むかしのむかしとチロ
「なんで写真機なんて引っ張り出してるのさ」
「んなこたぁ何でもいいだろうが。
記念だよ記念」
「記念ったって、何の?」
レンズをふきふき、おじさんは私を見もしないで面倒そうにため息をついた。
「チロ、お前は大きくなりすぎだ」
なんだろ、急に。
言うほどかと疑問は湧いたが、長く生きてる人だ。時間の感じ方が私とは違うのだろうか。
いやボケ始めただけだろう。
口には出さないけども内心やや確信を持って飲み込んだ。
「はじめはちっこかったのに。
ガキの成長は残酷にも早いね、まったくな」
「そんな言い方しなくても…」
「ほら、この写真もお前、これもお前。
このアルバム一冊お前ばっかりだ、ここに来たばっかの時からの」
山積みのホコリ被った本たち、ちょうど真ん中辺りから一冊の赤いアルバムを抜き取って、私に手渡してきた。
こんなものあったのか。
何となく簡単に開くのが惜しくなり、金字のタイトルを見つめた。
『Tiro』シンプルにそれだけ。
もっと他にあっただろとも思わなくもないが、それだけのタイトルがこの人らしくてたまらなく嬉しかった。
「…こんなやつ作ってたんだ」
「気まぐれ。先が短いじじぃのな」
宝箱を開けるかのような気分で、恐る恐るアルバムの端に手をかける。
なんでか懐かしい匂い。
舞ったホコリに咳き込みそうなのをぐっと堪えた。
今1ページ目が﹣﹣﹣。
□
「…ん」
不快な目覚め。
ふざけて家の床で寝てみた時のようだ。
背中や体の節々が痛い。
大の字に体を伸ばすと、何かが手に当たった。
「あー、しゃしん」
え、私何してたんだっけ。
このおじさんと会って、話して、、それから?
というより、このおじさんは?
混乱する頭。自分でも分かった。
「…あぁ」
ストンと突然理解する。
そうだ、この写真に触れたらなんか光ったんだ。
そしたら目の前にこのおじさんがいた。
私のことをチロと呼んでいたことから察するに、この赤毛の少女が「チロ」だろう。
「…あっ」
すきま風か、写真をゆったり、奪い取る。
さながら猫じゃらしを追う猫のように、流された写真を四つん這いで追った。
ほぼ本能みたいなもので、特に何も考えてなかった。
「えい。…けほ」
たしっと逃げる写真を捕まえ、僅かにほこりが舞った部屋に咳き込んだ。
座り直し、写真が破れてないか確認。
寄りかかる壁。
ぎしりと不穏な音。
「おっと…」
思わず後ずさり。
離れようとした時、視界の端っこがキラリと光った。
灰色のガラスのようなもの。
どうやら先程ぐらついたものの一部のようだ。
「この部屋色々あるなぁ…」
下の方から袖でホコリを拭ってみる。
どうやら大きな鏡のようだ
自分がうつる。
下から順に四つん這いの自分が姿を現す。
小さな手。
緑のローブ。
摩訶不思議、自分がうつるにつれて、正体不明の不気味さから背筋が冷たくなる。
もうすきま風は感じない。
赤毛のおさげ。
あの子よりも長い。
女の子らしい顔つき。
少しやつれた目。
思わず写真と見比べた。
「わたしが、あなたなの?」
鏡の中のチロが、私をまねた動きで問うた。
じっと見てる。
「ねぇ、チロ」
深緑の瞳。写真の少女。
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