三種類の筋肉
七倉イルカ
第1話 三種類の筋肉
「筋肉は、何種類あるか知っているかな?」
そう聞かれた。
俺は答えようとしたが、うまく口が動かない。
「二つ」と言いたいのに、「ふらつ」と発音してしまう。
以前、誰かに聞いたことがあるのだ。
ひとつは、手足を動かす筋肉。
これは、自分の意志で動かすことができる。
もうひとつは、胃腸などの内臓を動かしている筋肉。
これは、自分で動かすことができない。
俺は、時間をかけて、その二つを説明した。
質問をした男は「すごいね」と驚いてくれた。
少し、良い気分になる。
「手足を動かすのは、骨格筋。
内臓を動かしているのは、平滑筋と言うんだ。
でもね、筋肉は、もう一種類あるんだよ」
それは知らなかった。
「心筋と言って、心臓を動かす筋肉だよ。
この筋肉は、一生動き続ける。
心筋が停まってしまうと、人間は死んでしまう。
短い時間ならば、AEDを使って、再び動かすこともできるけどね」
そう説明した男は、とんでもないことを言った。
「きみの心筋なんだけど、ずいぶん前から、停まっているんだ」
男は静かに続ける。
「右手を動かせるようにするから、確かめてごらん」
右手が動くようになった。
俺は、改めて自分の状態を理解した。
仰向けで、手足を拘束されていたのだ。
右手の平を左胸にあてる。
……鼓動を感じない。
「心筋だけじゃない、平滑筋も動いていない。
だからね、捕まえた人を食べちゃいけないよ。
消化ができないんだからね。
逃げる人を追いかけてもいけない。
心筋も平滑筋も動いていない死んだ人間が、骨格筋を動かすのはおかしいだろ」
じゃあ、俺はどうすればいいんだろう。
俺の不安が分かっているように、男は続けた。
「だから、動かなくていいんだよ。
力を抜いて、何も考えなくていいんだ」
俺は男の言葉に従った。
意識が、深い闇に沈みながら、拡散していくようであった。
男の言葉が、最後に聞こえた。
「よし、活動停止。
次のゾンビを運んできてくれ」
三種類の筋肉 七倉イルカ @nuts05
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