むかしのむかしとチロ


「なんで写真機なんて引っ張り出してるのさ」


「んなこたぁ何でもいいだろうが。

記念だよ記念」


「記念ったって、何の?」


レンズをふきふき、おじさんは私を見もしないで面倒そうにため息をついた。


「チロ、お前は大きくなりすぎだ」


なんだろ、急に。

言うほどかと疑問は湧いたが、長く生きてる人だ。時間の感じ方が私とは違うのだろうか。


いやボケ始めただけだろう。

口には出さないけども内心やや確信を持って飲み込んだ。


「はじめはちっこかったのに。

ガキの成長は残酷にも早いね、まったくな」


「そんな言い方しなくても…」


「ほら、この写真もお前、これもお前。

このアルバム一冊お前ばっかりだ、ここに来たばっかの時からの」


山積みのホコリ被った本たち、ちょうど真ん中辺りから一冊の赤いアルバムを抜き取って、私に手渡してきた。

こんなものあったのか。

何となく簡単に開くのが惜しくなり、金字のタイトルを見つめた。


『Tiro』シンプルにそれだけ。


もっと他にあっただろとも思わなくもないが、それだけのタイトルがこの人らしくてたまらなく嬉しかった。


「…こんなやつ作ってたんだ」


「気まぐれ。先が短いじじぃのな」


宝箱を開けるかのような気分で、恐る恐るアルバムの端に手をかける。

なんでか懐かしい匂い。

舞ったホコリに咳き込みそうなのをぐっと堪えた。


今1ページ目が﹣﹣﹣。











「…ん」


不快な目覚め。

ふざけて家の床で寝てみた時のようだ。

背中や体の節々が痛い。


大の字に体を伸ばすと、何かが手に当たった。


「あー、しゃしん」


え、私何してたんだっけ。

このおじさんと会って、話して、、それから?

というより、このおじさんは?

混乱する頭。自分でも分かった。


「…あぁ」


ストンと突然理解する。

そうだ、この写真に触れたらなんか光ったんだ。

そしたら目の前にこのおじさんがいた。

私のことをチロと呼んでいたことから察するに、この赤毛の少女が「チロ」だろう。


「…あっ」


すきま風か、写真をゆったり、奪い取る。

さながら猫じゃらしを追う猫のように、流された写真を四つん這いで追った。


ほぼ本能みたいなもので、特に何も考えてなかった。


「えい。…けほ」

たしっと逃げる写真を捕まえ、僅かにほこりが舞った部屋に咳き込んだ。


座り直し、写真が破れてないか確認。


寄りかかる壁。

ぎしりと不穏な音。

「おっと…」


思わず後ずさり。

離れようとした時、視界の端っこがキラリと光った。

灰色のガラスのようなもの。

どうやら先程ぐらついたものの一部のようだ。


「この部屋色々あるなぁ…」

下の方から袖でホコリを拭ってみる。

どうやら大きな鏡のようだ


自分がうつる。

下から順に四つん這いの自分が姿を現す。

小さな手。

緑のローブ。


摩訶不思議、自分がうつるにつれて、正体不明の不気味さから背筋が冷たくなる。

もうすきま風は感じない。



赤毛のおさげ。

あの子よりも長い。



女の子らしい顔つき。

少しやつれた目。


思わず写真と見比べた。


「わたしが、あなたなの?」


鏡の中のチロが、私をまねた動きで問うた。

じっと見てる。


「ねぇ、チロ」


深緑の瞳。写真の少女。



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