私だけが知っていたかった
綺瀬圭
わがままでごめん
あなたの首筋が好きだ。
浮き出る血管と、ほんのり残った日焼け跡。鎖骨を
あなたの大きな手が好きだ。
私より一回り大きく、骨ばった手。でも指先は細く長い。いつも私を包み込むように握ってくれる。甲の
あなたの腹筋にある、三つ並んだホクロが好きだ。
芸術品ばりに綺麗に割れた筋肉。その中に、何かの印のように点々と置かれている。
夜はあまり見えないけれど、朝、あなたが寝ぼけているうちにそこにキスをする。愛おしくて何度もするものだから、あなたはやっぱりくすぐったいと笑う。
すべて私だけが知っている、あなたの一部だったのに。
先月発売となった写真集。
色彩豊かな南国で撮影されたあなたは、私の瞳がかつて映した横顔をしていた。
記念サイン会。想像以上の参加者数。あなたに会えて泣いて喜ぶ女の子たち。
あなたがオーディションに受かった時、本当に嬉しかった。天にも昇る気分だった。
なかなか仕事が舞い込まない日々。白紙のスケジュール帳を握りしめるあなたを見るのが辛かった。
そんな中で掴み取ったとある大役。原作は誰もが知っている有名作品で、あなたが演じる日が来るなんて夢にも思わなくて。
テレビに映るあなたを見て、初めて涙が出た。そのはずだったのに。
徐々に増える仕事。重ならない休日。
あなたの名を検索したとき、私しか知らないあなたの一部を、今はだれもが知っていることを知った。
筋肉の細部まで写された写真集をめくるたび、胸がずきりと痛む。
あなたが綺麗な女性とキスするたび、呼吸を忘れそうになる。
私にだけ囁いてくれた言葉を画面越しで聞くたび、耳を塞ぎたくなる。
分かってる。これがあなたの夢見た世界。私もかつて望んだ未来。
でもつい聞きたくなるの。
私だけが知っているあなたは、あとどのくらい残ってる?
私だけが知っていたかった 綺瀬圭 @and_kei
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