者アサシン教団ギルドからアンテドゥーロとはまた別の使者が訪れた。


「このたびの事件でくなられた方達に対して、哀悼あいとうの意を捧げます。しかし、そんな社交辞令では国民は承服できないでしょう。……そこで、我々から提案があります。死霊しりょう非法ひほう──ご存じですね?」


 使者には鉄の国ギアリングの宮廷魔術師、ノーラ=バストンが応対した。


「人が死ぬ──というのは確かに取り返しのつかない事です。しかしながら、それは昨日までの常識だ。今日からは違う。……彼らの遺体、一部でもいい。それを我々に引き渡して下さい。。我々のもたらす死霊非法なら決して不可能な夢物語ではなく、現実にそれが可能なのです」


 甘美なる悪夢のような提案に、鉄の国ギアリングの宮廷魔術師は苦々しい表情で……

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