三人のマッチョ!—彼女をめぐる攻防戦—
冬華
三人のマッチョ!—彼女をめぐる攻防戦—
「好きなタイプ?そうね……わたし、マッチョな人が好きかな」
カラオケの後の3次会。ショットバーのボックス席で、カクテルを傾けながら、真紀は質問にそう言った。
しかし、それを聞いて、男たちは自分の体型を考える。このままでは十中八九、勝ち目はないと。ちなみにだが、この場には翔太、和也、正輝という3人の男と真紀と由香里という2人の女がいた。みんな、同じ大学の仲間だ。
「なぁに?翔太君はわたしと付き合いたいの?」
酔いが回っているせいもあってか、真紀はいつもよりも大胆に攻めてきた。質問者である翔太に寄りかかり、その耳元で「どうなの?」と囁く。
「うん……」
それ以外の言葉が見つからず、彼は顔を赤くして短く答えると、誤魔化すように手に持っていたカクテルを一気に飲み干した。すると、真紀はそんな翔太の背中をバシバシ叩きながら、大笑いして言った。
「それなら、もっと筋肉つけなくっちゃね!」と。
翔太はからかわれたと感じて、少し涙目になった。
「ちょっと、真紀!何やってるのよ!……ごめんね、翔太君。この子、酔っ払っちゃってるから……」
流石に酷いと見かねたのだろう。由香里がやり過ぎだと咎めながら、翔太を慰めるように「気にしちゃダメよ」と言った。しかし……
「真紀さん。それは、つまり筋肉をつけてマッチョになれば、付き合ってくれると?」
酒の上の冗談話で終わらせようとしたところで、今度は和也が前のめりで真紀に訊ねた。そして、さっきまで興味がないような素振りを見せていた正輝も、彼女を見つめては答えを待っている。こうなってくると、真紀も満更悪い気はしないわけで……
「いいわよ。それならこの夏、みんなで海水浴に行って、そこで白黒つけるわ。そのときに、マッチョになった人の中から選ぶことにするわね。わたしの恋人を!」
「「「おおっ!!」」」
真紀は3人の男たちに向かって、はっきりとそう宣言すると、彼らは興奮したように歓喜の声を上げた。一方で、由香里は心配そうに言葉を掛ける。
「いいの?この誰かと付き合うって……そんなに簡単に決めても?」
「大丈夫よ。だって、チビにやせにデブの3人よ。3か月足らずでマッチョになれると思う?ありえないわ」
だから、ちょっとからかっているだけだと、真紀はケラケラ笑う。その姿に、由香里は不愉快な気分になった。一体自分は何様もつもりだと。
……ちなみにだが、チビは翔太で、やせは和也、デブは正輝であったりする。
(ダメだ……この子とは距離を置いた方がよさそうね……)
由香里は、心の内で彼女に見切りをつけた。だが、考えがあって、この場では言わなかった。
それから、3人の挑戦が始まった。
翔太と和也は学校帰りにジムに通い、筋トレに勤しんだ。その甲斐もあって、1か月もする頃には互いに成果は現れ始めたのだが、チビなだけで体型は普通な翔太の方が和也と比べて筋肉がついているのは、一目瞭然だった。
(まずい……このままだと勝てない……)
和也は日に日に焦燥感を募らせてしまい、それから間もなくして『筋肉増強剤』に手を出した。しかも、『オロシア国オリンピック委員会推奨』と外国語で書かれているという、かなり危険なものだ。
「まあ……俺は、アスリートじゃないからな。ドーピングだって『ALL OK!』だ」
しかし、効果は抜群で、服用を開始してから半月で翔太に並び、そのまま追い越した。もう一人のライバルである正輝は、どうやらあの場限りのノリだったようで、ジムにも通っていない。体型にも変化は見られなかった。
(ふふふ……これで、真紀さんは俺のモノだ!)
ゆえに、和也は勝利を疑うことなく当日を迎えた。しかし……それは見当違いだった。
「ふぅ……そろそろ頃合いか……」
海水浴場にいつもと変わりのないデブった姿で現れた正輝は、不意に翔太に「背中のチャックを下ろしてくれない?」と言った。
「こうか?」
「うん、ありがとう」
そして、チャックが下がり切ったのを確認して、さなぎが脱皮するように脱ぎ、マッチョな体を披露した。
「こういう日のために、ずっと鍛えていて正解だったよ」
唖然と見つめる和也に、正輝はニヤリと笑みを浮かべて言った。デブというのは見せかけで、あれは日頃から体を鍛えるための特殊スーツだったと明かした。その重さは50キロ。
「中学の頃から着用しているからね。どうだい?マッチョの度合いなら、君たちには負けていないと思うけど?」
その筋肉は隆々にしてムキムキで、負けていないどころか、どう見ても圧倒していた。
(くそ……謀られた……)
しかし、今更どうすることもできないわけで、和也は敗北を悟り、膝をついた。すると、そこに真紀と由香里が姿を見せた。彼女たちも水着姿だ。
「真紀さん。どうですか、俺の筋肉は!付き合ってくれますよね?」
堤防からの階段を下りてきた彼女に駆け寄って、正輝は笑顔を見せて彼女に交際を申し込んだ。望み通りの体型になったのだから、断れれるとは思っていない。……が、どういうわけか、真紀の首は左右に振られた。
「さっきの……脱皮はちょっと生理的にね……。頑張ってくれたのは認めるけど……」
「え……?でも……」
「ごめんなさい。あなたが凄い人だというのはわかったから、それで勘弁してくれない?気持ち悪いのは気持ち悪いのよ……」
「そ、そんなぁ……」
どうやら、彼女たちは少し前から一部始終を見ていたようである。今更ながらではあるが、家でスーツを脱いでくれば違った結果になっていたということに思い至り、正輝はがっくりと肩を落とした。
一方、そうなると俄然元気になったのは和也だった。正輝を押しのけるようにして前に出て、ポーズを決めてアピールする。その上で「付き合ってください」と。
だが、答えはNO。
「ど、どうして!?」
「その顔……マジでやばいわよ。特に目が逝っちゃってるっていうか……。一刻も早く病院に行くことをお勧めするわ」
そう言って、薬物治療が専門の病院や心療内科のパンフレットを真紀は和也に手渡した。多少は、良心の呵責というものを感じたらしい。そして……
「翔太君」
頬を赤く染めながら、真紀は最終的にその名前を呼んだ。
「真紀さん、あの……」
「合格よ!筋肉の量は和也君や正輝君には及ばないかもしれないけど、その体つきを見れば、かなりの努力をしたのはわかるわ。だから、わたしはあなたを選ぶことにする。ホント、よく頑張ったわね!」
真紀はそう言って、早速恋人として腕組みをするために、彼の腕に手を伸ばそうとした。だが、すんでところでその手は掴まれて阻止された。
「由香里?」
阻止したその手は彼女のモノ。しかし、なぜ彼女がこのようなことをするのか理解できずに、真紀は不思議そうに声を漏らした。すると……
「真紀さん。俺、由香里と付き合ってるんです。だから、あなたとは付き合うことはできません!」
「へ……?」
翔太の思わぬ告白に、唖然として声を零した真紀。彼は、自分の恋人になるために筋トレをしていたのではないのか。信じられない気持ちを抱えて、今度は隣に立つ友人を見た。
だが、由香里は掴んでいた手を離すと、その代わりに彼の下に行き、腕を組んで見せつけてきた。こうなると、否が応でも二人は恋人であると認めるしかない。
「どうして……」
最早ここには用はないと言わんばかりに去り行く二人の背に向けて、真紀は問いかける。彼の心変わりを問うているのか、それとも友達のくせに横からかすめ取って言ったことを責めているのか……。
どちらの意味合いが籠っているかはわからないが、由香里は一言だけ言い残した。
「そんなに難しい事じゃないわよ。あなたも選ばれなかっただけの話。……ただ、それだけじゃないかしら?翔太君にも、わたしにも……」
三人のマッチョ!—彼女をめぐる攻防戦— 冬華 @tho-ka
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