お部屋とチロ
恐る恐る鏡に触れた。
部屋中あちらこちらに積もり積もってるほこりは、袖で拭っただけでは流石に落ちる気配がない。
まだ若干残っているほこり、気にせずに顔を近づけた。
深緑の不安そうな瞳。
触れた後で、確かめるように自分の頬を撫でた。
「チロ…そっか、私が」
ゆっくり、鏡から離れた。
相変わらず霞ばっかりの頭の中。
疑問は次から次へ。
ひとつ分かれば、もうひとつ知りたくなる。
いや、知らねばいけない。
後ずさり、ぺたり。床に座った。
あの紫の光はなんだったんだろう。
私が見たあの『夢』は、現実?
自分が誰なのかどこから来たのか、ここはどこなのか。
何が何だか。
私が二人いない限り、この写真の少女は自分ということになる。
今1度しっかり写真を眺めてみても、鏡の中の自分は、髪の長さが異なるが、同じ姿かたちをうつす。
「…やめよ。
考えれば考えるほどよくわかんないや」
鏡の中、深緑の瞳を少し離れて見つめて呟いた。
「…おなかすいた」
しんと静まり返る部屋。
そよ風。
若干空いているらしい窓からのそれで、カーテンが音を立てる。
よいしょ、おじさんくさい掛け声ひとつ、チロはゆっくり立ち上がった。
「まずはこの部屋を何とかしなくちゃね」
不安や孤独感は一旦片隅に。
ローブの袖をまくった。
狭くて、壁一面びっしり本棚でいっぱいの一室。
ほこりに咳き込みひとつ、チロは部屋を見渡した。
どこから手をつけたら良いのかすらよく分からないが、とにかく部屋の床に散らばったものから片付けて行くこととした。
狭い一室、かび臭い本棚に囲まれるように、中心へ中心へと家具やら何やらが置いてある。
とはいっても、その家具の上にすら本が積み重なってるものだから本当にここを生活のスペースとして使っているのか信じがたかった。
「んしょ…重」
たった一組、椅子と丸い机。
椅子の上の本たちを抱えあげ、ほこりに目をしぱしぱさせながら端の方に置いてみる。
ただそこにあったものを移動させただけなので、片付けたかと言われれば微妙なところだがなにもしないよりはいいだろう。
次いで、床に散らばったゴミの掃除。
ぺらぺらの紙からぐちゃぐちゃに丸められたもの、ほこりの集団がふよふよ。
箒などの道具を探すのすら億劫だ。
紙は1箇所に束ねて。
ほこりは拾ってまたもや隅っこに押しやった。
よいせこらせと重いものばかり、何故1度読んだら元の場所に返さないのか。
あちらこちらに積まれた何やら難しそうな本たちを端に立ておく。
依然としてこの部屋が誰のもので、なんで私がここにいるのかは知らない。
でもだーれもいないならしょうがない。
「ちょっとはっ…お掃除くらい、したら、どうなのっ」
息も絶え絶え、老婆の如く腰を曲げて本をやや乱暴に床に積んだ。
「はぁ、…だいぶ片付いた」
やっと、足の踏み場が出来た。
真ん中の椅子に腰掛けて息を吐いた。
窓からさしていたはずのお昼特有の強い光は、いつの間にかオレンジがかったものに変わっていた。
「落ち着く…」
目を細く、背もたれに全体重をかけた。
大きくて頭まである背もたれの椅子、少し大きすぎた。
私の背丈が小さいというのもあるが。
こうしてくつろいでいると、色々と想像してしまう。
この部屋の持ち主さんは、こうやって揺れるカーテンを眺めながら本を読んでいたのだろうか。
そもそもキッチンすらない部屋。
お家じゃないのかな。
早くこのお部屋にもとの姿を取り戻させてあげたい。
こんなにほこりまみれ、きっとお部屋も泣いている。
「…もうちょっとやるか」
伸びをして、決意ひとつ、立ち上がった。
ぐらり、すぐ近く、私の背丈ほどの本棚が揺れた。
「わっ、えっ、ちょっと!」
どしん、ぺたり。
「いった…」
頭の抑え、落ちてきた本を涙目で睨んだ。
うう、誰だか知らないが片付けてさえいてくれれば…。
必死に頭をさすればぼやけた視界が開ける。
もう片付けなんて辞めちゃおうか。
そう思った矢先、戻った視界で2度見、3度見した。
赤い表紙。金字。かすれた『Tiro』の文字。
痛みを忘れて、思わず飛びついた。
「魔法写真家」チロの懐旧 夏瀬縁 @aiuenisi8
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