イバラの騎士

T@SK

イバラの騎士

 この場所からは、とっても遠い世界のお話です。

 ある国には、イバラの騎士と呼ばれる騎士様がいました。

 彼の体は、バラのイバラで出来ていました。顔も、腕も、体も、足も、それらすべてが、人間と同じような形を取り繕ってできており、身に着けた硬い鉄の鎧までイバラは伸びきっていました。

 彼は、何十、何百という時を生き、切られても治るイバラによって出来た体を使い、お国のためにと戦ってきました。そうして国を守る彼に、国の人は皆感謝していました。

 けれども、そんな彼と握手をしたり、ハグを交わそうとする人は誰一人としていませんでした。だって、それはそうでしょう。彼の体はイバラなんですから、もちろんトゲがあります。感謝こそしても輪の中に入れようという気が、人々にはなかったのです。

 そのことを誰よりも理解していた彼は、戦いのある時以外は、人のいる表街からはやや外れた、バラが咲き誇るキレイな庭園でひっそりと暮らしていました。

 さて、今から話すのは北風の厳しさが残る三月のことです。

 彼の庭園のバラ達は、どんな季節でも花を咲かせますが、その冬は一層厳しかったのもあってか、やや元気がありませんでした。

 彼はそんなバラ達を気にかけて水をあげていると、家の門の黒い鉄格子から、カラン、カランという不思議な音が聞こえてきたのです。

 いったいどうしたのだろう。

 そう思いながら門の前に足を運ぶと、そこには一人の少女が立っておりました。そして、その手にはちいさなベルがありました。先ほどの音はきっとこれで鳴らしたのでしょう。

「初めまして、イバラの騎士様!」

 聞こえてきた声は明るくハキハキとしており、服装は平凡で、素朴なものを着ていました。けれども、そのかわいらしさは着ている服も目にとめないほどたいそう素晴らしいものでした。それはまるで、朝や昼に、どんな場所にいても輝いているお日様のようでした。

「初めまして、お嬢さん。あなたは、なにがあってここに?」

 そう言うイバラの騎士の声は、少女とは対照的に、どこか素っ気ない声でした。

「はい!実は、あなたが育てているバラのお花がとっても綺麗だと耳に入って、つい居ても立ってもいられなくなったんです!ですから、ぜひ見せていただけませんか?」と、少女はいいました。

 騎士は、バラ自体を見せることは構わないので、コクリと首をうなずけて扉を開けました。

 彼は、少女をバラの庭へと連れて行きました。少女から二三歩後ろを歩いて、棘が当たらないように気をつけながらでした。

「まあ、とってもきれい!」

 庭園には、赤や白、黄色に紫、果てには、咲かすのが難しい青のバラまでありました。少女はその美しい庭園を、目を輝かせて見て回りました。それはとても熱心で、あのバラはどう育てただの、肥料に何を使っているのかを、花壇一つでひっきりなしに問いかけました。

 その問いかけに、騎士はまた素っ気なく答えたのです。

 花を眺めているうちに、いつのまにか、真上にあったお日様は、山並みの向こうへと帰ろうして、星はかくれんぼをやめて、明かりを灯そうとしていました。

「今日は、ありがとうございました!」

 深々とお辞儀をした少女は、にこやかな表情をして、そういいました。

 そんな、ハレバレとした表情の少女とは反対に、顔のイバラひとつ動かさずに騎士は、

「別にたいしたことでもないし、私がなにをしたわけでもない。けれど、ここに来るのはよしたほうがいい。あなただって、私といるのは嫌でしょうからね」

 と、まくしたてるようにそういいました。

 少女は、何も言いません。ただ、礼儀の良いお辞儀だけして、悲しみを塗り込んだ顔になっただけです。そうして、少女は庭園を去っていきました。

 こうすれば、もう来ることはないだろう。

 大丈夫。もう、慣れているから。

 これでいいんだ。これで、いいんだ。

 そう、ちいさくつぶやいた声は、風に乗って、花びらと一緒にふらりと消えてしまいました。


 少女と会ってから、三日たった日のことです。いつものように、バラに水をやりながら、騎士はこの三日、少女との最後の会話が、ずっと頭の中で繰り返されていました。

 もっと、自然な方法で突き放せたんじゃないか、もっと、傷つけないような態度があったんじゃないか。騎士の頭は、後悔でいっぱいでした。

 カラン、カラン、カラン。

 響いてきたベルの音に、騎士は思はずジョウロを落としました。

 まさか。そう思って、急いで門へ行くと、あの少女が、また立っていたのです。

「ごきげんよう!」と、陽だまりのような眩しい笑顔で、少女はあいさつをしたのです。

「どうして?」と、口をこぼした騎士の声にあったのは、戸惑いと、そして、どこかやりきれない怒りでした。

「私は、あなたにいったはずだ。私の近くにいれば、あなたにだって被害が及ぶ。なのに、どうしてまた来たんですか」

 その騎士の言葉に、少女は首を振ってこう答えました。

「私は、誰かの声によって、誰かと仲良くなんてしたくないの。自分が仲良くしたい人は、いつだって自分で決めていたいから。」

 その少女の答えを聞いても、騎士には、理由がわかりませんでした。あんな風にそっけない態度をとって、冷たい声で話しかけて。仲良くなりたいという、理由が。

 そのことを聞くと、少女は不思議そうな顔をした後、くしゃっとした顔になりました。そうしてこう言いました。

「あれで冷たくしてるなんて、あなたはとても温かい人ね。本当に冷たい人は、人を心配することなんて出来ないんですから」

 そう、イバラの騎士は、元来とてもやさしい人なのです。彼の優しさは、まるで降り積もった雪に隠れていた芽のようで、雪さえ溶ければ、春のような温かみをもった優しさが芽吹くのです。そして、今までイバラの騎士の心に覆い被っていた雪を、優しく溶かすお日様は現れました。

 そう、雪解けの季節が来たのです。

 こうして、騎士と少女は三日ごとに庭園で会いました。そうして会っては、少女はこの三日の間に起こったことや、そこから感じたこと、人から聞いたお笑い話を騎士に話しました。騎士は、そんな時間を、どこか嬉しく思っていました。

 そんなある時、少女を待ついつもの日に、騎士は少女のことについて考えました。

 少女の姿はどれもきれいで、思い返した騎士の胸を、温かくしました。

 しかし、彼がどんなに少女に触れたい、触れたいと思っても、それは自身のイバラのトゲがそうさせてくれませんでした。そのことがどれだけ彼にとってつらく苦しいことかは、きっとみなさんも容易に想像できるでしょう。

「ああ、国を守るために使って、自身の命でさえ守ってきたこのトゲを、イバラを、どうしてこんなにも捨てたいと願ってしまうのだろう!どうして、こんなにも」

 そうした自身の感情に彼は嘆いていると、ふと、自分の胸に違和感を感じました。

 そこにはあったのは、真っ赤に咲いた、一輪のバラでした。

 ブワァッと、顔のイバラがバラと同じ色に染まるのを騎士は感じました。自分が、少女のことをどう思っているのか。それを、目に見える形にされた気がして、騎士はとっても恥ずかしくなったのです。

 そうして、騎士が顔を赤らめていると、いつものように少女が訪れました。

 彼はどこかぎこちなく少女を出迎え、そんな彼の様子を、少女は手で顔を隠しながら笑いました。

 そんな少女の様子を、胸のバラを抑えながら、騎士はひそかに愛しました。


 そんなちいさなバラ園の幸せは、けっして長くは続きませんでした。


 ある日のことです。騎士がいつものように少女を待っていると、ガタン、ガタンといつもとは違う音が響いてきたのです。

 気になって見に行くと、そこにはこの国の兵士がいました。

「王様から、お前に話があるとのことだ。さっさと来い!」

 そういうと兵士は、騎士の鎧をむんずとつかみ、答えも聞かずに、彼を連れて行ってしまいました。

 王様に会うのも実に二十年ぶりの騎士は、なぜ呼ばれたのか見当もつきませんでした。

 城に着き玉座の間に行くと、そこにはズラリと並んだ兵士と、イスの上でふんぞり返った王様がいたのです。

 そこにいた人たちは皆、騎士のことを睨み付けていました。その様子は、悪い人を決める裁判のような雰囲気でした。

「王様、話とは、いったい何なのでしょうか?」

 騎士の問いかけに対して、王様はこう答えました。

「ふん、白を切るつもりか。貴様がしたことは既に知っている、よくも我が娘に手を出したな!」

 強い怒気を孕んだ言葉を向けられると同時に、騎士には困惑が浮かびました。なぜなら、王様の娘、つまり王女様とあったり話したりした記憶が、騎士の中にはまったくないのですから。

「兵士よ、ここに証人を!」

 王様がそういうと、粗末な服を着た、いかにも平凡そうな男が現れ、こう語りだしたのです。

「私は見たのです、姫様がイバラの騎士の家へと入っていくところを!」

 そういう彼は、指を壁の方へと指し、騎士もつられて壁へと目を向けました。

 そこには、少女の絵画があったのです。

 服は普段着ている平民の服ではなく、たいそうきれいなドレスを身にまとっており、こちらの姿のほうが彼女らしいとすら思えるほど似合っていました。

 そんな絵画に言葉を失っている騎士を傍目に、

「これで証拠は出揃った。このものを牢屋に連れて行け!」

 という王様の声が、玉座の間に響いたのです。


 牢屋の鎖に繋がれた騎士は、カビ臭く、埃っぽい部屋の中で、こんな思いを巡らせました。

「少女は、私がこんな目にあっていることを知らないだろう。優しい彼女が、こんなことを知ったら止めに来るはずだ」

 騎士はこの事の一点においては少女を信じ切っていました。

 けれど、少女を信じる考えとは別に、もう会わないほうがよいのではないか、と騎士は考えたのです。

「私が彼女に会いに行ったとしても、結局何になるというのだろうか。私の思いは、この体がイバラで出来ている限りずっとかなわない。ならば、このまま朽ちるほうが、きっと」

 この二つの考えは、騎士の動きを磁石みたいにして、騎士を牢屋に閉じ込めていたのです。

 そんな時です。

 ドンドンドンドンドン、ドンドンドンドン。

 鐘の大きな音が、地下深くにある牢屋にまで響いてきたのです。

 そして、その鐘の音に負けないほど大きく叫ぶ人の声が、

「隣の国が攻めてきた、隣の国が攻めてきた!みんな逃げろ!」と言いました。

 その言葉に居ても立ってもいられなくなった騎士は、無理矢理鎖を引きちぎっては、牢屋の扉を蹴り倒して外へと出ました。

 外の景色は、ひどい有様でした。

 街のあちこちには火が放たれており、攻め入ってきた兵士と、彼らから逃げ惑う人々の悲鳴に騎士の視界はぐらぐらとしました。

「こんな状況で、私はいったいどうしたらいい。」そう騎士が悩んでいると、

 カラン、カラン。

 あの少女が鳴らすベルの音が、ちいさく、王城の方で聞こえてきたのです。

 たすけて。その音は、騎士を求めているような気がして。

 騎士は、走りました。まるでその音に導かれるように、その音を助けるために。

 彼は、燃え盛る石畳を通り抜け、体に燃え移った炎を振り払うように駆けて、ようやく王城へとたどりついたのです。

 王城には、攻めてきた兵士がそこらじゅうにおり、イバラの騎士が来たと知るや否や、騎士一点をめがけて押し寄せてきました。

 騎士は、落ちていた剣を振るい、敵を押しのけようとしました。しかし、炎によって傷ついた体では思ったように動けず、ひとつ、またひとつといった具合に床は緑に染まりました。

 それでも騎士は、立ち上がりました。なぜなら、ベルの音がまだ鳴っているのです。誰かを待ち続けるその音が鳴る限り、騎士はけっして、倒れるわけにはいかないのです。

 そうして何度も何度も騎士は立ち上がり、ついには全ての敵を倒して、ベルの音へと向かいました。

 そこは、街を一望できる大きなベランダでした。

 そこには、絵画に描かれていたような綺麗なドレスを着た少女が、目に涙を浮かべて、必死そうにベルを握っていました。そして、背後に来た騎士に気づいたのか、

「騎士様!」と言って騎士へと抱き着きました。

 騎士は、自身のトゲから離さねばと思いました。しかし、よく自分の体を見てみると、イバラにはトゲが付いていなかったのです。

 燃える石畳を駆け抜けたからなのでしょうか。それとも、先ほどの激しい戦いのせいなのでしょうか。そのどちらかとも知らずに、騎士は少女と交わす温かいハグに夢中になりました。また、胸のバラが赤くなっていくのを、騎士は感じました。

 そして、ずっと続いてほしかったそのハグは、騎士が突如として倒れたことによって終わりを迎えました。

「騎士様!」と言った少女の声は、先ほどの喜びを持った声とは打って変わって、悲しみを含んだ声でした。

 騎士の体は、手足が枯草のように生気を失っていました。

 もう、騎士に残された時間はあと少しも無いでしょう。

 騎士は、今までの人生を思い返しました。何百年と生きる彼にとって、思い返すことはいっぱいあるはずでした。それでも、彼の頭に思い浮かぶのは、喜ぶ顔も、怒った顔も、泣いた顔も、笑った顔も、全て少女一人のものでした。彼にとっては少女との出来事全ては大切で、かけがえのないものだったのです。

「お願い、生きて。死んじゃ、ダメ。」そう言う少女は、大粒の涙を流しながら、騎士の手を握っていました。

 騎士は、最後の力を振り絞りました。腕を伸ばして、少女の涙をぬぐい、そして彼はこういったのです。

「どうか、泣かないで。あなたは、笑顔がよく似合うから。」

 そして、彼の体はこれっきり動かなくなりました。枯れきった体と鎧は灰になり、彼の居た場所に残ったのは、真っ赤な一輪のバラだけでした。

 少女は、残った一輪のバラを大事そうに抱えて、蹲りました。


 戦いは、二日ほど経った明くる日に終わりました。

 そして、少女は戦いが終わったと同時に、たくさんの人の反対を押し切って、騎士の住んでいた庭園に住みました。

 かつて色鮮やかなバラを咲かせ、花の匂いで満ち溢れた庭園も、炎で焼かれて焦げ臭くなっていて、少女は悲しくなりました。

 けれど、少女は泣きませんでした。

 少女は、庭園で一番綺麗な場所に、騎士のバラを植えました。そして、何年も何年も、丁寧に育てました。雨風がひどい時も、老婆になってしわくちゃになっても、そのたったひとつのバラを献身的に育てました。バラは、いつまでも枯れませんでした。

 いつの日か、老婆は、死んでしまいました。最期は、一輪のバラの近くで穏やかに笑っていたそうです。

 彼女が亡くなると、一輪のバラの近くには、もう一輪、綺麗なバラが咲きました。その翌年には、もう一輪。次の年には、また一輪と咲いたのです。

 やがて、周りにあった城や街はなくなり、バラだけが何百年にも渡って増えて行き、いつしか大きな家ほど広がっていったのです。

 そのバラたちはけっして枯れず、いまでも咲き続けているそうですよ。

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